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歓迎されない抱擁
しおりを挟む「やぁ。今日は良い天気だね」
にこにことエドワードは人の良い笑みを見せて、わたしに声を掛けた。彼の後ろにはミアがちゃっかり陣取って、エドワードの背後からわたしを睨(ね)め付けている。
(きっと屋敷に帰ったら散々文句を言われるのよね)
わたしからエドワードにアプローチした訳ではないが、そんなことはミアにとっては関係ない。
どうせ『わたくしが殿下と話しておりましたのに!』『お姉様があさましくも色目を使うから!』『引き立て役なら大人しくなさってはいかが?』と怒涛のように捲し立ててくるのだろう。
想像するだけで頭痛がひどくなる。そしてわたしにとっては残念なことがもう一つ。
(……せっかく知り合いが出来そうだったのに)
先程わたしと目の合った男の子は、殿下がわたしに声を掛けたことでそれを邪魔をしないようにと遠ざかっていったのだ。
残念に思うけれど、本当にわたしが話したいのならば後で彼を追い掛ければ良い。
どうせエドワードとの会話は長続きしない。
だったらこの後にわたしがどのような行動を取っても自由だろうと思い直すことにした。
重荷が取れたように一気に軽くなった気持ちを笑顔に乗せて自己紹介も含めた挨拶を交わせば、彼は鷹揚に頷く。
エドワードだってまだ十歳の子供である筈なのにその仕草が妙に様になっていて、周囲の眼を引くのは生まれ持ってのカリスマ性というものだろうか。
恭しく挨拶を終わらせた後に彼はじっとわたしを見つめると、涼やかな目元を蕩けさせ、何かポツリと小さく呟いた――その瞬間、彼の持つ紫水晶の瞳の色がドロリと濃くなり、本能的に身体が強張る。明らかに先程とは異なった彼の気配に怯えて、後ろに下がろうとすれば動揺からよろめいたことで、彼がわたしを引き寄せ、抱きしめられる形となってしまう。
「よろめいたように見えたけれど、大丈夫かい?」
「はい。殿下のお陰で大丈夫にございます」
彼の黒い髪と色素の薄いわたしの髪が絡まる程に密着し、互いの息遣いさえも伝わる距離は居心地が悪い。その上、殿下がわたしに触れたことで周囲の動揺がざわめき立ち、こちらを見る令嬢達の目は厳しい。
その原因は殿下の婚約者を選定する場において、下手にわたしが目立つような行動をとってしまったからだ。彼女達の視線が針のように突き刺さり、萎縮した身体が思い通りに動かない。急速に張り詰めた空気が重く肌に伸し掛かり、やんわりと彼を押し退けようにも大勢の前で彼を拒否するのも難しい。
助けを求めるようにエドワードを見つめると彼がゆっくりと身体を離したことに胸を撫で下ろせば、ミアが駆け寄ってわたしの背中をさする。
「お姉様。今日は朝からご気分が優れないとおっしゃっていましたが、まだお身体の具合はよろしくないのではありませんか?」
それは紛れもなく殿下とわたしを引き離すための奸計。
心配そうに眉を下げてわたしを見やる彼女はどこからどう見ても心優しい少女に他ならない。けれど彼女がさするフリをして密かにわたしの背に爪を立てていることは誰も知らないのだ。
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