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その1 料理人、いえ猫になりました
死神は猫がお嫌い?
しおりを挟む「はっ?? 猫厳禁っ!? このお屋敷の中に猫に関するものは紙切れだろうと人形だろうと、もちろん猫そのものも絶対入れちゃだめ?? ええっ!?」
ガットンによればなんでもオズワルドは大の猫嫌いらしく、猫柄の包み紙や小物にいたるまでこの屋敷には一切入れてはならないらしい。
「そう言えば王都にいる時そんな噂を耳にしたことがあるような……。確か死神は女性と猫が嫌いなあまり辺境伯として着任したいと陛下に懇願した、とかなんとか……」
てっきり誰かが流したおもしろおかしい噂に過ぎないと思っていたのだが実はそのどちらも紛れもない真実で、そのふたつから遠ざかりたい一心で猫の少ない辺鄙な辺境の地にやってきたらしい。
確かに王都は今お金持ちたちの間で広まった猫飼いブームのせいで、猫だらけだった。しかもファッション感覚で何の知識もないままに猫を飼うものだから、すぐに飽きて手放したりもする。おかげで王都はカオス状態だった。
(そうか……。オズワルド様、そんなに猫が嫌いなのね……。あんなにかわいいのに。こんなに皆大騒ぎするくらいなんだからよっぽどなんだろうけど……猫とオズワルド様が遭遇したら一体どうなっちゃうのかちょっと気になる……)
「ですからなんとしてでも旦那様がお帰りになる前に、子猫を見つけて捕獲しておかないと大変なことに……!!」
ガットンの言葉に皆が大きく真剣な顔でうなずいた。
「わかりました……! じゃあ皆で手分けして探しましょうっ。えーとじゃあ、私は厨房から北の方を探してみますっ!!」
ならばと腕まくりをしてそう告げれば。
「お……おぉっ! じゃあ俺はえーと、そうだ! 屋敷の裏手に入り込んでないか探してみるよ!」
「じゃあ私は南の棟を見てみますっ!」
「わ、私はそれでは中央棟と屋敷の表のほうを中心に探しにいきますっ!!」
「では皆さん、旦那様がお戻りになるまであと二時間……! よろしく頼みます!!」
「「「「はいっ!!」」」」
皆も散り散りになって、子猫探しがはじまったのだった。
「猫ちゃーんっ!! 出ておいでー! おいしい干物があるよーっ!」
目指すは一匹の白い子猫。なんでも近くの町の子どもが屋敷に遊びにきて、飼い猫をうっかり放してしまったらしい。この屋敷はぐるりと高い壁で覆われているから敷地の外に出たとは考えにくい。でもこの屋敷にはあちこちに古い時代から残る隠し扉だの秘密の通路だのがあるらしい。もしそんなところに迷い込んでしまったら大変だ。
「猫ちゃーんっ!! 出ておいでーっ。いい子だから」
屋敷の中はもちろん、外も隅々まで探し回るも、その姿は見当たらない。少しずつ日も傾いてきたし、このままではオズワルドが帰宅してしまう。それにこのあたりは大型の梟などもいる。もし遭遇してしまったら子猫はひとたまりもない。
「猫ちゃーんっ!! おやつをあげるから出ておいでー!」
その時、一瞬だけれど屋根の上に白いふわふわとした毛玉のようなものが動いたのが見えた。そして。
にゃあぁぁぁんっ……!
小さな鳴き声とともに、ふわふわのかわいらしい子猫がこちらをのぞき込んでいたのだった。
「皆さーん! 見つかりましたよーっ! 見てくださいっ。すっごいかわいい猫ちゃんです~っ!!」
腕の中ではぐはぐと夢中になっておやつを食べる綿毛のような子猫を皆に持ち上げて見せる。すると、ぐったりと疲れ切った皆から歓声が上がった。
「良かったぁ~っ! なんとか旦那様がお帰りになる前に見つかって!」
「でかしましたっ!! リイナさん!! もう間に合わないかと思いましたよ……」
「いやぁ……。もうヘトヘトですよ。屋敷中走り回って腰が……」
子猫を抱えた私の姿に、後からかけつけてきた他の使用人たちもその場に安堵のため息とともに崩れ落ちた。
「見つかって良かった! おやつにつられて出てきてくれて助かりました! かわいい~! ふふっ」
子猫にすりすりと頬をすり寄せ、ふと王都で世話をしていた猫たちを思い出した。今頃あの子たちはどうしているだろうか。なんだか切なくなって子猫の顔をのぞき込めば、子猫は「ふみゃぁぁぁんっ!」と元気に鳴き声をあげ私の手の甲をぺろりとなめてくれた。
「では皆さん、このことは決して旦那様には気づかれないように頼みますね? 明日の朝飼い主に引き渡すまでは使われていない納屋に隠しておくことにしましょう」
ガットンの念には念を押すようなその言葉に、皆こくりと真剣な顔でうなずいたのだった。
◇◇◇
その夜、私はひとり足音を忍ばせて納屋に向かった。手にはランタンと猫のごはんを持って。
「猫ちゃーん……? おなかすいたでしょー? さぁ、どうぞ!」
ふにゃぁぁぉ~ん。ふみゃぁぁん。
「ふふふっ。誰もとらないからゆっくりお食べ。明日の朝にはご主人様が迎えに来てくれるからね。もう少しの辛抱だから今夜はここでいい子にしてるんだよ?」
できることならふかふかのベッドで朝まで一緒に眠りたいところだけれど、ここなら鳴き声も聞こえないしオズワルドに気づかれることもない。やわらかい干し草もたっぷりあるし、寒くないようブランケットも用意してあるから問題はないだろう。
「オズワルド様ったら、本当にこんなにかわいい猫の何がそんなに嫌いなんだろうなぁ? ね? 猫ちゃん」
飼い主の子はこの子がいなくなった時わんわん泣いてずいぶん心配していたそうだから、見つかったと聞いて今頃ほっとしている頃だろう。
「良かったね。お前には、帰る家も帰りを心から待ってくれる家族もいて……。幸せだね。……良かったね」
少し切ない気持ちでそうつぶやいて、小さな頭をそっとなでれば。
にゃおーんっ!!
まるで人の言葉が分かるみたいに元気な鳴き声が返ってきて、くすりと笑う。
「帰る場所があることも待っていてくれる誰かがいてくれることも、とっても幸せなことだよね。私はオズワルド様に拾ってもらったおかげでこんなに素敵なお屋敷で暮らせて、とっても幸せなんだ。だからお前も、優しいご主人様の元で幸せになるんだよ」
静かに更けていく夜の納屋。私はほんの少しほろ苦い気持ちで、束の間の子猫との癒やしの時間を過ごしたのだった。
そして夜が明けてすぐ、子猫の飼い主の少年が子猫を引き取りにやってきた。涙をぽろぽろとこぼす飼い主の少年の腕の中で嬉しそうに鳴き声をあげる子猫にほっと胸をなで下ろし、こうして子猫騒動はオズワルドに気づかれることなく無事終わった――と思われたのだけれど。
「ん? リイナ、それ猫の毛じゃないかっ!?」
朝食の用意をしていた時不意にオズワルドにそう声をかけられ、思わず飛び上がった。
「えええええっ!? なっ……、そんなものついてるはず……!?」
いや、これでもかというほどちゃんと猫の毛チェックはしたはずだ。着替えだってしたし。だから猫の毛がついているはず……と思いつつも、そっと自分の体を見下ろせば。
(あった……。一本……この色は確かにあの子の毛……。目ざとい……!! すごい観察眼!! えっ、猫嫌いのなせる技!?)
「こ……これは、えっと……先週オズワルド様が仕留めてきてくださった鴨の羽根ですよ。ほら、お腹の辺りのあのやわらかい毛ですよっ。嫌だなぁ、もう! 猫の毛なわけないじゃないですかぁっ!!」
ひくひくと頬をひくつかせつつ、必死でごまかせば。
「そう……か……?」とオズワルドは首を傾げつつもなんとかも納得してくれたようで、ほっと胸をなでおろした。
けれどオズワルドのその勘の鋭さに、今後絶対に猫をオズワルドに近づけまいと固く心に誓ったのだった。
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