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その2 やっと見つけた居場所
星に願いを
しおりを挟む「一体あの人たちに何をさせるつもりなんですか? オズワルド様……?」
例の借金問題でオズワルドだって大いに迷惑を被っているのだ。養親たちに何か悪いことでもするつもりなのかとおそるおそる聞いてみれば。
「ん? なぁに、大したことじゃない。少し前に盗まれた美術品が近々国境を超えるらしいとの知らせが入ってな。その荷を積んだ馬車を盗ませるんだよ」
「ぬ……盗む!? あの人たちに、馬車を襲わせるんですかっ!?」
いくら養親たちが日頃とてもほめられたものじゃない自堕落な暮らしをしているとは言っても、さすがに犯罪に手を染めたことはないと思うのだけれど……。それにふたりともいつも飲んだくれているせいで贅肉でぶよぶよだし、とても格闘向きとは思えない。
するとオズワルドは笑い声を上げて私の頭をくしゃり、となでた。
「そんな手荒な真似をさせるつもりはない。荷馬車の御者に出発前にちょっとした薬を仕込んでおいて、体調不良に見舞われたところをたまたま通りがかったどこにでもいそうな中年夫婦に代わりに荷を運ばせる……というだけの話だよ」
「ははぁ……なるほど。つまりお芝居的な……??」
それならば口のうまいあの人たちのことだからうまくやってのけるかもしれない。
本当ならば国境警備隊の隊員たちにでもさせるべきなのだろうけれど、それではその身のこなしや体つきから犯人たちに警戒されてしまう。けれど今は犯人たちをうまく泳がせ、犯行のすべてを明らかにし首謀者にたどり着くことが何より必要なのだとオズワルドは話してくれた。
「ふむふむ……。確かにあのふたりならさすがに誰も国の手のものだなんて思いませんもんねぇ……」
あのふたりも警備隊からの依頼にホイホイ乗ってきたらしい。報酬に加えて、無事に集合場所まで荷馬車を運んできた暁には積み荷の中にある酒は何本でも飲んでいいとオズワルドに言われてホクホク顔だったとか。その時の顔が目に浮かぶ。
「まったくあの人たちときたら本当に……。昔はあそこまで自堕落じゃなかったのに……」
「ん? そうなのか? てっきり昔っからあんなふうなのかと思っていたが……??」
心底意外だと言わんばかりの顔で、オズワルドが首を傾げた。
「私が引き取られて間もない頃は、もうちょっとましだったんですよ? 小さいけれど煮込み料理が自慢の宿屋をやっていて……」
私があの養父母に引き取られた頃、養父母は小さな宿屋を経営していた。私を引き取ったのもその手伝いをさせるためだった。
「小さな宿屋だったけど常連さんもいて、ふたりもそれなりにちゃんと頑張ってたんです。でもある時質の悪い客に宿屋をめちゃくちゃにされて……」
それはあっという間の出来事だった。数人のガラの悪い男たちが宿屋の中で暴れまわり、他の客たちにからんで乱暴を働いたのだ。男たちが暴れまわったせいで建物はボロボロ、他の客たちも皆怖がって寄り付かなくなった。
結局立て直すお金も用立てられないまま、ふたりは宿屋を畳んだ。それからだ。ふたりがあんな酒浸りの自堕落者になってしまったのは。
「もし宿屋さえ続けられていたら、こんなに身を持ち崩すこともなかったのかも……。一度は私を家族として迎え入れてくれた人たちだから、もうこんな暮らしはやめにしてやり直してくれたらいいんですけど……」
「なるほどな……。ま、そう願うあたりはお前らしいというか、お人好しというか……」
「ふふっ! そうですかね? ま、でも今の私の家族はここにいますから!! もう寂しいなんて思ったりしません!! 私の世界で一番大切な居場所はこのお屋敷なんですから!!」
そう言ってにっこり笑って見せれば、オズワルドはいつものように私の頭に大きな手を乗せ、くしゃりとなでたのだった。
そしてすっかりデルロイが屋敷にもなじみ、皆とも打ち解けはじめた頃、私はデルロイに小さな包みを差し出した。
「これ、あとで食べて。片手で食べられるし冷めてもおいしいと思うから」
私が手渡したものは、デルロイのために作ったお弁当だった。いきなり渡されたそれをデルロイは驚いたように見つめ、固まっていた。
「……デルロイはもうこのお屋敷の仲間だから、私も何か力になりたくて。……これならひとりで好きな時に食べれるでしょ?」
デルロイが屋敷に入り浸るようになってしばらくがたつ。なのになぜか食事の時間になるとデルロイは、どこか寂しそうな顔でふいっといなくなってしまう。だからまだ一度も私の料理を食べてもらえていなかったのだ。それがなんだか気がかりで。
デルロイは、手の中のその包みを困惑したようにしばらく見つめていたけれど。
「……サンキュ。実はあんたの料理、一度食ってみたかったんだ。オズワルドがいつもお前の料理をべた褒めしてるからな」
「もし口に合うようならいつでも作るから言って? もちろん食べにきてくれるのが一番嬉しいけど、……でもデルロイも色々忙しいもんね!」
私がそう言うと、何とも言えない寂しそうな顔でデルロイは小さく笑った。
デルロイが皆と一緒に食事をしない理由、それはきっとあの事件にあるのだろう。たったひとり隣国に残したままの妹を思い、自分だけ楽しむ気持ちにはなれないんだろうと。
だから、今はこうしてお弁当を受け取ってくれただけで充分だ。
「あっ、味見はちゃんとグエンがしてくれたから安心して! ちゃんとおいしいはずだから! 味覚もそのうち戻るだろうとは思うんだけど、まだ全然苦いも辛いも分からなくって……」
「味覚……って、お前どうかしたのか?」
そう言えばデルロイは何も知らなかったんだと、かいつまんで事情を話せば。
「そっか……。ショックで味覚が……。……ならこれ、お詫びにお前にやるよ。俺にも少しは責任あるし」
そう言うと、デルロイは懐から小さな小箱を差し出した。
「それ、隣国の伝統的な菓子でさ。食べながら願い事をすると叶うなんて言われてる。味は分かんなくても願かけくらいはできるだろ。それ、あんたにやるよ」
「いいの? でもこの包み、誰かにあげるつもりだったんじゃ……」
中に星型の小さな砂糖菓子がたくさん詰められたそれは、贈り物として用意されたものに違いなかった。きれいな包装紙でラッピングされていて、小さな白紙のメッセージカードまで入っていたし。
「……それ、妹に会ったらやろうと思って持ってたんだ。そういうの、あいつ好きだったから」
デルロイの表情が切なげに曇る。
「でも、まだ当分渡せそうにないからな。だから今はお前にやるよ。ただの子どもじみた迷信だけど、もしかしたら味覚が戻るかもしれないぜ」
そう言って、小さく笑った。
どこか郷愁を感じさせる色とりどりのかわいらしい小さな星たちをどんな思いでデルロイが買ったんだろうと思うと、胸がきゅっとなった。
「……ありがとう、デルロイ。願いが叶うように、大事に食べるね」
そう微笑みながらお礼を口にすれば、デルロイも小さく笑った。そして。
「あんたを見てると……妹を思い出す。少し似てるよ……、少しだけ、な」
その寂しそうな笑顔を見て思った。
あの白紙のままだったメッセージカードを、デルロイが妹に渡せる日はいつくるんだろう、と。それはきっと五年前の事件の真実が明らかになり、過去の呪縛からデルロイが解放された時に違いない。
そんな日が一日も早く訪れるといい。デルロイが妹とともに晴れやかな笑顔で再会できる日がくるといい。
心から、そう思ったのだった。
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