欲しいのは

秋月朔夕

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美月

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玲ちゃんって本当に馬鹿だと思う。
  傍から見たら、柚月が玲ちゃんのことを好きなんてみんな知っているのに一人だけ気付いていないんだから。
  しかも、口を開けば柚月柚月とうるさいくせに本人を前にしたら慌ててそっぽを向いてクールキャラ演じてるせいで、嫌われていると思われているし。あたしが玲ちゃんと呼ぶのも過去に柚月がそう呼んでいたからで、同じ顔をしているあたし玲ちゃんと呼ぶことで過去を思い出してにやけていたりしてすごく気持ち悪いと思う。
  ちなみに柚月の前でだけ、あたしに優しいのは柚月に嫉妬して欲しいからだ。確かに柚月だって最初の頃は涙ぐみながら、玲ちゃんはゆずを見てくれなきゃイヤなの。と言っていたけど、調子に乗った玲ちゃんがどんどん柚月には冷たくして、反対にあたしにはとびきり甘いものだから、今となっては嫌われてしまったと勘違いした柚月は一緒に暮らしているのに用事がない限り近づかないようになってしまった。
  それでもプライドだけは高いから、今更優しくできないと嘆く玲ちゃんは本当に残念な男だ。自分の姉に四苦八苦しているのは見ている分には面白い。
  けれど一緒に住むようになってからはさらに悪化してしまって、あたしの生活にまで影響が及んできているから、もう面白いとは言えなくなってきている。先週だって柚月の様子を見たくてわざわざ学校まで迎えに来たのに、無駄にある見栄のせいであたしでけ迎えて柚月を置いてけぼりにした。しかもわざとらしく二人で美味しいものを食べような、というから始末に負えない。本当は玲ちゃんの妄想の中では、二人だけでなんてずるい、わたしだって玲ちゃんとご飯食べに行きたいのに。って可愛く拗ねる柚月を妄想していたんだと思う。だけど現実は、じゃあ今日は二人のご飯作らないでおきますね、とあっけなくかわされていた。楽しみにしている柚月の手料理を食べられなくなった玲ちゃんは目に見えるほどに落ち込んで、慰めるのにかなりの時間を要してしまったせいで、見たかったドラマも見逃してしまった。
  しかも次の日に行けば、クラスメイトから玲ちゃんとの関係を事細かに説明するために休み時間が潰されちゃうなんて本当に迷惑。顔と外面だけは良いヤツなので学校の女子達が食いついてくるのだ。
 (あー、もう!外見に騙されている子達に玲ちゃんはヘタレ男だと暴露しちゃいたい)
  一番最悪なのは、玲ちゃんが現れるたびに落ち込む人がいることだ。


 「せんせーい、また落拗ねてんの?」
  放課後の教務室に彼はそこに居た。黒縁眼鏡を掛けながらパソコンと睨めっこをしていてコッチを見る気すらない。
 「別に拗ねてなんかない……」
 「ウソだー! だって今日ことごとくあたしを避けてたじゃない。それに今もこうして喋っているのにキーボード打ちぱなっしだし」
 「…………たっ、またまだ」
 「言葉詰まらせてるじゃない」
  激しく突っ込むとやっと彼の手が止まった。その隙に彼の膝に座り込んでやる。驚いて声を上げているけど、そんなのは無視。
 (今日一日ずっと避けてた先生が悪い)
 「鍵は掛けたもん」
 「なっ! ここは学校なんだぞ」
 「学校じゃなきゃいいの?それなら今日は金曜だし先生のウチに行ってイチャイチャする」
 「い・え・に・か・え・れ」
 「いや! 先週は先生がアパートでテスト作ってるからずっと我慢してたもん。外で会うのは危険だから、先生の所でしか会えないのに」
  いっそ、ばれてしまえばいいのに。と本音をポツリと漏らせば彼の身体が硬くなった。
 「…………それは」
 「うそ、しない。ちゃんと先生があたしに付き合ってくれるなら写真だって誰にも見せない」
  一枚の写真。それは先生と繋がっているたった一つのモノだった。誰にも聞かれたくない相談があるって教務室で二人きりにさせて、無理やり自分からキスしてスマホのカメラに収めた。付き合ってくれないなら教育委員会にこの写真を送ってやるって脅してこの関係を強引に続けていることが始まり。半年経った今はちゃんと両想いになったけど、もしも別れるってなった時のことを考えるとまだ写真は消せないでいる。

 「……なんで俺なんかに」
 「だってあたしが好きなの先生なんだもん」
 「もっといい男なんかいるだろう」
 「玲ちゃんのこと言いたいの?」
  玲ちゃんが迎えに来るたびに彼がこの言葉を漏らす。確かに一緒に住んでいるし医者で顔だけはいいけれど、そんなのどうでもいいくらい先生に惚れているのになんで分かってくれないんだろう。
 (…………ぜんぶ玲ちゃんのせいなんだから)
 「――決めた!」
 「は……?」
 「今日は絶対に先生のうちに泊まるから! そんで、あたしがどんだけ先生のこと好きなのか一晩中でも語ってあげる」
  唐突な宣言に眼を丸くさせている先生が我に返って止める前に教務室を出る。合鍵は貰ってあるし彼の部屋で帰ってくるのを待とう。柚月には友達とテスト勉強するから泊まるってメールを送る。玲ちゃんには、サブタイトルに今日はお泊り、本題にはそーいえば柚月彼氏が出来たんだって!って嘘メールを送信してやった。
 (毎回困らせるんだから、ちょっとくらいの嘘くらいいいよね)
  すぐに掛かってくる電話も無視出来るように電源を落として、意気揚々と彼のアパートに向かう。

  ――今日は金曜日。とことん彼と愛し合うんだから!
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