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子猫
しおりを挟む庭園の奥へと足を運ぶ。小道にそれたりしなかったのは、戻る際に迷わないため。
(迷って会場に戻る時間が遅れたりしたら、お父様達に怒られるもの)
受けなくていい叱責であれば、なるべく避けたい。
もし、抜け出したことを後で咎められたとしたら、トイレに行こうとして迷ったと言い訳しよう。だって両親はわたしが『今』会場を抜け出したことに気付いていないはずだ。もしも気付いていたとしたら、その時点で咎められる。であるからこそ、わたしが『いつ』会場を抜け出したか把握出来ていないゆえに、この言い訳が成り立つだろうと思った。
(こういう小賢しいところが、両親に嫌われる要因なのかしら?)
自分と両親との仲を考えるだけで憂鬱になる。
しかしお茶会が終わるまでの時間は自由を得たのだ。だったら今の間だけでも、満喫しないと損だ。
(せっかく綺麗な庭園を歩けるのだもの。少しくらい楽しんだって良いじゃない)
息を吸い込んで心を軽くすることを心掛ける。庭園には見たこともない綺麗な花や珍しい植物が咲いており、それを一つ一つ見るだけであっという間に時間が過ぎてしまいそうだ。
(確か奥には薔薇園もあるのよね)
きっと王城自慢の薔薇園は美しいものだ。そこを目指してみようと歩みを進めると、頭上から「にゃー」と愛くるしい鳴き声が聞こえた。
「猫?」
見上げるとわたしのお腹の幅の木に登っている白猫と目が合う。子猫より少しも大きくなった程度の成長。
まだ小さい体躯であるというのに、わたしの頭上よりも更に高いところまで登ったことに関心する。けれど、子猫がもう一度鳴く。不安そうなか細い鳴き声。青い瞳はじっとわたしを見つめ、切実に何かを訴えている。
「……もしかして降りられなくなったの?」
わたしの問いかけに答えるかのように、白猫はもう一度「なぁん」と鳴く。
「え。どうしよう」
頼りになる大人を呼ぼうと辺りを見渡す。しかしお茶会をしている場所よりもだいぶ離れた場所に人気(ひとけ)はない。
呼んでこようかと思う。けれど、そうしている間にも白猫は自力で降りようともがいている。
(もしも、わたしが離れている間に落下しちゃったら……)
まだ小さな猫がバランスを崩して受け身も取れずに頭から落ちたらどうなるか。想像するだけでぶるりと背筋が震える。
(……登れるのかな?)
木登りなんかしたことない。そんな淑女として有るまじき行為はもちろん禁止されているし、自分から登ろうと思ったこともない。
だけど切実に助けを求める鳴き声に、心が突き動かされる。
「大丈夫だから、ちょっと待っていてね」
安心させるように強張った笑みを浮かべて声を掛けると、鳴き声が止んだ。
「……よし」
覚悟を決めてドレスを託し上げる。幸いにも靴にヒールがついていなかったので、そのまま足を掛けた。
(あ。これなら大丈夫そうだわ)
最初は怖々と木に足を掛けていたけれど、自分でも意外なことにスルスルと登れていることに驚いた。
(ただ、下は怖くて見れないわ)
もし視線を下げでもしたら、それこそ白猫と同じように身体が硬直して木から降りられなくなりそうだ。目的を定めて懸命に登っていると慣れない運動に疲れて額に汗が噴き出る。
(明日は筋肉痛になるかもしれないわね)
普段使っていない筋肉を動かしたのだ。明日には疲労が出ることだろう。だけど登っている間、わたしは不思議と気分が良かった。
それはずっと悩んでいた身内の不和を考えずに、ただひたすら身体を動かしていたからかもしれない。
「もう少し……」
幹の間に足を絡ませた状態で、細い枝に座り込んでいる白猫に手を伸ばす。ふわりとした毛並みが手に当たる。白猫はそのままわたしの指先の匂いを嗅ぎ、そしてペロリと舐めた。
「ふふ。擽ったいわ」
意識せずに笑ってしまうことなど、どれくらいぶりのことだろう。指先に伝わるザリザリとした猫特有の舌の感触に頬が緩む。そしてそのまま抱き抱えたその時ーー突然下から声が掛けられたのだ。
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