53 / 53
6章 新しく描く夢
9
しおりを挟む椿は、甲板をゆっくりと見渡す。
気持ちのいい開放感たっぷりの船上に集まった招待客たちは、潮風と波の音をバックにおいしい料理と酒に舌鼓を打ち、このひとときを楽しんでいた。どの顔にも晴れやかな笑顔が浮かび、楽しい会話が途切れることはなかった。
ここに集ってくれているのは、椿にとって大切な人たちばかりだ。
息子と娘の晴れ姿にむせび泣く父と、それをやはりハンカチで目元を押さえながら優しく微笑みながら寄り添う母。
遠山家の使用人の代表として出席しているいつになく緊張した面持ちの早人と、少し先の自分たちの未来にうっとりと思いをはせる美琴と当矢。
最初は見慣れぬ景色とはじめて乗る船に緊張して縮こまっていた孤児院の子どもたちも、すっかり気持ちもほぐれたらしい。ゴダルドの船で働く屈強な男たちの腕にぶら下がってみたり肩車をしてもらったりと、ちょっと心配になるくらいのはしゃぎようだ。
そして甲板の中央に並べられた大きなテーブルには、たくさんの果物で美しく飾り付けられたケーキと見たこともないような豪勢な料理の数々が並んでいた。これらはすべて、すっかり和真と当矢を気に入ったゴダルドからの好意らしい。
それらの料理には、たくさんの野菜を抱えてかけつけてくれた大和の作った野菜たちがふんだんに使われているらしい。大和の農場で目下修行中の明之と吉乃も、すっかり日に焼けて元気そうだ。
どの顔も曇りなく晴れ渡り、希望に満ちた笑い声に溢れていた。
幸せを絵に描いたようなその光景に、椿は目を潤ませた。
「どうした? 椿。船に酔った?」
感極まってつい涙ぐんだのを隠そうとうつむいたのを心配した和真が、のぞきこんだ。
それに、ほほえみを浮かべ首を振る。
「幸せだなって思って……。こんな日がくるなんて、ほんの少し前まで思いもしなかったから」
本当にそうだ。
まさか自分が心から愛してきた和真と、姉としてではなく花嫁として隣に立つ日がくるなんて思いもしなかった。心の底では一緒に生きていきたいと望んでいたとはいえ、姉としてそんなことを望んではいけない、幸せになっていいはずがないと、ずっと押さえつけてきたのだ。
誰かの幸せの門出に立つことはあっても、自分が祝われる立場になるなんて考えたこともなかったのだから。
なのに、今日こうして世界でたった一つの素晴らしい花嫁衣装を身に着けてここに立っている。これ以上ないほどに、皆にあたたかく祝福されて。
潮の香りが鼻腔をくすぐり、椿は笑顔を浮かべて空を見上げた。
「幸せって、こんなにあたたかくて大きなものなのね。私、ここにいられることが本当に嬉しい。あなたの隣にこうして立てていることが、皆にこうして囲まれていることが、本当に」
心からそう口にすれば、和真が椿の手を取り穏やかに言葉を返す。
「うん。そうだね。……僕と椿も、ひとつでもタイミングがずれていたら出会ってさえいないのかもしれない。ここにきてくれた人たちとも、交わした言葉や行動ひとつ違っていたら、関係性も違っていたのかもしれない。こうして集えるのは、奇跡のようなものかもしれないな」
和真の言うとおりだ。
あの日自分が手違いで大和の代わりに遠山家に行かなければ、きっと今ここにいない。そして和真と出会わなければ、美琴や当矢とも出会うことはなかっただろう。もちろんエレーヌとも。
けれど、あの日遠山家で両親と出会い、遠山家に養女として迎えられ運命は回りだした。
そして和真が生まれ、愛を知った。
なんて幸せな人生だろう。幸せにしたいと心から思える人たちと、こうして出会えたことが嬉しい。
そして隣には、ずっと愛し続けてきた運命に結ばれた人がいる。
「奇跡……。本当にそうね。ひとつひとつが、本当に奇跡なんだわ」
言葉にならないほどの幸せに、椿はもう何度目かのあたたかな涙をこぼした。
「和真、私あなたを幸せにできるようこれからずっと頑張るわ。それにお父様もお母様も、こうして集まってくれた皆のことも。欲張りと言われても、それが私の望みなの。自分も自分のまわりにいてくれる皆のことも、幸せにしたいの。それこそが、私の幸せだから」
隣に立つ和真を見上げる。
いつもよりもずっと凛々しくたのもしく見える和真の姿に、胸が高鳴る。
これからこうしてずっと和真と離れることなく人生を歩んでいくことができるのだと思うと、これ以上ない嬉しさと同時に果たして本当に幸せにできるのかという少しの不安にもかられるけれど。
でも、幸せになることを、幸せにすることをあきらめたくない。欲張りといわれてもいいから、幸せをあきらめずに一生懸命でいたい。自分もまわりも皆幸せでいられるように。
「でもくれぐれも頑張りすぎて無理をしないように。椿に何かがあったら僕もまわりの人間も皆、幸せではいられないんだから。……椿、僕も椿を幸せにすると誓うよ。椿がこれまで何度も僕をすくい上げてきてくれたように、何があっても椿を守り抜くよ。だから、末永くよろしくね。奥さん」
和真の色気漂う優しく甘い表情と声に、椿は思わず顔を真っ赤に染める。
「は……、はいっ! こちらこそ、末永くよろしくお願いします。……だ、だだだ、旦那様」
和真の真似をしてそう呼びかけてはみたものの、照れと恥ずかしさにたまらずうつむけば。
そっと椿の手に和真の手が重なって、きゅっと握り込まれ。
くっつきあう二人の姿に、冷やかしを含んだ歓声が大きく湧き上がる。
雲ひとつなく晴れ渡った空と、気持ちの良い潮風、そしてあたたかなたくさんの祝福に包まれて、椿はにっこりと花開くように笑う。
不思議な縁に導かれた、幸せな、幸せな日々はこれからも続いていくーー。
盛大に催された椿と和真の船上結婚式は、その物珍しさと華やかさで国中で話題となった。商機と見込んだエレーヌが船上結婚式のプロデューサーとして活躍しはじめるのは、それからまもなくのこと。
そして、遠山家の屋敷ではーー。
満開の花が咲き乱れる庭で、元気な泣き声を上げるかわいらしい赤子を大事そうに抱く椿と、それを慈しむように和真が見つめるあの夢が現実のものになるのは、もう少し先のお話。
21
お気に入りに追加
75
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は反省しない!
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。
性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる