かわいい弟の破談の未来を変えるはずがなぜか弟の花嫁になりました 〜血のつながらない姉弟の無自覚な相思相愛

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
上 下
41 / 53
5章 過去との再会

しおりを挟む
 
「ばっかだなぁ。お前」

 ため息交じりに吐き出されたその声に、椿は肩をびくりと震わせた。

「あの日のことはさ。ただの間違いで、誰が悪いとか申し訳ないとかじゃないだろ。ましてお前のせいなんかじゃない。遠山の両親だってお前に会って気に入ったから、家族にしたいと思ったから迎えてくれたんじゃないのかよ。俺は院長からそう聞いたぞ」
「それは……」

 遠山の両親が、自分を望んで気に入って迎えたのだという話は確かに聞いた。両親からも、院長からも。もちろんそれを疑うわけではないけれど、でもそのために大和を迎える話が一度は流れかけたのだ。両親は大和も一緒に迎えようと申し出てはくれたけれど、その時にはもう農家への縁組の話が持ち上がってしまっていたから。

 それを思うと、やはり自分があの日間違えて遠山の屋敷へ行かなければ運命は変わっていたかもしれないと思えてならない。自分さえ行かなければ、というその罪悪感が、どうしても消えない。
 
「それにお前、あの時まだ三才だろ。そんなうまく立ち回るなんて無理に決まってるじゃんか。なぁ。……お前、今幸せじゃないのか? あの屋敷に迎えられて、幸せじゃないのか?」

 椿はぶんぶんと首を振った。

 そんなことはあるはずがない。幸せじゃないなんて思ったことは、ただの一度もないのだから。いつだって泣きたくなるくらいにあたたかくて、嬉しくて大好きな場所なのだ。これ以上の幸せはきっとどこを探してもないと、そう思うくらいに。

「幸せよ! すごく、すごく幸せ。こんなに幸せをいただいたら罰が当たるって思うくらいに……。私にはもったいないくらいの幸せなの。だから、申し訳ないって……」

 思いのあまり、声が大きくなる。幸せ過ぎるほど幸せだから、罪悪感を感じて苦しいのだから。こんなにたくさんの幸せを奪ったのかもしれないと思うから、あやまらなければと思うのだ。

 けれど大和はそれを聞いて、どうしてか嬉しそうに微笑んだのだった。

「なら良かったじゃねえか。お前がそんなに幸せって思えるってことは、きっとはじめからそういう運命だったんだよ。きっとお前だけじゃなく、遠山の人たちもさ。お前があの屋敷にもらわれたから、皆幸せになったんじゃないのか? きっと必然だったんだよ。それが、縁ってもんだろ」

 大和がつかつかと歩み寄り、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭をなでた。
 その力強さに驚いて目をみはれば、大和はしょうがないな、と呆れたような顔で笑った。

「俺はあの日、お前が遠山の屋敷に行ったのは運命だと思ってる。そして俺が、今の両親に引き合わされたのも」

 大和はそう言うと、少し照れたように笑った。

「その証拠を見せてやる。ついてこい、椿」

 大和はそう言うと椿の腕をつかみ、その熊のような大きな身体を揺らしてぐいぐいと引っ張っていく。


 
 連れていかれたのは、大和が孤児院を訪ねてきた時に持ってきた大量の荷物の前だった。
 
「これ、ここの皆にと思って持ってきたんだ。開けてみろよ」

 椿は言われるままに麻袋の口ひもをとくと、ゴロゴロと勢いよくジャガイモが転がり出た。
 
「わっ! これ、ジャガイモに人参? こんなに大きなカボチャも! 全部野菜? これ、もしかして……」

 麻袋と木箱の中には、まだ土のついた採れたての野菜たちだった。根菜から葉物まで、ありとあらゆる種類の野菜がこれでもかというほどぎっしりと詰まっていた。
 
 ふわりといい土の匂いがして、椿は思わず歓声を上げる。

「俺さ、いつか立派な作物が作れるようになったら、ここにいっぱい届けてやろうって決めてたんだ。ここにいる奴らは、皆いつだって腹ペコだからな。腹いっぱい食わせてやりたくてさ」

 大和の顔が、自慢げに輝く。

 よく見れば、大和の手はごつごつとたくましくまめやけがの痕だらけだった。大和はこの手で、くる日もくる日も田畑を耕して、晴れの日も雨の日も懸命に野菜を作ってきたのだろう。
 そう思うと、目の前にある野菜がまるで宝石のように思えてくる。

「見たことのない野菜がいくつもあるけど、これは?」
「ああ、色々品種改良もしてるんだ。それは荒地でも育つ野菜でさ、ちょっとコツはいるけど日持ちもするし腹にもたまるしうまいんだ」

 大和はそういうと、その野菜を手に取りその出来に満足そうにうなずく。

「この国はさ、農業に良い気候に恵まれてるけど、土壌が固くてまだまだ荒地も多いだろ。もし荒地でも育つ野菜があれば土地を有効活用できるし、働き口も提供できる。俺はさ、ここにいる子どもたちみたいな存在をさ、一人でも減らしたいんだよ」

 孤児院を出て農家に跡取りとして迎えられたあと、大和は両親に実の息子同然に大切にしてもらったらしい。けれど、農家の暮らしは決して楽ではなかったらしい。

 この国では、農業で満足な生計を立てることはなかなかに難しい。気候は決して悪くはないのだが、土壌が固く鍬や鋤を使って耕してもなかなかやわらかくならないせいだった。牛や馬に耕作機をひかせれば、ある程度の広さの農地を一気に耕すこともできるが、そんな資金を持った農家は多くない。
 そのため、貧しさから子どもを手放す農家も多い。

「汗水たらして野菜を作っても作っても、やっぱり家族で耕すだけじゃ限界があってさ。このまま農業を続けても、苦しいばっかじゃないかって。……でもある時さ。広い農地を数軒の農家が協力して共同経営すれば、もっと効率よく野菜をたくさん作れるじゃんって、思いついたんだよな」
「共同、経営……?」

 聞き慣れない言葉に椿がけげんそうな顔を浮かべると、大和が分かりやすく説明してくれた。

 つまりは広大な農地を開拓するには馬や牛、高価な耕作機を手に入れなければならない。でも一農家の収入では到底手が出ない。けれど何軒かの農家が共同でお金を出し合い、初期投資としてそれらを購入する。そして広い農地で作業を分担化することによって、これまで挑戦できなかった珍しい野菜や手間がかかるけれど良いお金になる作物も作ることができる。と、そういうことらしかった。

「おかげでさ、こんな新しい野菜もたくさん作れるようになったってわけよ。俺は野菜しか作れないけどさ、誰かに上手いと思ってもらえるもんを作って、さらにいい働き口も増やせたらいいなって思ってさ。今じゃ、農業が初めての人にも農地を一部貸してさ、農業を教えてやったりもしてるんだ」

 大和は、少し照れ臭そうに鼻の下をぐいっと擦って笑った。

「俺はここに助けられて今こうして生きてるからさ。せめてここにいる子らがさ、ちゃんと働けて空腹で困らない程度には暮らせる手伝いがしたいんだ。つまりこれは、俺の恩返し、だな」

 大和の語るその理想に、椿は胸が熱くなるのを感じた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...