タイムリープn回目。殿下そろそろ婚約破棄しませんか?

秋月朔夕

文字の大きさ
上 下
22 / 37

不自然な笑み

しおりを挟む


「僕の優しい行動に触れたから、とは随分と殊勝なことを言うじゃないか」
「……殿下?」

 吐き捨てた冷たい言葉とは裏腹に彼の笑みは濃くなった。
 しかしよくよく見ると彼の瞳はちっとも笑ってはおらず、だからこそ警戒する気持ちが強くなり、胸がひどくざわついた。


 エドワードの聡明さを表すように煌めく彼の紫水晶の瞳は今や陰り、闇を覗かせている。
 そのことに気付いたわたしはギクリと肩を跳ね上げさせ、咄嗟に逃げようと腰を浮かせれば、今度は彼がわたしの腕を掴む。

 腕を掴む力はそこまで強くないけれども、もしわたしが振り払うような行動を取ればどうなることか……考えるだけで背筋に薄ら寒いものが走る。


「どこに行くの?」


 ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべながら、彼は先程よりも強くわたしの腕を握った。
 逃す気などさらさらないのだと感じとったわたしは諦めて再度腰を降ろすと彼は鷹揚に頷く。


「……別に取って食いやしないのだから、そう逃げないでおくれ」
「殿下、わたしは……」
「言い訳は結構。それとも『友達』になれない僕とは話したくもないか?」


 寒々しい彼の視線を向けられると、最初から聞かれたことに対する決まりの悪さからつい目線を下にやりたくなる。けれど、そんなことをすれば尚更彼の機嫌を損ねるだろう。
 かといってこの場を打開する程に上手い言葉が出てこなくて、ついつい口を閉ざしてしまうと、エドワードは笑顔を取り払い、表情を消した。


「……キミはそれ程までに僕が嫌か?」


 違う。わたしは彼のことを嫌ってはいない。その逆だ。
 恋しくて、愛おしくて、けれども決して手の届かない貴方をどれだけ欲したことか……!
 しかしわたしがどのような行動を取ろうとエドワードはわたしを見てくれることがなかった。
 何度も何度も繰り返す生の間にどれだけ絶望してきたか彼は知らないがゆえに、わたしを相手に好き勝手に感情をぶつけられるのだ。

(なんでわたしばかりこんな苦しい思いを抱いていないといけないの?)


 どうせ繰り返すのなら、わたしも皆と同じように全て忘れ去りたかった。
 誰にも必要とされず、誰にも愛されない人生なんか一度で沢山だ。


 耐え難い思いは涙に変わり、わたしの頬を濡らす。
 その姿に彼は驚いたように眼を丸め、捉えていた腕を解放する。


「殿下、わたしのような凡庸な女のことなど……どうか捨て置いて下さいませ」

 深々と頭を下げて懇願したことで、彼がどのような表情をしているか分からない。
 けれどわたしがこの場を走り去ろうとも、彼は動くことがなかったーーきっとそれが彼の出した答えなのだ。



 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...