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前門の虎後門の狼
しおりを挟む「……っ」
「嗚呼、やっぱりお姉様は体調が優れないのね。けれど安心なさって? 先にお姉様が屋敷に帰宅出来るようにわたくしが馬車の手配を致しますわ」
違う。わたしが悲鳴をあげそうになったのは、ミアの爪が背中を深く抉ったからだ。だけど、あどけない天使の仮面を被った彼女は華麗なまでに悪意をひた隠しにして、周囲を見事に騙してみせる。
現に今だって彼女は具合の悪い姉を心配して庇っている優しい妹として、わたし達に注目していた人達へのアピールは成功しているのだ。
無垢な表情を浮かべている彼女がどれだけ打算的な人間かわたししか知らない。ここで下手にミアを跳ね除ければ、ミアの上げた好感度の分だけわたしに悪評がついてまわる。
(……いいわ。どうせパーティーを抜け出すキッカケが欲しかったのは事実だもの)
ぐっと唇を噛み締めて彼女の算段に乗ろうとしたその時ーー待ったの声が掛かった。
「具合が悪いのならば、すぐに馬車に乗っては揺れで酔ってしまうかもしれない。リリーさえ良ければ、城のゲストルームで休んでいくと良い」
穏やかで静かな声でエドワードは自身の決定を告げる。
窺うような物言いではあるが、王族の言葉を誰が否定出来るのか。まして今のわたしはまだ十歳の子供だ。
不敬を働けば、その監督責任を問われれるのは両親だ。だからこそ、言動には慎重にならなければならない。
(……けれど本当に殿下の言われるがままにゲストルームに行くことが正解なの?)
躊躇する要因となったのは先程殿下が見せた異質な視線。ねっとりと絡めとるような目でこちらを見やった彼の牙城に入っても誰も助けてくれやしない心細さがわたしを襲う。
大人しく返答を待つ殿下は澄ました顔をしている。その余裕の在処はわたしが彼の望む通りの答えしか出せないことを最初から分かっているからだ。
「殿下、わたしは……」
「うん?」
口籠もっているうちにいつの間にか背中の痛みが消えていることに気付く。どうしたのかと疑問に思うよりも早く、彼女は忌々しそうに一際強く背中を引っ掻いた。
「……っ!」
油断していたからこそ痛みは鮮烈なものとなる。声を出さなかったのは人前で無様な姿を晒したくないという意地で、なんとか堪えることは出来た。
額に浮かぶ脂汗はエドワードとミアどちらを恐れてのものなのだろう。
双方から感じる強い視線に答えを窮すれば――助けは意外なところからやってきた。
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