欲しいのは

秋月朔夕

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先生

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 桐野姉妹は校内でものすごく有名だ。双子で顔がそっくりというのも話題になることの一因だけど、それだけじゃない。ふんわりとウェーブがかった色素の薄い茶色い髪に、こぼれんばかりの大きな瞳。透き通るような白い肌に桜色の唇はどこか精巧に作られたビスクドールのようでファンクラブだってある。
  俺は彼女が二年の時に担任なったけれど、成績も良い彼女は特に手のかからない生徒の『はず』だった。


 「せーんせーい、おかえりなさーい」
  アパートの鍵を開けた瞬間、勢いよく抱き付かれる。
 (――もしかして、俺が帰るまで玄関前で待っていたんじゃ……?)
  おそらくそれは正解だ。けれど、想像すると怖いのでなにも考えないようにする。ふと視線を下げれば、彼女がとんでもない恰好をしていることに気付いて白目を剥きそうになった。
 (なんで、裸エプロンっ⁉)
 「おまっ、な、なんて、姿をしているんだっ」
  怒るにも目のやり場に困ってしまい、とりあえずスーツの上着を羽織らせる。しかしそうすると丈の短いフリルエプロンと黒いダボダボの上着で一層犯罪のような姿になってしまい、すぐに後悔した。
 「だって玲ちゃんに柚月がどんな格好したら興奮する? って聞いたら、裸エプロンって鼻抑えながら言うんだもん。あたしも柚月とおんなじ顔しているんだから先生も興奮するかなーって思ったんだけど、違った?」
  無邪気に首を傾げる桐野だが、やっていることは全く無邪気じゃない。彼女の情報の仕入れ先に毎度お願いしたいことは……
(頼むから変な知識を与えないでくれよ!)
  こっちはただでさえ理性と戦っているのだ。一応教師として、彼女が卒業するまで手を出すつもりはない。なのに、彼女は従兄の妄想から仕入れた情報でたびたび俺を誘惑してくる。従兄さんが桐野を迎えにくるたびに余計なことを吹き込むせいで、そのため従兄さんの迎えを見かけた時はできるだけ距離を置こうとする。けれど俺が拗ねたと勘違いした桐野が余計にあの手この手で迫ってくるのだから、もう諦めたほうが良いのかもしれない。

 「ねぇ、せんせい。ご飯にする? お風呂にする。それともあ・た・し?」
  その言葉にくらりと眩暈が起きそうになった。
 (…………本当に余計な知識を与えやがって!)
  男の欲望を権化したような言葉を教えるあたり、相当玲さんという人は桐野(姉)でいたいけな妄想しているんだと思う。そう考えればとたんに桐野(姉)に同情を禁じてやまない。
 「………………風呂にする」
  なんだか帰ってきたばかりなのに疲れてしまい、とりあえず一人になれる選択を選ぶと意外に彼女はあっさりと分かったとだけ返事をした。
 (……あれ?)
  いつもならここで一緒に入ると駄々を捏ねるはずだ。
 (――おかしい)
  一瞬そう思ったけれど、疲れていることもあって深く考えないようにした。
  …………すぐにそのことが間違いだと分かるのだけれど。


  張ってあった湯船に浸かると全身の強張りがほぐれていくようだ。シトラスの薫りが鼻をくすぐりオレンジに色付いたお湯を掬うと彼女の気遣いが身に染みた。
 (絶対に俺一人だったら入浴剤なんかいれないからな)
  むしろ面倒臭くてシャワーだけで済ませるかもしれない。帰ってきたら風呂も飯も用意されているなんて、一人暮らしの身にはとても贅沢なことだ。
 (ただ……)
  チラリと視線を下げてしまえば、嫌でも反応している自身の存在にため息をつきたくなる。
 (――俺だってまだ若い)
  二十六になる年は教員としても男としてもまだ若いといっていいはずだ。むしろ男真っ盛りだというのに、自分の彼女があんな姿をしてくるんだから、健全な男なら反応したって仕方ない。
 (風呂に入っている間に抜いてしまうか……)
  仕方なく湯船から上がり、風呂場ようの低い椅子に腰かけて自分の分身を慰めようとした時、扉が全開になった。


 「桐野っ!」
  バスタオル一枚で現れた彼女に今度こそ眩暈が起きた。
 「先生のお背中流しに来ましたー」
  のぼせたわけでもないのにクラクラする頭を押さえて真正面から睨み付けても、彼女は少しもたじろぎもしない。
 「お前は、自分がどんな格好しているのか分かっているのか?」
 「当たり前じゃない。先生を誘惑するためにこの恰好しているんだから」
  どうだ、とばかりに彼女が胸を打つとたわわな胸が揺れてしまい、桐野の作戦に負けてしまいそうになる。しかも彼女はなにも隠していない俺自身のモノを見つめてニヤリとあくどい笑みを浮かべている。
 「なんだー。先生だってまんざらでもないじゃない」
  目に見える欲望の証に対してなにも反論できないことが痛い。――けれど、このまま彼女のペースに巻き込まれるわけにはいかない。
 (だって俺は教師だ)
  最後までしてしまえば、言い訳はきかなくなってしまう。担任と生徒の秘密の関係。それは人の好奇心をくすぐり、あることないことまで噂されるだろう。俺ならまだ責任という形で辞めさせられるだけで済む。だけど、彼女はきっと違う。高校三年生という難しい時期でもあるし、私立の大学には学校推薦で受験すると聞いている。そんな時に悪意のある噂ほど恐ろしいものはない。だからこそ、今はできないのだ。
 「いいから早く出ていけ」
 「嫌っ! 半年も付き合っているのにキスだけなんてありえない。そんなに魅力ないわけ?」
 (むしろ魅力がありすぎるから困っている)
  睨むあまりに潤んだ瞳も、普段は白く滑らかな肌なのに今は上気してほんのりと赤い頬も、抱きしめるだけで折れてしまいそうな細い腰も、全てが俺を誘惑している。
  けれど、今はまだ……
「あのな、桐野」
 「なに」
 「お前はまだ高校生なんだ」
  この話題を出すと、いつも桐野はあからさまにむくれる。今回は俯いているせいで表情が見えないけれど、返事をする声がワントーン下がっていて不機嫌さを露わにして、、説明しようにも最後まで話を聞いてくれることはない。けれど今回は相当思い込んでいるらしく、風呂場から去ることはなかった。
 「……あたしが先生と同じ年だったら良かったの?」
 「いいや」
  もしもそうだったら、出会うことすらなかっただろう。それならば年の差があって良かったのかもしれない。
 「あのな、俺はお前が好きなんだよ……」
  半年も付き合っていたのに今まで照れくさくて口に出したことがなかった言葉を言えば、ボンっと音が付きそうなくらい真っ赤な顔をした桐野がいた。
 「っ、せんせ、い。今のほんと?」
  興奮気味に勢いよく抱き付かれると、より一層柔らかい胸が密着して色々やましい気持ちになってしまう。
 「ほんと。だから、お前が卒業したら、今までの分も嫌ってほど抱いてやる」
  大人ぶって頭を撫でれば、桐野は限界を超えたらしく涙目になって勢い良く風呂場から逃走していく。
 (案外責められるのに弱いんだよな)
  そういうところが可愛いくて仕方ない。一人でひっそり自身の欲望を吐き出した後、今まで甘やかさなかった分、今日はとことん甘やかしてやろうとこっそり決意した。
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