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その1 料理人、いえ猫になりました
恩人の頼みごと
しおりを挟むそれからしばらくたったある日のこと、大事な仕事を頼みたいからすぐにきてくれとオズワルドに呼び出され急ぎ向かってみれば。
「……おぅ、リイナ。きてくれたか……」
眉間に皺を寄せ小難しい顔で考え込むオズワルドのいつも以上の迫力に、首を傾げた。
「急ぎと聞いて慌ててきましたけど……? 大事なお仕事ってなんですか?」
私の問いかけにオズワルドは一瞬ううむ、と低い声でうなると口を開いた。
「実は君に頼みがあるんだ……」
「なんでしょう? 命の恩人の旦那様の頼みですからね。どんとこいですよ? まぁ内容にもよりますけど……」
オズワルドは、生きる理由も目的を見失って命を手放しかけていた私に新たな目的をくれた大恩人だ。しかもこんなにあたたかい職場と仕事までくれた人なのだから、よほどのことでないかぎりどんな頼みにだって応えたい。
「実は今朝、王都から王宮での祝賀会へ出席しろとの知らせが届いてな」
「はぁ……。祝賀会……ですか」
きっとそれは先の戦勝の戦果をねぎらうための祝賀会に違いない。一体何度祝い事を繰り返せば気が済むんだろうという気もしないでもないが、まぁお貴族様なんて年柄年中華やかなパーティなんかを開くのがお仕事みたいなもんだろうし、しょせん庶民には何の関係もないことだ。それに自分の主となった人が労われるのだから、それはそれでめでたい。
「それがどうかしたんですか? なぜそんなにお嫌な顔をしてるんです? もしかして、どうしても王都に行きたくない……とかで悩んでいらっしゃるんですか?」
まぁ大嫌いな女性たちと猫がわんさかいる王都に行きたくない気持ちは分かる。とはいえ、陛下直々の命をそうそう断れるはずもない。
「それがな……。祝賀会というのはただの表向きの名目で、どうやら陛下は俺に縁談相手たちを引き合わせるつもりらしくてな……。困り果てているのだ」
「縁談……? ってオズワルド様、もしかして結婚なさるんですか!?」
いや、別にあり得ないことではない。オズワルドはもう二十六才なんだし、とっくに妻子がいてもおかしくはないのだし。でもあまりに女っ気がないというか、いつも食と剣について話しているところしか見たことがなかったから驚いたというか。
けれどオズワルドは苦虫を噛み潰したような顔で首をぶんぶんと振ると。
「したくないから行きたくないんだ。行けば陛下の引き合わせともなればさすがに無視もできないだろう。それが嫌で嫌で……なんとかならないものかと思ってな……」
「……なるほど。でも貴族にとって結婚は後継ぎのための義務みたいなもんですし、ダメ元で会ってみては? もしかしたら素敵な方かもしれませんよ?」
案外人の好き嫌いなんて、ひょんな出会いでひっくり返ったりするものだ。それに、自分を拾ってくれた優しい主には幸せな人生を歩んでもらいたい。それになんだかんだ、こういうタイプが一番子煩悩になりそうだし。ふとオズワルドが小さな子どもを笑顔で肩車している光景を思い浮かべて、そのほほえましさに笑みが浮かんだ。けれど。
「……俺に貴族の娘なんかあてがってどうしろって言うんだ。町にいるより戦場にいる時間の方がずっと長いんだ。いつ死ぬかも分からんと言うのに、嫁など……」
「……死ぬなんて縁起の悪いこと、言わないでください。オズワルド様に何かあったら皆路頭に迷いますし、私なんてまた行き倒れるかもしれませんよ? 元気で長生きしてください」
なぐさめるつもりでそう言えば、オズワルドはまんざらでもなさそうな顔で口元を緩ませた。ちょっとかわいい。
「まぁどうしても嫌ならはっきりお断りすればいいんですよ。たった一晩のことなんですし! オズワルド様の大好物を用意して待ってますから! ね? だから頑張っていってらっしゃい!! オズワルド様」
こうなったら明るく励まして送り出すしかない。それが使用人にできる精一杯だとばかりにそう明るく声を張る。けれどそんな私に、何を血迷ったか。
「リイナ! 頼むっ!! 君も一緒に王都にきてくれ! 知り合いの娘だとか孫だとか、なんか適当に言って俺と一緒に祝賀会に出てくれっ!! そうすればきっと女たちの襲撃を回避できるはずだっ!!」
そういうとオズワルドは、すがるように私の手をがっちりとつかんだのだった――。
気づけば私は、半ば強引に引きずられるようにして王都への馬車に乗せられ王都への旅路をガタゴトと揺られていた。急ぎ仕立てたドレスやら髪飾りまでを持って。『大昔に世話になった人の孫娘の社会勉強のため』なんていうわけのわからない肩書きとともに――。
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