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その1 料理人、いえ猫になりました
死神の腹の音
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オズワルドは腕を組み、ふうむ、と息を吐き出した。
(とっさに料理を作れだなんて言ってしまったが、驚かせてしまったか……。まさか猫の鳴き声につられて拾ったのが、料理人だったとはな……)
拾ったのは、ただの偶然だった。いつものように愛馬のハンクとともに辺境を見回っていた時、地面にごろりと横たわる不審なものを見かけたのだ
パカッパカッパカッパカッ……。
ヒヒヒヒィィィィンッ!
ひらりと馬上から降り、乾いた地面に横たわりピクリとも動かないそのかたまりを見下ろし声をかけては見たのだが。
『……おい』
サワサワサワサワ……。
『……おい、そこのお前』
そよそよそよそよ……。
ゆっくりと近づき生死を確かめようと顔の辺りに手を近づけると、ふと行き倒れが何かを大事そうに握りしめているのに気がついた。その時だった。おそらくは事切れているであろうと思われたそれが、ぴくりと動いたのは。そして。
『ふにゃぁぁぁぁっ……』
ともすると風の音に吹き消されそうな、小さな鳴き声――いや、うめき声に、はっと目を見張った。
『にゃぁ……、だと……!? 猫っ……!?』
まさか猫でも抱いたまま行き倒れているのかと驚き、慌ててその体を上向きにさせ顔をのぞき込む。
『……女、か。猫は……いないのか……。そりゃあそう、だよな……』
自嘲するように小さくつぶやき、そしてまだ年若い女を見下ろした。どうやら大きな怪我などをしている様子はなく、息もあるらしい。ここは人里離れた辺境の地。旅人が訪れるような地ではない。ただ荒涼とした地が続くこんな場所にやってくる者など、何か事情があって逃げ出してきたか、監視の目をかいくぐって隣国から迷い込んだか。いずれにしても、このまま放置しておけばいずれ死に絶えるのは間違いなかった。
『……ふむ。ま、生きているなら運ぶか。……よっ……と!』
持ち上げたその体は軽く、本当に生きているのかと心配になるくらいで。
『さぁ、帰ろう。ハンク』
そして、ハンクの背にまたがり屋敷へと連れ帰ったのだったが――。
◇◇◇
料理ができたと呼ばれ期待に胸をふくらませてテーブルへと視線を向ければ、そこには湯気を立てるできたての料理の数々が並んでいた。思わずごくりとつばを飲み込む。
オズワルドが王都から遠く離れたこの辺境地に着任してから、早いものでもう半年が過ぎた。
ここの暮らしは王都に比べ、静かで平穏だった。いや、平穏というのは齟齬があるかもしれない。なんといってもここは隣国との国境地帯。いつ何時紛争が起きてもおかしくないし、常に隣国からのおかしな侵入者がないか異常はないかと目を光らせておく必要があるのだから。とは言え大きな戦いが起きる気配などはなく、これまで経験してきた数々の戦場に比べれば平和そのものだった。
要塞のようにそびえ立つ石造りの屋敷も堅牢だし、使用人たちも実に気のいい者ばかりで平民上がりの自分にとって心地よい日々だ。
が、唯一満たされないものがあった。それが食事だった。どうにも心も腹も満たされない渇望するそれらが、今まさに目の前に並んでいた。
カチャリ……。
サクッ……! もぐもぐ……、ゴクリ。
もぐもぐ……、カチャリ。
揚げたての魚フライのサクッとした歯ざわり。こってりとしたソースをかけ焼き上げた肉からじゅわりと滴る肉汁。見た目にも鮮やかで栄養もたっぷりな野菜を付け合わせた塊肉のシチュー。香草と川魚の焼き物には食欲を誘う香りを漂わせるガーリックチップがたっぷりとかけてある。ピリッとスパイシーに炊き込んだピラフは、そのほどよい辛さが後を引く。それらをひとり黙々と次から次へと脇目もふらずに平らげていく。
カチャリ……。
気がつけばあんなにずらりと並んでいたすべての皿が、きれいに空になっていた。するとそれまで自分の食べっぷりに口をぽかんと開けて見つめていたリィナが慌てたように口を開いた。
「あっ……! えっと、今すぐデザートをお持ちしますっ! 少々お待ち下さいっ」
そしてまた厨房からデザートを盛り付けた皿を手に戻ってきたのだった。
「ええと、あまり甘いものはお好きではないとお聞きしましたので、甘みを抑えたさっぱりとしたレアチーズタルトをご用意しました……。どうぞ召し上がれ」
それを口にした瞬間、その意外な取り合わせに驚いた。
「これは……岩塩か? デザートに岩塩とは珍しいな」
ほんのりとした甘みのタルト生地に、濃厚ながら後味のさっぱりとしたチーズ。上に飾ったレモンと、ほんの少しだけかけられた岩塩のしょっぱさがなんとも言えないバランスを醸し出している。他の料理がしっかりとしたパンチのある味だけに、最後に控えめな甘みと酸味、ほんのわずかな塩が実にさっぱりとしていい。
「はい……。私が働いていたお店では肉体労働のお客さんが多かったので、汗をかいて消耗した分塩分と酸味もあった方が疲れも取れるかな、と私が考案したんです。お気に召しませんでしたか……??」
「……こういうのでいいんだよ」
「……え?」
「いや、違うな。こういうのがいいんだよ! こう……なんというか腹にガツンとたまるような無骨なこういう料理がっ! リネットといったな!! 君……!! この屋敷でグエンとともに料理人として働いてはくれないかっ!? 頼むっ!!」
気がつけばガタン、と勢いよく立ち上がりそう告げていたのだった。
(とっさに料理を作れだなんて言ってしまったが、驚かせてしまったか……。まさか猫の鳴き声につられて拾ったのが、料理人だったとはな……)
拾ったのは、ただの偶然だった。いつものように愛馬のハンクとともに辺境を見回っていた時、地面にごろりと横たわる不審なものを見かけたのだ
パカッパカッパカッパカッ……。
ヒヒヒヒィィィィンッ!
ひらりと馬上から降り、乾いた地面に横たわりピクリとも動かないそのかたまりを見下ろし声をかけては見たのだが。
『……おい』
サワサワサワサワ……。
『……おい、そこのお前』
そよそよそよそよ……。
ゆっくりと近づき生死を確かめようと顔の辺りに手を近づけると、ふと行き倒れが何かを大事そうに握りしめているのに気がついた。その時だった。おそらくは事切れているであろうと思われたそれが、ぴくりと動いたのは。そして。
『ふにゃぁぁぁぁっ……』
ともすると風の音に吹き消されそうな、小さな鳴き声――いや、うめき声に、はっと目を見張った。
『にゃぁ……、だと……!? 猫っ……!?』
まさか猫でも抱いたまま行き倒れているのかと驚き、慌ててその体を上向きにさせ顔をのぞき込む。
『……女、か。猫は……いないのか……。そりゃあそう、だよな……』
自嘲するように小さくつぶやき、そしてまだ年若い女を見下ろした。どうやら大きな怪我などをしている様子はなく、息もあるらしい。ここは人里離れた辺境の地。旅人が訪れるような地ではない。ただ荒涼とした地が続くこんな場所にやってくる者など、何か事情があって逃げ出してきたか、監視の目をかいくぐって隣国から迷い込んだか。いずれにしても、このまま放置しておけばいずれ死に絶えるのは間違いなかった。
『……ふむ。ま、生きているなら運ぶか。……よっ……と!』
持ち上げたその体は軽く、本当に生きているのかと心配になるくらいで。
『さぁ、帰ろう。ハンク』
そして、ハンクの背にまたがり屋敷へと連れ帰ったのだったが――。
◇◇◇
料理ができたと呼ばれ期待に胸をふくらませてテーブルへと視線を向ければ、そこには湯気を立てるできたての料理の数々が並んでいた。思わずごくりとつばを飲み込む。
オズワルドが王都から遠く離れたこの辺境地に着任してから、早いものでもう半年が過ぎた。
ここの暮らしは王都に比べ、静かで平穏だった。いや、平穏というのは齟齬があるかもしれない。なんといってもここは隣国との国境地帯。いつ何時紛争が起きてもおかしくないし、常に隣国からのおかしな侵入者がないか異常はないかと目を光らせておく必要があるのだから。とは言え大きな戦いが起きる気配などはなく、これまで経験してきた数々の戦場に比べれば平和そのものだった。
要塞のようにそびえ立つ石造りの屋敷も堅牢だし、使用人たちも実に気のいい者ばかりで平民上がりの自分にとって心地よい日々だ。
が、唯一満たされないものがあった。それが食事だった。どうにも心も腹も満たされない渇望するそれらが、今まさに目の前に並んでいた。
カチャリ……。
サクッ……! もぐもぐ……、ゴクリ。
もぐもぐ……、カチャリ。
揚げたての魚フライのサクッとした歯ざわり。こってりとしたソースをかけ焼き上げた肉からじゅわりと滴る肉汁。見た目にも鮮やかで栄養もたっぷりな野菜を付け合わせた塊肉のシチュー。香草と川魚の焼き物には食欲を誘う香りを漂わせるガーリックチップがたっぷりとかけてある。ピリッとスパイシーに炊き込んだピラフは、そのほどよい辛さが後を引く。それらをひとり黙々と次から次へと脇目もふらずに平らげていく。
カチャリ……。
気がつけばあんなにずらりと並んでいたすべての皿が、きれいに空になっていた。するとそれまで自分の食べっぷりに口をぽかんと開けて見つめていたリィナが慌てたように口を開いた。
「あっ……! えっと、今すぐデザートをお持ちしますっ! 少々お待ち下さいっ」
そしてまた厨房からデザートを盛り付けた皿を手に戻ってきたのだった。
「ええと、あまり甘いものはお好きではないとお聞きしましたので、甘みを抑えたさっぱりとしたレアチーズタルトをご用意しました……。どうぞ召し上がれ」
それを口にした瞬間、その意外な取り合わせに驚いた。
「これは……岩塩か? デザートに岩塩とは珍しいな」
ほんのりとした甘みのタルト生地に、濃厚ながら後味のさっぱりとしたチーズ。上に飾ったレモンと、ほんの少しだけかけられた岩塩のしょっぱさがなんとも言えないバランスを醸し出している。他の料理がしっかりとしたパンチのある味だけに、最後に控えめな甘みと酸味、ほんのわずかな塩が実にさっぱりとしていい。
「はい……。私が働いていたお店では肉体労働のお客さんが多かったので、汗をかいて消耗した分塩分と酸味もあった方が疲れも取れるかな、と私が考案したんです。お気に召しませんでしたか……??」
「……こういうのでいいんだよ」
「……え?」
「いや、違うな。こういうのがいいんだよ! こう……なんというか腹にガツンとたまるような無骨なこういう料理がっ! リネットといったな!! 君……!! この屋敷でグエンとともに料理人として働いてはくれないかっ!? 頼むっ!!」
気がつけばガタン、と勢いよく立ち上がりそう告げていたのだった。
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