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その1 料理人、いえ猫になりました
辺境屋敷の料理人になりました
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「……私が、ここの料理人に??」
突然のその提案に、私はぽかんと口を開いた。だってここにはグエンという立派な料理人がいるのだ。庶民向けの料理しか作れない自分の出る幕などないはず。けれどオズワルドはなんとも歯切れ悪く言い淀んだ。
「あ、……いや、まぁそれはそうなんだが……。実は……」
その瞬間、部屋の隅に控えていたグエンが勢いよく歩み出たのだった。
「わ、私からもぜひお願いいたしますっ! リイナさん! 私ではだめなのです! 旦那様をご満足させて差し上げることは、このグエンの料理では……どうしても出来ないのですっ!!」
「あ、いや。グエン、違うんだ。決してお前の料理を否定しているわけでは……ただ料理人がふたりいた方が仕事も楽だしな。ええと……」
慌てたようにオズワルドはグエンに告げる。けれどグエンは静かに首を横に振るとがっくりとうなだれたのだった。
「いいえ、わかっていたのです……。旦那様は毎食きっちり食してくださいますし、文句なんて一切おっしゃられません。でも分かるんです……。きっと満足してはいただけていないことが……」
「な……だってグエンさんは王都でも通用するすごい人じゃないですかっ!! それに私が作れるのはいわゆる庶民向けの料理ばっかりでとても貴族の方が好まれるようなものは……!!」
するとオズワルドが私の方をくるりと向いた。
「いや、実はな……。その庶民向けの料理というのがどうしても食べたくてな……。グエンの作る料理はどれもおいしく栄養のバランスも見た目にも素晴らしいものばかりなんだが、その……たまにはこう……ガツンとしたものが食べたくなって。だがこんな辺境の地ではそう食い物屋もないしで……」
「は……??」
きょとんと目を瞬かせオズワルドを見やる。
「俺は元はと言えば平民上がりの軍人だからな。元は孤児だし……。だから貴族的な食事には縁がないんだ。そのせいか、訓練の後なんかはどうしてもさっき食べたようなガツンとしたものが欲しくなってな……。だから君とグエンとで厨房に立ってもらえばちょうどいいかと……」
「ガ……ガツンとした料理……??」
するとグエンが悲しげに口を開いた。
「私の家は代々貴族家に仕える料理人でして、庶民向けの料理はどうもよく分からず……。……でも私はオズワルド様にご恩返しがしたくてこのお屋敷の料理人になったのです。ですからなんとかして私もそうしたお料理を作れるようになりたいのですよ!」
「恩返し??」
「実は私の父は昔オズワルド様に命を救われたことがありましてね……。父はいつかその恩を返したいと願いながら亡くなり……。ですからその恩を息子の私がなんとかして返せないか、と……」
けれど肝心のオズワルドはその育ちのためか、グエンが作ってきた料理に馴染みがなさすぎた。
(そう言えばよく常連さんたちが言ってたっけ……。汗水垂らして疲れた体にはこういうガツンとした味がいいんだよなって……。汗もいっぱいかくし、塩分も欲しくなるし……。お腹だってペコペコだもんねぇ……)
そんなことを思いつつ、とは言えこんなすごいお屋敷の料理人が自分につとまるのかは甚だ不安だ。だってこれまで庶民向けの料理しか食べたこともなければ作ったこともないのだし。もちろんせっかくグエンさんなんていうすごい料理人と働くことができるのなら、それを学ぶ絶好のチャンスではある。
そんな心の声が聞こえたのか、グエンが私の肩をぽんと叩いた。
「あの手際の良さに勘の良さといい、リイナさんは立派な料理人よ! 私からもお願いするよっ。いつか私も旦那様にうんと満足いただける料理を作りたい! そのためにこのお屋敷で一緒に頑張りましょう!! ね、リィナさん!!」
「グエンさん……!」
そしてオズワルドもずずい、と詰め寄り私をじっと見つめると。
「どうか頼む! 君が作ってくれた料理はどれも本当においしかったし、実に活力がわいた。この屋敷では使用人も皆私と一緒に同じものを食すんだ。きっと皆も喜ぶ!! ぜひここの料理人になってくれ!! リィナ!!」
よほどガツンとした料理に飢えていたのだろう。あまりにもその様子が真剣で、一生懸命で――。
「わ……分かりましたっ!! そういうことでしたらぜひ働かせていただきます!! 助けていただいたこのご恩返しに、全力でガツンと満足いただけるよう頑張りますっ!! よろしくお願いしますっ! オズワルド様……、グエンさん!!」
こうしてこの日から私は、死神という異名を持つオズワルド・ガレイドが領主をつとめる辺境屋敷の料理人として働くことになったのだった。
突然のその提案に、私はぽかんと口を開いた。だってここにはグエンという立派な料理人がいるのだ。庶民向けの料理しか作れない自分の出る幕などないはず。けれどオズワルドはなんとも歯切れ悪く言い淀んだ。
「あ、……いや、まぁそれはそうなんだが……。実は……」
その瞬間、部屋の隅に控えていたグエンが勢いよく歩み出たのだった。
「わ、私からもぜひお願いいたしますっ! リイナさん! 私ではだめなのです! 旦那様をご満足させて差し上げることは、このグエンの料理では……どうしても出来ないのですっ!!」
「あ、いや。グエン、違うんだ。決してお前の料理を否定しているわけでは……ただ料理人がふたりいた方が仕事も楽だしな。ええと……」
慌てたようにオズワルドはグエンに告げる。けれどグエンは静かに首を横に振るとがっくりとうなだれたのだった。
「いいえ、わかっていたのです……。旦那様は毎食きっちり食してくださいますし、文句なんて一切おっしゃられません。でも分かるんです……。きっと満足してはいただけていないことが……」
「な……だってグエンさんは王都でも通用するすごい人じゃないですかっ!! それに私が作れるのはいわゆる庶民向けの料理ばっかりでとても貴族の方が好まれるようなものは……!!」
するとオズワルドが私の方をくるりと向いた。
「いや、実はな……。その庶民向けの料理というのがどうしても食べたくてな……。グエンの作る料理はどれもおいしく栄養のバランスも見た目にも素晴らしいものばかりなんだが、その……たまにはこう……ガツンとしたものが食べたくなって。だがこんな辺境の地ではそう食い物屋もないしで……」
「は……??」
きょとんと目を瞬かせオズワルドを見やる。
「俺は元はと言えば平民上がりの軍人だからな。元は孤児だし……。だから貴族的な食事には縁がないんだ。そのせいか、訓練の後なんかはどうしてもさっき食べたようなガツンとしたものが欲しくなってな……。だから君とグエンとで厨房に立ってもらえばちょうどいいかと……」
「ガ……ガツンとした料理……??」
するとグエンが悲しげに口を開いた。
「私の家は代々貴族家に仕える料理人でして、庶民向けの料理はどうもよく分からず……。……でも私はオズワルド様にご恩返しがしたくてこのお屋敷の料理人になったのです。ですからなんとかして私もそうしたお料理を作れるようになりたいのですよ!」
「恩返し??」
「実は私の父は昔オズワルド様に命を救われたことがありましてね……。父はいつかその恩を返したいと願いながら亡くなり……。ですからその恩を息子の私がなんとかして返せないか、と……」
けれど肝心のオズワルドはその育ちのためか、グエンが作ってきた料理に馴染みがなさすぎた。
(そう言えばよく常連さんたちが言ってたっけ……。汗水垂らして疲れた体にはこういうガツンとした味がいいんだよなって……。汗もいっぱいかくし、塩分も欲しくなるし……。お腹だってペコペコだもんねぇ……)
そんなことを思いつつ、とは言えこんなすごいお屋敷の料理人が自分につとまるのかは甚だ不安だ。だってこれまで庶民向けの料理しか食べたこともなければ作ったこともないのだし。もちろんせっかくグエンさんなんていうすごい料理人と働くことができるのなら、それを学ぶ絶好のチャンスではある。
そんな心の声が聞こえたのか、グエンが私の肩をぽんと叩いた。
「あの手際の良さに勘の良さといい、リイナさんは立派な料理人よ! 私からもお願いするよっ。いつか私も旦那様にうんと満足いただける料理を作りたい! そのためにこのお屋敷で一緒に頑張りましょう!! ね、リィナさん!!」
「グエンさん……!」
そしてオズワルドもずずい、と詰め寄り私をじっと見つめると。
「どうか頼む! 君が作ってくれた料理はどれも本当においしかったし、実に活力がわいた。この屋敷では使用人も皆私と一緒に同じものを食すんだ。きっと皆も喜ぶ!! ぜひここの料理人になってくれ!! リィナ!!」
よほどガツンとした料理に飢えていたのだろう。あまりにもその様子が真剣で、一生懸命で――。
「わ……分かりましたっ!! そういうことでしたらぜひ働かせていただきます!! 助けていただいたこのご恩返しに、全力でガツンと満足いただけるよう頑張りますっ!! よろしくお願いしますっ! オズワルド様……、グエンさん!!」
こうしてこの日から私は、死神という異名を持つオズワルド・ガレイドが領主をつとめる辺境屋敷の料理人として働くことになったのだった。
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