後宮にトリップしたら皇帝陛下に溺愛されていますが人違いでは?

秋月朔夕

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8(side:天佑)

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 ふわりと意識が覚醒する。久しぶりに深く眠ったようで、頭がスッキリとしていた。
 まだ寝ている琴葉の顔を見上げる。

(眠るにはきつい体勢だろうに)

 私を膝に乗せたまま、眠りこける彼女に愛しいという想いが膨らむ。
 この気持ちは彼女を好いてから萎むことなんかなかった。年々想いが肥大して、自分でもどうしたら良いのか分からない。
 ーー持て余すような感情。人はそれを恋と呼ぶのだろう。


(もう琴葉を好きになってから十八年か……)

 七つの頃。彼女に出会った。
 そこからもう十八年が経つ。
 私にとって彼女は月のような存在だった。目にすることはできるのに、絶対に触れることはできない存在……。
 闇夜にぽつりと照らす月の光。優しい輝きに導かれて、私は生きてきた。


(たった一年ほどの交流だったのに)

 正妃の子に虐められた先に見つけた至高の宝。それを失った時の絶望を思い出すだけで、心が憎しみに染まる。
 あれからどれだけ琴葉に夢想してきただろう。
 どれほど彼女の存在を渇望してきただろう。
 諦めたらきっと楽になれる。
 そう思った時もあった。
 しかし。諦めようと思えば思うほどに、琴葉の存在を意識してしまうのだ。
 どうせ苦しいのならば、その苦しみを受け入れよう。彼女を手にすることに人生を捧げよう。だってきっと彼女が居なかったら、どうせ自分は後宮の隅で母と同じように死んでいただけだろうから。


(琴葉も可哀想に)

 妄執じみた執着をぶつけたところで、彼女を幸せにすることはできない。
 彼女の幸せを考えるのならば、私の元へ喚ぶべきではなかったのだろう。
 だが、どうしても……私は彼女が欲しかった。琴葉に会いたいと望んでしまったのだ。
 他の女はいらない。欲しいのはいつだって琴葉だけだ。
 後宮に入れるのも『琴葉』だけ。その真意を彼女は分かっているのだろうか。

(まぁ、分かっていない方がまだ都合が良いか……)

 眠っている琴葉の顔を見やる。
 私に膝を貸した状態で寝ている無防備な顔。
 ほんの少しの悪戯心で柔らかな頬を突いてみせても、起きる様子はない。
 柔らかな頬に沈む指の感触に頬が緩む。

(どこまでやったら起きるのか。試したいところではあるが……)  

 彼女の『親切心』に免じてそれは許してやろう。
 それにしても……

(こっそりと私を置いて寝台へと行けば良かったのに)


 無理な体勢で寝れば、琴葉だって身体を痛めるだろう。
 足だって痺れたはずだ。なのにそれをしなかったのは、私が起きないように留意したためか。
 そのいじらしい心遣いに気が付いて心が暖かくなる。


 ーーずっとずっと彼女が好きだった。彼女を得るために王にまでなった・・・・・・・


(ようやく琴葉を手に入れられたと思ったのに)
 
 分かっている。この想いが独りよがりなものであることに。
 琴葉への妄執は時を重ねるごとに歪に膨らんできた。きっと彼女にこの想いを押し付ければ苦しむだろうことも……それくらい理解している。


(泣かせたくはないのだが……)

 遠い昔に励ましてくれた彼女。一人ぼっちの自分には彼女の存在こそ心の支えだった。
 ーーならばこそ、彼女を悲しませたくはない。けれど、それ以上に彼女を失うことを許容したくなかった。

(やっと触れ合えるというのに)

 幼い頃。どれほど望んできたことか。
 今更、琴葉を手放せるものか。

(この体勢のままだと琴葉は身体を痛めてしまうか)

 
 名残惜しい気持ちはあるものの、そっと起き上がって、彼女を抱える。

(琴葉……)

 壊れ物を扱うようにして寝台に降ろす。
 もしも今。彼女の身体的特徴を暴き、『琴葉』であるという証拠を掴めたとしたら……そんな誘惑が脳裏を過ぎる。
 ーー琴葉が欲しい。
 その想いを叶えるために生きてきた。


琴葉を得るために王にまでなった・・・・・・・・・・・・・・・

 彼女の幸せだけを願うのならば、初めからこの世界に呼ぶべきではなかった。
 愛と呼ぶには醜く歪んでしまった感情。
 きっと今。琴葉が私を見たら、そのまま逃げ出してしまうかもしれない。
 彼女を前にして獰猛な表情を浮かべている自覚はある。
 だが逃してはやらない。
 そんなことをされるくらいならば……と考えた瞬間。彼女が寝返りを打った。

「よく眠っている」

 熟睡とも言うべきか。いつか自分の執着が彼女に向いた時……このような無防備な姿は見られなくなるのだろう。


「それは少し惜しい」

 今まで散々待ってきたのだ。
 であれば、あと少しくらい待っていても良いだろう。
 ーーそれに彼女は私から逃げる素振りはなかった。
 彼女に付けていた監視からの報告。
 そして、賭けの約束。
 その二つの内容を思い出して、心を落ち着かせる。

(愛している)

 柔らかな髪を撫でていると、琴葉が何か呟こうとしていた。
 聞き逃すものかと耳をすませば、彼女が私を敬称もなしに「てんゆう」と呼んだのだ。その衝撃たるや……。

(まるで昔の頃のようだ)

 幼い頃も、舌足らずにわたしを『てんゆう』と呼び捨てていた。
 その頃の思い出と重なり合う。
 驚きと嬉しさに頬に熱が集まる。
 たった一言で心が揺さぶられる。


(敬称を付けなくて良いと言っておいて良かった!)

 朝議に出る前に告げたものの、彼女は困ったように笑って誤魔化していた。だから、名前を呼ばれるのはまだ先だと思っていたのだ。


「琴葉……!」

 胸が掻き乱される思い。
 身体中に歓喜が走る。

 それと同時に苦い思いが込み上げる。

 だって昔あのような失態を起こさなかったら……彼女の記憶を失うことはなかったのだから。
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