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4章 嫉妬と独占欲
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しおりを挟むぐったりとした吉乃の体を支え、一刻も早く寝かせなければと足を踏み出したその時。
「椿様!」
ここにいるはずのない美琴の姿を認め、目を見開いた。
「……美琴様? なぜここに!」
「遠山家にお邪魔しましたら椿様がおひとりで看病されていると聞いて……。私もお手伝いしますっ」
美琴は椿のいる方に走り寄り、吉乃の体を椿とともにぐっと抱え込んだ。
「でも……。もし病気が移ってしまいでもしたら、大変ですから……!」
「いいえ、私これでも体は丈夫なんですよ? それに、ひとりでなんでも背負い込むのは椿様の悪い癖ですわ。私たち、お友だちなんですよ? もっと頼ってください。大変な時に助け合うのが、お友だちというものです」
美琴の厳しくもあたたかい言葉に、ふいに張り詰めていた気持ちが和らぐ。
「美琴様……。本当は吉乃まで倒れて、少し心細くて。だから、嬉しいんです……。美琴様と一緒なら心強いです」
吉乃をベッドに横たえると、美琴が吉乃の手をそっと励ますように握りしめた。それに吉乃が薄っすらと目を開き、美琴の手を弱々しく握り返したのが見えた。
「さぁ! 椿様、頑張りましょう。私なんでもやりますから、どんどん言いつけてくださいな!」
美琴のたのもしい言葉とそのあたたかな笑顔に、椿は肩に入っていた力がふっと抜けるのを感じてこっくりとうなずいたのだった。
「椿様! こちらはお薬が済みましたわ。それが終わったら、椿様は一度休憩をとってくださいな。そのあと、私も休ませていただきますから」
美琴が来てから、看病はぐんと楽になった。体力的にも、精神的にも。
屋敷から届けられたあたたかいスープでひと心地つけてから、椿は吉乃の様子を見に行く。
「吉乃……。具合はどう?」
ようやく目が覚めた様子の吉乃の額に、そっと触れた。
まだ熱いけれど、最初の頃よりは少し下がった気がする。
「椿姉……? ごめんね。私まで倒れちゃって……」
吉乃が弱々しく呟いた。
「馬鹿ね。謝るなんておかしいわ。吉乃がうんと頑張ってくれていたことは、誰より他の子どもたちが知っているわ。そうでしょう?」
吉乃が謝ることなんてひとつもないのに。頑張り屋で気の優しい吉乃のことだから、きっと誰よりも気を張って小さな子どもたちのためにと頑張っていたのだろう。
思わず胸がきゅっとなりながら額にかかった乱れた前髪を優しく整えてやると、吉乃の顔が泣きそうに歪んだ。
「……私、美琴様に謝らなくちゃ。あんなにひどいことを言って、本当にごめんなさい……」
そう話す吉乃の目尻から、透明な滴がぽろりとこぼれた。
「私ね、あの時腹を立てていたの。あの数日前にとても嫌なことがあって……」
聞けば、少し前に孤児院にある一組の養子を求める金持ちがやってきたらしい。とある貴族家の夫婦で、溺愛する一人息子に楽をさせるためにその仕事のすべてを肩代わりをしてくれる男子を欲しがっていたのだという。
そしてこの孤児院で一番その条件に見合う子どもということで、明之がその夫婦に引き合わせられたのだった。
けれど。
その夫婦は明之をみるなり、こう言ったのだという。
『頭は悪くはないようだが、身なりもみずぼらしいし品がなさ過ぎて、とても息子のそばにはおけんな。やはり孤児は孤児だな。どこの馬の骨ともわからん汚らしい者を働かせるのは、やはりあの子も嫌がるだろう』と――。
「すごく嫌な言い方でさ。明之もすごく苛ついてたけど、必死にこらえてた。だってもし明之が何か言い返しでもしたら、ここの皆に迷惑がかかるもん。でもさ……! あんな言い方って。私たちだって好きで孤児になったわけじゃないのに……!」
結局その夫婦は養子縁組をやめ、帰っていった。
それ以来、明之は養子縁組をきっぱりとあきらめ、自力でどこかに弟子入りするなり何かして仕事を見つけ生きていこうと決心したらしい。もう二度と、上から見下ろしてくる外の人間なんて頼らないと固く心に誓ったようだった。
「そう言った明之の肩が震えてるのを見て、私悔しくなって……。私たちにはもうどうにもならない理由で私たちを馬鹿にする金持ちなんて大嫌いって、そう思ったの。どうせ優しい顔してても、皆私たちのことを見下してどうでもいいって思ってるんでしょって……」
吉乃は苦しげに息をつきながら、話す。きっと誰にも言えなかったんだろう。だってここにいるのは皆同じ境遇の子ばかりで、そんなことを言えば絶望するだけだ。
明之だって、二度ならず三度までも立て続けにそんな辛い思いをするなんてどんなにか悔しかったことだろう。
「だから美琴様が、頑張れば報われるって言った時ついカッとなったの。頑張ったって孤児であることは変えられないし、全然報われないじゃないって……。でも、そんなの美琴様のせいじゃないよね。ただの八つ当たりなの。いいとこのお嬢様だから、どうせ馬鹿にしてるんでしょって。……ごめんなさい」
吉乃の目尻から、また一筋の涙がこぼれて枕に染みを作った。
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