上 下
6 / 27
その1 料理人、いえ猫になりました

死神は猫がお嫌い?

しおりを挟む

「はっ?? 猫厳禁っ!? このお屋敷の中に猫に関するものは紙切れだろうと人形だろうと、もちろん猫そのものも絶対入れちゃだめ?? ええっ!?」 

 ガットンによればなんでもオズワルドは大の猫嫌いらしく、猫柄の包み紙や小物にいたるまでこの屋敷には一切入れてはならないらしい。 

「そう言えば王都にいる時そんな噂を耳にしたことがあるような……。確か死神は女性と猫が嫌いなあまり辺境伯として着任したいと陛下に懇願した、とかなんとか……」 

 てっきり誰かが流したおもしろおかしい噂に過ぎないと思っていたのだが実はそのどちらも紛れもない真実で、そのふたつから遠ざかりたい一心で猫の少ない辺鄙な辺境の地にやってきたらしい。 
 確かに王都は今お金持ちたちの間で広まった猫飼いブームのせいで、猫だらけだった。しかもファッション感覚で何の知識もないままに猫を飼うものだから、すぐに飽きて手放したりもする。おかげで王都はカオス状態だった。 

(そうか……。オズワルド様、そんなに猫が嫌いなのね……。あんなにかわいいのに。こんなに皆大騒ぎするくらいなんだからよっぽどなんだろうけど……猫とオズワルド様が遭遇したら一体どうなっちゃうのかちょっと気になる……) 

「ですからなんとしてでも旦那様がお帰りになる前に、子猫を見つけて捕獲しておかないと大変なことに……!!」 

 ガットンの言葉に皆が大きく真剣な顔でうなずいた。  

「わかりました……! じゃあ皆で手分けして探しましょうっ。えーとじゃあ、私は厨房から北の方を探してみますっ!!」 

 ならばと腕まくりをしてそう告げれば。 

「お……おぉっ! じゃあ俺はえーと、そうだ! 屋敷の裏手に入り込んでないか探してみるよ!」 
「じゃあ私は南の棟を見てみますっ!」 
「わ、私はそれでは中央棟と屋敷の表のほうを中心に探しにいきますっ!!」 
「では皆さん、旦那様がお戻りになるまであと二時間……! よろしく頼みます!!」 
「「「「はいっ!!」」」」 

 皆も散り散りになって、子猫探しがはじまったのだった。 

 
 
「猫ちゃーんっ!! 出ておいでー! おいしい干物があるよーっ!」 

 目指すは一匹の白い子猫。なんでも近くの町の子どもが屋敷に遊びにきて、飼い猫をうっかり放してしまったらしい。この屋敷はぐるりと高い壁で覆われているから敷地の外に出たとは考えにくい。でもこの屋敷にはあちこちに古い時代から残る隠し扉だの秘密の通路だのがあるらしい。もしそんなところに迷い込んでしまったら大変だ。 

「猫ちゃーんっ!! 出ておいでーっ。いい子だから」 

 屋敷の中はもちろん、外も隅々まで探し回るも、その姿は見当たらない。少しずつ日も傾いてきたし、このままではオズワルドが帰宅してしまう。それにこのあたりは大型の梟などもいる。もし遭遇してしまったら子猫はひとたまりもない。 

「猫ちゃーんっ!! おやつをあげるから出ておいでー!」  

 その時、一瞬だけれど屋根の上に白いふわふわとした毛玉のようなものが動いたのが見えた。そして。 

 にゃあぁぁぁんっ……! 

 小さな鳴き声とともに、ふわふわのかわいらしい子猫がこちらをのぞき込んでいたのだった。 

  
「皆さーん! 見つかりましたよーっ! 見てくださいっ。すっごいかわいい猫ちゃんです~っ!!」 

 腕の中ではぐはぐと夢中になっておやつを食べる綿毛のような子猫を皆に持ち上げて見せる。すると、ぐったりと疲れ切った皆から歓声が上がった。 

「良かったぁ~っ! なんとか旦那様がお帰りになる前に見つかって!」 
「でかしましたっ!! リイナさん!! もう間に合わないかと思いましたよ……」 
「いやぁ……。もうヘトヘトですよ。屋敷中走り回って腰が……」 

 子猫を抱えた私の姿に、後からかけつけてきた他の使用人たちもその場に安堵のため息とともに崩れ落ちた。 

「見つかって良かった! おやつにつられて出てきてくれて助かりました! かわいい~! ふふっ」 

 子猫にすりすりと頬をすり寄せ、ふと王都で世話をしていた猫たちを思い出した。今頃あの子たちはどうしているだろうか。なんだか切なくなって子猫の顔をのぞき込めば、子猫は「ふみゃぁぁぁんっ!」と元気に鳴き声をあげ私の手の甲をぺろりとなめてくれた。 

「では皆さん、このことは決して旦那様には気づかれないように頼みますね? 明日の朝飼い主に引き渡すまでは使われていない納屋に隠しておくことにしましょう」 

 ガットンの念には念を押すようなその言葉に、皆こくりと真剣な顔でうなずいたのだった。 



 ◇◇◇

 その夜、私はひとり足音を忍ばせて納屋に向かった。手にはランタンと猫のごはんを持って。 

「猫ちゃーん……? おなかすいたでしょー? さぁ、どうぞ!」 

 ふにゃぁぁぉ~ん。ふみゃぁぁん。 

「ふふふっ。誰もとらないからゆっくりお食べ。明日の朝にはご主人様が迎えに来てくれるからね。もう少しの辛抱だから今夜はここでいい子にしてるんだよ?」 

 できることならふかふかのベッドで朝まで一緒に眠りたいところだけれど、ここなら鳴き声も聞こえないしオズワルドに気づかれることもない。やわらかい干し草もたっぷりあるし、寒くないようブランケットも用意してあるから問題はないだろう。 

「オズワルド様ったら、本当にこんなにかわいい猫の何がそんなに嫌いなんだろうなぁ? ね? 猫ちゃん」 

 飼い主の子はこの子がいなくなった時わんわん泣いてずいぶん心配していたそうだから、見つかったと聞いて今頃ほっとしている頃だろう。 

「良かったね。お前には、帰る家も帰りを心から待ってくれる家族もいて……。幸せだね。……良かったね」 

 少し切ない気持ちでそうつぶやいて、小さな頭をそっとなでれば。 

 にゃおーんっ!!  

 まるで人の言葉が分かるみたいに元気な鳴き声が返ってきて、くすりと笑う。 

「帰る場所があることも待っていてくれる誰かがいてくれることも、とっても幸せなことだよね。私はオズワルド様に拾ってもらったおかげでこんなに素敵なお屋敷で暮らせて、とっても幸せなんだ。だからお前も、優しいご主人様の元で幸せになるんだよ」 

 静かに更けていく夜の納屋。私はほんの少しほろ苦い気持ちで、束の間の子猫との癒やしの時間を過ごしたのだった。 

 

 そして夜が明けてすぐ、子猫の飼い主の少年が子猫を引き取りにやってきた。涙をぽろぽろとこぼす飼い主の少年の腕の中で嬉しそうに鳴き声をあげる子猫にほっと胸をなで下ろし、こうして子猫騒動はオズワルドに気づかれることなく無事終わった――と思われたのだけれど。 

「ん? リイナ、それ猫の毛じゃないかっ!?」 

 朝食の用意をしていた時不意にオズワルドにそう声をかけられ、思わず飛び上がった。 

「えええええっ!? なっ……、そんなものついてるはず……!?」 

 いや、これでもかというほどちゃんと猫の毛チェックはしたはずだ。着替えだってしたし。だから猫の毛がついているはず……と思いつつも、そっと自分の体を見下ろせば。 

(あった……。一本……この色は確かにあの子の毛……。目ざとい……!! すごい観察眼!! えっ、猫嫌いのなせる技!?) 

「こ……これは、えっと……先週オズワルド様が仕留めてきてくださった鴨の羽根ですよ。ほら、お腹の辺りのあのやわらかい毛ですよっ。嫌だなぁ、もう! 猫の毛なわけないじゃないですかぁっ!!」 

 ひくひくと頬をひくつかせつつ、必死でごまかせば。 

「そう……か……?」とオズワルドは首を傾げつつもなんとかも納得してくれたようで、ほっと胸をなでおろした。 

 けれどオズワルドのその勘の鋭さに、今後絶対に猫をオズワルドに近づけまいと固く心に誓ったのだった。 

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

処理中です...