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6章 新しく描く夢
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突然のぬくもりと和真の香りに包まれ、椿は身動きひとつできないままただうるさいくらいに高鳴る胸の鼓動を感じていた。
「……先を越されたみたいだ」
和真の声が、頭の上から降ってくる。
「か……和真?」
ぎゅっとさらに強く抱き込まれ、椿は顔に熱がこもるのを感じた。
「僕が先に言おうと思っていたのに、椿はずるいな。一体僕がいない間に何があったの? ……椿」
ふっと抱きしめていた和真の腕が緩んで体が自由になったけれど、今自分がどんな顔をしているのか心配で顔を上げることができずうつむく。
「椿、僕はずっと待っていたんだ。椿が自分の気持ちに気づいてくれるのを。……知っていたよ。椿が僕を好きでいてくれていることを」
「えっ……?」
驚きで、思わず弾かれたように顔を上げ、和真を見つめた。
和真の顔は今にも泣きそうで、でも嬉しそうで。和真のそんな表情を見たのは、初めてだった。
「自覚していないことも、何かの理由で気持ちを押し殺しているんだということも知ってた。だから、早く気づいてほしかった。……僕には、椿がはじめから必要だったから」
「はじめから……必要?」
和真の目の中に、自分がうつっている。
互いをただじっと見つめ合い、互いの心の内にあるものすべてを知りたいと望むその顔に、椿は胸がいっぱいになる。
「僕は椿がいないと生きていけない。椿がそばにいてくれないと、幸せなんてなれないんだ。絶対に。……だから、ずっとこの日を待ってた。椿が自分の気持ちに気づいて、僕のもとにいたいと望んでくれる日を」
和真の目が、ゆらりとにじんだように見えた。
でも、にじんでみえたのは和真の目ではなく、自分の目に張った涙のせいだったのかもしれない。
じわりとにじんだ目からまたあたたかいものが流れ落ちて、それを和真の指がそっと拭う。その優しさと体温に、また雫がひとつふたつとこぼれ落ちていく。
「椿、僕は椿を愛している。もうずっと前から、きっと生まれたその時からずっと――。だから、もう僕のそばから離れないで。どこにもいかないと約束してほしい。椿の幸せがここにあるのなら、そこには僕もいるはずでしょう?」
思いがけない和真の言葉に、言葉が出てこない。涙ばかりがこぼれ落ちて、どう言葉を返せばいいのかわからず、ただ和真の袖口をぎゅっと握りしめた。
自分もずっと愛されていた喜びに、心と体が震える。それをなんとか止めたくて、このあふれ出る思いをどうにかしたくて、ただぎゅっと布越しに和真に触れた。
「和真……、エレーヌ様が言っていたの。あなたにはずっと愛してきた人がいるのだって。私……、それを聞いてあなたが縁談にずっと乗り気ではなかったのは、その人を愛していたからだってそう思って……」
和真に良い縁談をと走り回っていたのはほんの少し前だというのに、なんだかもうずっと昔のことのように思える。あの時には夢にも思わなかった自分の秘めていた思い。そして、和真から告げられた思い。
たくさんの変化が起こって、その中でたくさんの思いを知って、自分の中にあるものと向き合って。そうして見つけた、たどり着いた思い。
「その通りだよ。僕は椿を愛してきたからね。もうずっと。……だから、もう椿は僕の腕の中から離してあげられない。ずっとそばにいて。ここに、僕の隣に。この先もずっと――」
気づけば、今にも触れそうな距離に和真の顔があって。
その近さに、目がくらみそうになる。
思わず体を離そうともがくけれど、体はしっかりと和真の腕に抱え込まれていて動けない。
「椿……」
さらに近づく和真の顔にどうしたらいいのかわからず、椿は身を固くした――その時。
ガサリッ!
すぐそばで落ち葉を踏んだような音がして、和真と椿は弾かれたように身を離した。
音のした方へと視線を向ければ、そこには。
「……へへっ。えっ、と……ちょっとよろけちゃって。あ、こっちのことは気にせず続きをどうぞ?」
視線の先にいたのは、なんと早人だった。
その小さな体をさらに小さく縮こまらせて、きまり悪そう笑いながら、早人は頭をぽりぽりとかいていた。
「早人……。お前、ここで何してる?」
氷を思わせるような鋭い和真の声に、早人は顔を引きつらせたじろぐ。
「いやぁ……、別にのぞき見なんかしてないよ? ただほら、あのいけ好かない気の強そうな女が椿様を訪ねてきたっていうから、ちょっと心配になって。な?」
早人はそう言って、助けを求めるように自分の後ろを振り返る。
「お、おいっ! 俺たちがいることまでバラすなよ、早人っ」
「わ、私は皆がお二人をのぞき見するのなんてよくないとお止めしようと……」
「ゴホンッ! いえ、その私は和真様がお戻りになったと聞いてかけつけた次第でして……。決して椿様と和真様のお話を立ち聞きしていたなど、そんなことは……」
よく見れば、庭にいたのは早人だけではなかった。
執事をはじめ、屋敷の使用人たちがなぜかこの庭に勢ぞろいしていた。
「……なんで皆がここに?」
和真があんぐりと口を開いて、げんなりとした声で呟くのが聞こえた。
「だってさぁ、あのエレーヌって人、椿様と和真様の仲を邪魔する恋敵なんだろ? だったら俺たちで椿様を守ってやんなきゃと思ったんだよな。でも和真様かっこよかったぞ! さっそうと現れてあの女の前に立ちはだかってさ!」
早人の興奮した声に、和真の深いため息が重なる。
「ええ、本当に! 私ドキドキしちゃいましたっ。椿様と見つめ合う和真様のご様子も、とっても素敵で……」
「私はもう、思い残すことはございません……。きっと先代様も喜んでおられることでしょうとも。これで遠山家の未来も安泰ですからね……!」
執事の今の発言は、どういう意味だろうかとふと考え、椿は以前に自分がみた和真とともに赤子を慈しむ夢を思い出した。
もしかすると、和真と自分とが結婚して子をなせばこの遠山家の跡取りとなって安泰、という意味だろうか。
その事に気づき、椿は顔を真っ赤に染める。
皆が執事の言葉にうんうんとうなづいている様子を見れば、エレーヌとの会話も、和真と見つめ合い思いを打ち明けている会話も一部始終を皆に見られていたことは明らかだった。
顔から火を吹きそうになくらい椿は顔をこれ以上ないほどに赤く染め、思わず言葉を失くして、顔を両手で覆いうつむけば。
「お前たち……! 仕事もせずに一体何をしてるんだっ。頼むから、さっさと仕事に戻ってくれっ」
懇願するような、珍しく動揺した和真の声が庭に響く。
けれどそれに追い打ちをかけるように、別の声が聞こえてきた。
「まぁまぁ、和真。皆、お前の商談の結果もエレーヌ嬢に呼び出された椿のことも心配して、ついきてしまっただけなんだから。そう目くじら立てずに。な?」
「お……、お父様までっ?」
のんびりとしたこの状況には少々そぐわない父の声に、さらに椿は縮こまり和真は頭を抱えたのだった。
「……先を越されたみたいだ」
和真の声が、頭の上から降ってくる。
「か……和真?」
ぎゅっとさらに強く抱き込まれ、椿は顔に熱がこもるのを感じた。
「僕が先に言おうと思っていたのに、椿はずるいな。一体僕がいない間に何があったの? ……椿」
ふっと抱きしめていた和真の腕が緩んで体が自由になったけれど、今自分がどんな顔をしているのか心配で顔を上げることができずうつむく。
「椿、僕はずっと待っていたんだ。椿が自分の気持ちに気づいてくれるのを。……知っていたよ。椿が僕を好きでいてくれていることを」
「えっ……?」
驚きで、思わず弾かれたように顔を上げ、和真を見つめた。
和真の顔は今にも泣きそうで、でも嬉しそうで。和真のそんな表情を見たのは、初めてだった。
「自覚していないことも、何かの理由で気持ちを押し殺しているんだということも知ってた。だから、早く気づいてほしかった。……僕には、椿がはじめから必要だったから」
「はじめから……必要?」
和真の目の中に、自分がうつっている。
互いをただじっと見つめ合い、互いの心の内にあるものすべてを知りたいと望むその顔に、椿は胸がいっぱいになる。
「僕は椿がいないと生きていけない。椿がそばにいてくれないと、幸せなんてなれないんだ。絶対に。……だから、ずっとこの日を待ってた。椿が自分の気持ちに気づいて、僕のもとにいたいと望んでくれる日を」
和真の目が、ゆらりとにじんだように見えた。
でも、にじんでみえたのは和真の目ではなく、自分の目に張った涙のせいだったのかもしれない。
じわりとにじんだ目からまたあたたかいものが流れ落ちて、それを和真の指がそっと拭う。その優しさと体温に、また雫がひとつふたつとこぼれ落ちていく。
「椿、僕は椿を愛している。もうずっと前から、きっと生まれたその時からずっと――。だから、もう僕のそばから離れないで。どこにもいかないと約束してほしい。椿の幸せがここにあるのなら、そこには僕もいるはずでしょう?」
思いがけない和真の言葉に、言葉が出てこない。涙ばかりがこぼれ落ちて、どう言葉を返せばいいのかわからず、ただ和真の袖口をぎゅっと握りしめた。
自分もずっと愛されていた喜びに、心と体が震える。それをなんとか止めたくて、このあふれ出る思いをどうにかしたくて、ただぎゅっと布越しに和真に触れた。
「和真……、エレーヌ様が言っていたの。あなたにはずっと愛してきた人がいるのだって。私……、それを聞いてあなたが縁談にずっと乗り気ではなかったのは、その人を愛していたからだってそう思って……」
和真に良い縁談をと走り回っていたのはほんの少し前だというのに、なんだかもうずっと昔のことのように思える。あの時には夢にも思わなかった自分の秘めていた思い。そして、和真から告げられた思い。
たくさんの変化が起こって、その中でたくさんの思いを知って、自分の中にあるものと向き合って。そうして見つけた、たどり着いた思い。
「その通りだよ。僕は椿を愛してきたからね。もうずっと。……だから、もう椿は僕の腕の中から離してあげられない。ずっとそばにいて。ここに、僕の隣に。この先もずっと――」
気づけば、今にも触れそうな距離に和真の顔があって。
その近さに、目がくらみそうになる。
思わず体を離そうともがくけれど、体はしっかりと和真の腕に抱え込まれていて動けない。
「椿……」
さらに近づく和真の顔にどうしたらいいのかわからず、椿は身を固くした――その時。
ガサリッ!
すぐそばで落ち葉を踏んだような音がして、和真と椿は弾かれたように身を離した。
音のした方へと視線を向ければ、そこには。
「……へへっ。えっ、と……ちょっとよろけちゃって。あ、こっちのことは気にせず続きをどうぞ?」
視線の先にいたのは、なんと早人だった。
その小さな体をさらに小さく縮こまらせて、きまり悪そう笑いながら、早人は頭をぽりぽりとかいていた。
「早人……。お前、ここで何してる?」
氷を思わせるような鋭い和真の声に、早人は顔を引きつらせたじろぐ。
「いやぁ……、別にのぞき見なんかしてないよ? ただほら、あのいけ好かない気の強そうな女が椿様を訪ねてきたっていうから、ちょっと心配になって。な?」
早人はそう言って、助けを求めるように自分の後ろを振り返る。
「お、おいっ! 俺たちがいることまでバラすなよ、早人っ」
「わ、私は皆がお二人をのぞき見するのなんてよくないとお止めしようと……」
「ゴホンッ! いえ、その私は和真様がお戻りになったと聞いてかけつけた次第でして……。決して椿様と和真様のお話を立ち聞きしていたなど、そんなことは……」
よく見れば、庭にいたのは早人だけではなかった。
執事をはじめ、屋敷の使用人たちがなぜかこの庭に勢ぞろいしていた。
「……なんで皆がここに?」
和真があんぐりと口を開いて、げんなりとした声で呟くのが聞こえた。
「だってさぁ、あのエレーヌって人、椿様と和真様の仲を邪魔する恋敵なんだろ? だったら俺たちで椿様を守ってやんなきゃと思ったんだよな。でも和真様かっこよかったぞ! さっそうと現れてあの女の前に立ちはだかってさ!」
早人の興奮した声に、和真の深いため息が重なる。
「ええ、本当に! 私ドキドキしちゃいましたっ。椿様と見つめ合う和真様のご様子も、とっても素敵で……」
「私はもう、思い残すことはございません……。きっと先代様も喜んでおられることでしょうとも。これで遠山家の未来も安泰ですからね……!」
執事の今の発言は、どういう意味だろうかとふと考え、椿は以前に自分がみた和真とともに赤子を慈しむ夢を思い出した。
もしかすると、和真と自分とが結婚して子をなせばこの遠山家の跡取りとなって安泰、という意味だろうか。
その事に気づき、椿は顔を真っ赤に染める。
皆が執事の言葉にうんうんとうなづいている様子を見れば、エレーヌとの会話も、和真と見つめ合い思いを打ち明けている会話も一部始終を皆に見られていたことは明らかだった。
顔から火を吹きそうになくらい椿は顔をこれ以上ないほどに赤く染め、思わず言葉を失くして、顔を両手で覆いうつむけば。
「お前たち……! 仕事もせずに一体何をしてるんだっ。頼むから、さっさと仕事に戻ってくれっ」
懇願するような、珍しく動揺した和真の声が庭に響く。
けれどそれに追い打ちをかけるように、別の声が聞こえてきた。
「まぁまぁ、和真。皆、お前の商談の結果もエレーヌ嬢に呼び出された椿のことも心配して、ついきてしまっただけなんだから。そう目くじら立てずに。な?」
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のんびりとしたこの状況には少々そぐわない父の声に、さらに椿は縮こまり和真は頭を抱えたのだった。
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