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その1 料理人、いえ猫になりました
拾われました
しおりを挟むこのまま息絶えるのだろう、そう思った。けれど目覚めてみれば――。
「……名前は? なぜあんなところで行き倒れていた?」
とんでもなく強面の体の大きな男にぎょろり、と鋭い眼光で見すえられ、ゴクリと息をのんだ。
「えーと……、名前はリイナ・パドレ……です。それがその……色々と事情がありまして……」
日に焼けた肌に刀傷と思しきいくつもの傷跡。見上げるほど大きなその体はゴツゴツとした厚い筋肉に覆われ、その顔は暗がりで会ったら間違いなく失神しそうなくらいとんでもない強面だった。
(こ……、ここここ、この人って……まさか、噂の死神? ……ということは、ここは……)
オズワルド・ガレイド。この国最強の武人であり、敵国からは戦場の死神としておそれられる噂の人物。平民の出でありながら数々の輝かしい戦果を上げその功績にこの辺境領と貴族位を賜り、一年ほど前に辺境伯としてこの地へやってきた人物だ。その人物と対しているということは、私はいつのまにか辺境の地に迷い込んでいたということなのだろう。
(おそるべし、私の健脚。……いや、そんなことよりこの状況まずいのでは? 隣国から入り込んだスパイじゃないか、とかそういう……)
ここは小競り合いが絶えない隣国との国境の地。この国に不法侵入しようとする輩とか害をなそうとする輩も時に入り込むに違いない。もしそんな輩だと疑われたら、牢獄にまっしぐらという可能性だって……?
行き着いたそんな最悪の可能性に、血の気が引いた。
「ああああ、えっとですね! 決して私は怪しい者なんかじゃなくてですね! ええっと、私はここから西にある小さな町の出で、王都での料理修行を終えてそろそろ故郷に戻ろうかと家に帰ったんですが……」
その瞬間、なぜかオズワルドの目がキラリ、ときらめいた気がした。なぜか体までぐっと前に乗り出したような。まぁいい。今は身の潔白を証明する方が先決だ。
「家に戻ってみたら両親――といっても私は孤児なので養父母なんですが、えーと……借金を踏み倒して逃げた後で! 家は借金のかたに取られてしまって他に行くあても頼れる人もないしでどうしようか……ととぼとぼ歩き回っているうちに……」
「……こんな辺境の外れまで迷い込んでいた、と?」
その問いかけに、こくこくと小刻みにうなずいた。
「あの……本当に助けていただいてありがとうございました。せっかく助けていただいた命なので、もう一度料理人として生きていける道を探すことにします……」
そうだ、私にはまだ料理人としての腕が残っている。これさえあればなんとか生きていける。そう思えた。
するとオズワルドはぼそぼそとつぶやいた。
「……まぁ最初は死人かと思ったが、変な鳴き声……いや、うめき声を上げていたからな。そのまま放置するわけにも行かず連れて帰っただけだ」
「……鳴き声??」
「……あ、いや。なんでもない。気にするな。こっちの話だ……。ところでさっきお前、料理人だとか言っていたな……?」
そう問いかけたオズワルドの目が、一瞬キラーンと鋭く光った。
「は……? はい。そう、ですけど、それが何か……?」
「それはどんな店だ? お前が働いていたっていうその店は……? 貴族向けの小洒落た感じの店か? それとも……」
「いえ……? 庶民向けの、味もおいしいけど量も自慢っていういわゆる汗水垂らして働く男たちのごはん処って感じの、味よし量よし値段よしと三拍子そろったなかなか評判のお店で……」
その瞬間、オズワルドがガタン、と勢いよく立ち上がった。
「おおおおっ!? お、お前っ!」
その勢いと部屋に響き渡る大きな声に、文字通りぴょんと飛び上がる。
「は、はいぃぃぃぃっ!? 何でしょうかっ!?」
するとオズワルドはつかつかと私の方へと歩み寄り、そして。
「君に頼みがある! 君が店で作っていたという料理を、適当に作ってみてくれないかっ!!」
「は……? え、えええええっ!?」
突然のその頼みに、私はぽかんと口を開け目をまん丸にして頬を引きつらせたのだった――。
気がつけば私は辺境伯オズワルドの屋敷の立派な厨房に立っていた。
「ええと……、材料はこんなもんで足りるかな。にしてもさすがは辺境伯のお屋敷……、見たことのない果物やら野菜やらでいっぱいだしお肉も野性味たっぷり……」
王都から遠く離れているだけあって、やはり品揃えは王都には敵わない。けれど隣国との国境付近に位置しているせいか、あちらから流入しているスパイスやら珍しい野菜や果物などがそろっている。本当ならこうしたものはそうやすやすと国内に入ってはこないはずだが、きっとそこは特別なルートがあるのだろう。
肉に関して言えば、王都ではなかなかお目にかかれない野生動物の新鮮なものがそろっていた。どうやらここの主は自ら狩りもするらしく、食材調達に重宝しているらしい。調理器具もさすがの充実ぶりだ。
「まずは肉に下味をつけて……っと、この付け合せの野菜はあとでグリルして。……それからこんなにおいしそうな川魚があるから、これはフライにしようかな。あ、でも香草とガーリックでパンチのある焼きものもいいかな?」
王都の店を辞めて一週間。しばらくぶりの料理に、心が弾んでいた。やっぱりお料理は楽しい。食材を見ているだけでどんなものを作ろうかとわくわくするし、それをおいしそうに食べてくれる人の顔を想像すると胸が踊るのだ。まさかいきなり料理を作ってくれなんて頼まれるとは想像もしていなかったけれど、おかげで料理人として生きていく希望が見えたのは幸運だった。
気づけばふんふんと鼻歌なんぞを歌いつつ、楽しく調理していると。
「……ん? う、うわぁっ!? び、びっくりした……!!」
ふと隣に人の気配を感じて、思い切り飛びのく。
「おう、驚かせてすまんすまん。いやぁ、あんまり手際がいいもんでつい見とれてしまってな……。お前さん、王都の大衆向けの料理屋で働いていたといったが、何年修行したんだ?」
グエンというこの屋敷の料理長に話しかけられ、飛び上がった。なんでも代々貴族家で料理人として仕えてきた立派な経歴の持ち主らしい。
「えーと……二年とちょっと、ですかね?」
興味津々といった様子で私の手元をのぞき込むグエンに少々戸惑いつつも、そう答えれば。
「……たったの二年ちょっと? こりゃたまげたな……。まぁいい。私にも手伝わせてくれるかい?」
そう言ってグエンも手伝ってくれたおかげで、あっという間に料理は出来上がった。そしてそれをおそるおそるオズワルドのもとへと運んだのだった。
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