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八つ当たり(R-18)
しおりを挟む彼は強引にわたしの手を引いて馬車に乗せる。二人きりに閉ざされた室内の空気は重く、静寂が場を支配した。
(……せめてわたしを働かせてくれた店主に直接お礼を言いたかったな)
町で暮らしていた思い出は温かく、だからこそもうあの場所に戻れないと思うと悲しくて仕方がない。俯いて涙を堪えようとすれば、隣に座るエドワードは忌々しげに舌打ちを鳴らした。
その乱雑な仕草に驚いて反射的に彼の顔を見やる。鋭い眼光でわたしを睨みつけていた彼の目と合うと恐ろしさから喉が引き攣った。
「……泣くほどに僕が傍に居るのは嫌か?」
「ち、違います! わたしはただ……」
「言い訳はしなくていい。別にお前がどう思おうと僕にはもう関係ない」
親しくなった人達と離れてしまうことが寂しかっただけだ。だというのに、どうしてわたしと殿下はこうもすれ違ってしまうのだろう。
「……ならばわたしのことなど放っておけば良かったのではありませんか」
やるせなさが胸に募り、つい投げやりに言葉を言い放つ。小さく拗ねた口調は彼の耳に届いたようでピクリと片眉が上がる。
「なんだと?」
怒気を露わにした彼の目は剣呑に輝く。自分の失言にしまったとも思ったけれど、どうせ今回の人生も駄目なのだと思うと全てがどうでも良くなる。
「どうして殿下は逃げ出したわたしのことを放っておいてくれなかったのです?」
分かっている。これは八つ当たりだ。結婚すると決まっていたのならば自分の役目はきちんと彼を支えること。それを自分から投げ出しておいて、彼を責め立てるのはお門違いだ。けれどこれから先、自分を愛してくれない相手と結婚するのだと思うと陰鬱な気分になる。
「……その質問を投げかけるほどに僕を厭うているのか」
呆然と呟く彼の言葉に力はない。しかしそれも一瞬のこと。長い睫毛を伏せてきつく目を閉じた後に、再びわたしに向き合った彼の口角は歪に歪んでいた。
(なに……?)
両手を拘束されて壁に追いやられる。容赦なく捕まれた手首。もがけばもがくほどに強くなる拘束の力。骨が軋む音すら聞こえる。
「殿下っ!」
「お前がそのつもりならば僕だって好きにしてやる」
憎々しげに吐き捨てられた言葉はなんの温度もなく、恐ろしさから身が竦む。その間に彼は手際良く自分のタイを緩め、それを使ってわたしの手首を背の方へと縛り上げた。
きつく拘束された戒めを振り解こう意識をそちらにやれば、彼はわたしの足を大きく割り開き、勢いよくドレスを捲りあげる。露わになった太腿。明るい時間から何をしようというのか。ましてここは馬車だ。人目のある場所で行っていい行為ではない。
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