14 / 37
口付け
しおりを挟む「リリー、それがお前の答えか?」
二人きりの静寂が支配する空間で彼はわたしに問うた。大きな声で恫喝された訳でもないのに肌にビリビリと伝わる威圧にわたしは怯え、双眸に涙の薄膜が張る。
「殿下、わたしは。わたしは……」
照れてしまっただけだと答えたかった。しかし彼の前から姿を消して、彼に恥をかかせたわたしが抜け抜けとそのようなことを口にして良いものか迷い、結果として口を閉ざす。
その対応により、彼は見切りを付けたのだろう。
切長の眼を細め、彼は重たい溜息を吐き出した。
「もういい。お前にはもう何も求めん。僕はリリーに何も期待しないし、何も求めやしない。だが『婚約者』である役目だけはきっちりと果たして貰う」
はっきりとした失望の眼差しは鋭く、地の底から出したような低いその声に身が竦む。怯えは密着した肌から彼に伝わったようで、更にエドワードの眉間の皺が深く刻まれる。
今にも崩れそうになる程に震えた足で立っていられるのは彼がキツく抱きとめているからに違いない。
「戻ったら直ぐに式を執り行う準備を進めよう。お前は今度こそ逃げ出さず、黙って僕の隣に居るんだ」
彼は彫像のように美しい顔が酷薄に歪ませ、そしてわたしの唇の形を確かめるように親指でなぞった。艶めいた仕草に顔を伏せて耐えようとすれば、わたしの顎を持ち上げ、罰だと言わんばかりに口付けられる。
「……っ」
硬く閉ざした唇を緩ませるように彼はわたしの下唇をやわやわと喰み、驚きで口を開ければやすやすと彼の舌が侵入し、我が物顔で口内を蹂躙する。
突然の蛮行に戸惑い、奥に縮め篭ったわたしの舌を強引に絡ませ、逃れようとすればする程に執拗に追われ、逆にわたしが反応することでキスを深めていく。
「でん、かっ……!」
呼吸の出来ない苦しさから生理的な涙がホロリと頬を濡らす。
彼の胸を叩いても、押しても、決してエドワードはわたしを離さず、抵抗した分だけキツく抱きしめられる。
彼の腕の中はまるで檻のようで、そこから脱獄しようと足掻いても、所詮女の力では男である彼に叶うはずもなく、一方的に蹂躙されて支配される背徳が胸を苦しめたーーそしてその苦しさに耐えきれずに、ドワードの腕にもたれ掛かると彼はゆっくりとわたしから顔を離し、淫靡な手つきで下腹部を撫ぜる。
「なぁ、リリー。僕から離れている間に勝手に他の男を受け入れてはおるまいな?」
「……そのような方は居ません」
「そうか。では帰ったらきちんとキミの身体の隅々まで検分しようではないか」
「居ないと言ったではありませんか!」
「ああ。確かにそのように聞いてはいるが、お前はこの僕から嘯いて逃げ出した大嘘つきだ。そのような女のことなんか信じられるものか」
「殿下っ‼︎」
「僕はもうお前のことを信用しないし、もう自由にはさせてやる気もない。恨むならこの僕から逃げだそうとした自分の浅はかさを恨むと良い」
5
お気に入りに追加
401
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる