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その1 料理人、いえ猫になりました
オズワルドの過去
しおりを挟む今から二十年前、北方のある小さな村が壊滅した。オズワルドはその村に、六才になるまで両親と暮らしていたのだという。
「ええっ……。兵が略奪行為を……!? 挙げ句に村人をひとり残らず皆殺しなんて……一体どうしてそんなひどいことを……!!」
オズワルドの話は、あまりに悲惨なものだった。オズワルドの暮らしていた村にある日隣国兵たちが押しかけ、村にある食糧や水を根こそぎ奪っていったらしい。その上自分たちの悪行がバレるのをおそれて、村人たちを次々に手をかけていった。そしてまだ六才だったオズワルドの目の前で、両親の命も――。
「最後に残ったのは俺だった。兵が振り上げた剣を見て、もうだめだと思ったよ。でもその時、ダーモッドという隣国兵が助け出してくれたんだ。自分の体を盾にしてな」
そのダーモッドという男は、同じ隣国の兵士のひとりだったらしい。けれど味方の暴挙を見かねオズワルドを助けてくれたらしかった。ダーモッドは小さなオズワルドを村から連れ出し、兵士の追跡を逃れた。けれど途中で力尽き――。
「ダーモッドは『ひとりで逃げろ。俺はここで死ぬ運命だから』と虫の息で俺をひとり逃がそうとした。でも俺はそうしなかった。兵たちが消えた後村に戻り、わずかに残っていた水や食糧を探し出して、ダーモッドの手当てをした」
その後なんとか一命をとりとめたダーモッドは、オズワルドとともにあちらこちらの町や村を転々としながら小さなオズワルドに剣を教えたのだという。
「ダーモッドはいつも言っていた。人の命を奪う剣なんて握るもんじゃないって。でも皮肉なことに、ダーモッドは剣しか俺に教えられる生き方を知らなかったのさ。……でもダーモッドと一緒に過ごした時間は楽しかった。剣が上達するのも嬉しかったし、いつだったか森で野宿した時間違って毒キノコを食っちまって大変な目にあったりな!」
「毒キノコ!? 笑い事ではないですけど……大丈夫だったんですか??」
するとオズワルドは懐かしそうにくくくっ、と笑いながら答えた。
「あぁ。倒れていた俺たちを助けてくれた通りすがりの町の子どもがいてな。俺たちに解毒作用のある薬草入りのスープを作ってくれたおかげで助かったんだ。まったくひどい目にあったよ。……今となっては懐かしい笑い話だけどな」
その時ふと記憶の中で何か引っかかるものを感じたけれど、それが何なのかは分からず。けれどオズワルドの表情を見ていれば分かる。きっとダーモッドというその男は、いい人間だったんだろう。自分の所属していた隊がオズワルドの両親を殺したという罪滅ぼしもあったのだろうが、自分の身を差し出してまで助けようとしたのだ。その後もまるで父子のように一緒に暮らして――。
「……そして俺が十三才の時、ダーモッドは死んだ。俺を助けた時の傷が元でな。他に行く当てもなかった俺は、ダーモッドが残してくれた剣と教えてくれた技で生きていくしかなかったんだ。だから一番近くの警備隊の門を叩いたってわけさ」
「そうだったんですか……。それで武人の道に……」
ダーモッドはなかなかに強い武人だったらしい。その教えを受けたオズワルドはめきめきと頭角を現し、あっという間に名を馳せるようになった。そして気がつけば死神なんていう二つ名で呼ばれるほど強い武人になっていたのだった。
すべてを聞き終えた私は言葉を失い、さっきまでの楽しい食事の雰囲気が嘘のように馬車の中は静まり返っていた。その静寂を気詰まりに感じたのか、オズワルドは苦笑した。
「お前がそんな顔しなくていいんだ。もう過ぎたことだしな。そりゃ隣国兵たちを憎みもしたし、なんでこんな目になんて腐った頃もあったが……。別にその恨みを晴らそうなんて気持ちで戦場に立ったことはない。戦場では誰もが死ぬか生きるかのどちらかだからな。必死で戦うだけだ。でも……」
「……?」
言葉を切って不意に黙り込んだオズワルドをふと見れば、意外にもやわらかな表情を浮かべ窓の外を見つめていた。
「でもあの屋敷を持ってから、少し気持ちが変わった気がするんだ。……ようやく自分の居場所を手に入れたというか、帰るべき場所を手に入れた気がしてな。皆がいるあの屋敷を守るために俺はここに存在しているんだって気になる。それが存外気分が良くてな」
そう言って、オズワルドは目を細めたのだった。その顔があんまりにも穏やかで優しかったから、一瞬胸がドキリと大きく跳ねた。ぶわりと頬に熱がこもったのをごまかすように、思わず口にした。
「オズワルド様……!! 私もあのお屋敷が好きですよ! お屋敷で働いていている皆も、オズワルド様のことだって!!」と。
その瞬間、自分がおかしなことを口走ったことに気がついた。これではまるでオズワルドのことが好きだと言っているようではないか、と。いや、別にそれはあながち嘘ではない。自分を拾って料理人として雇ってくれたことも、私の作ったお料理を嬉しそうに食べてくれるのもとても嬉しいし、これ以上ないほど感謝している。それに私だってあのお屋敷がこれからも自分の居場所であったらいいな、と心から願ってもいるし。
とは言え今の言い方はまるで恋をしているような勘違いを生みそうな――。
(やっぱり雇い主とは言え、こんな密室に男の人とふたりきりでいるから、おかしな意識をしてしまっているのかもしれないわ……。やれやれ……。さっさと祝賀会を終わらせてお屋敷に戻ろう……。これ以上おかしなことにならないうちに……)
自分にあきれながら、今度こそしっかりと言葉を選んでオズワルドに伝える。
「ええと……だから、つまり……。これからも、もっともっとおいしい料理をいっぱい作ってオズワルド様に満足いただけるように頑張ります。おいしいごはんが待っていると思えば、どんなに遠くにいたって絶対に帰るぞって気になるでしょうし! これからも、お屋敷の皆と一緒にどんな時もオズワルド様のお帰りを待ってますからねっ!!」
するとオズワルドはしばし目をぱちくりと瞬いた後、ふわりとやわらかく目を細めると。
「あぁ……。よろしく頼む。リイナ」
そう言って、優しく微笑んだのだった。
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