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密談
しおりを挟むエリザベス王妃を守る直属の騎士に横抱きにされ、そのまま人気のないベンチまで運ばれる。
お茶会が行われている場所から少し離れた程度の距離に最初の頃は興味ありげに幾人かがチラチラとこちらを見やっていたが「内緒話に覗き見するなど無粋な奴らよのう」と王妃が溜息を吐き出せば、彼らはあからさまに顔を背け、慌てて離れていく。
その分かりやすい反応に王妃はコロコロと笑いながら扇で口元を隠し、目配せだけで従者を下がらせ、わたしを自身の膝に寝かせる。
「なっ、なにをなさっておいでですっ!」
「具合の悪い子供がそう慌てるでない。ほら頭も撫でてやろうぞ」
柔らかく丁寧に彼女は嬉しそうに頭を撫ぜる。彼女が少し動くと風に揺れて薔薇の香りが花を擽り、うっとりとこのまま目を閉じてしまいそうになる程に心地良い。
大国の美姫であった彼女に頭を撫でられるなど、世の男性陣からしたら至上の褒美のような空間に、戸惑いながらおずおずと話題を切り出す。
「……あの。どうして、このようなことをなさるのです?」
「ふふ。言ったであろう。妾はエドワードが気に入ったお主に興味があるのじゃと。あれは警戒心の強い子でな。本来、初対面の相手には自分から声を掛けぬのじゃが……」
撫でていた手を止めて、つぶさに観察される視線の強さに怯みそうになる気持ちを堪え、震える口で申し出たのは下手に彼女の好奇心を刺激しない為。ゆるゆると睫毛を伏せてから、ゆっくりと王妃を見上げる。
「殿下はわたしの妹と話しておられたようですから、恐らく妹が同じ会場に『姉』も居るのだと申し出たので、一応の挨拶としてわたしに声を掛けて下さっただけのことではございませんか?」
「……其方は夢のない子じゃのう。普通この国の第一王子であるエドワードに声を掛けられれば、誰であろうと舞い上がるものなのじゃぞ」
「確かに殿下に声を掛けて頂けるのは光栄の極みでありますが、わたしは何分『自分』という存在を『正しく』知っているからにこそ、舞い上がる程の度量がございません」
「なんとつまらぬ子であるか……」
嘆息する彼女は眼の輝きが失せ、興醒めしたように自身の赤い髪を指に巻き付けて弄る。常ならば行儀の悪い仕草であるはずなのに、そこに王妃が存在するだけで巨匠の描いた一枚の絵画のように神々しさすら感じられる。
そこから暫しの沈黙が流れたことで、王妃を相手に不敬が過ぎたのではないかという不安が胸中に宿り、横になっている状態なのに少しも休める気がしなかったが――ややあって結論を出した彼女は予想外の答えを口にする。
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