かわいい弟の破談の未来を変えるはずがなぜか弟の花嫁になりました 〜血のつながらない姉弟の無自覚な相思相愛

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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3章 動きはじめた運命

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 しげしげと頭の先からつま先まで値踏みされるように見つめられた当矢は、表情をこわばらせた。

 エレーヌは、自身の美しさと魅力とを存分に理解しそれを商売に利用するのがうまい少女だ。自分の少しつり上がった琥珀色の大きな目で見つめられた相手が、どんな反応をするのをよく分かっている。父親の天賦の商才を受け継いだのだろう。自分自身の外見や性質までも使い、人を意のままに動かす術に長けていた。

 当矢は、ずっと美琴を一途に思い続けてきた堅物だ。おそらくは他の女性に言い寄られたとしても、それをすげなく断ることなど難しくはないだろう。たとえ多少酒に酔ったとしても――。
 それこそが、和真の狙いだった。

 エレーヌの長くカールしたまつ毛に縁取られた美しい目に見すえられ、当矢は一瞬うろたえたようではあったがすぐに平静を取り戻していた。

 ――思った通りだったな。人選はやはり間違ってなかったようだ。これならば商談もなんとか……。

 和真はほくそ笑んだ。

「ご挨拶が遅れました。遠山家でお世話になっております、佐山当矢と申します」

 落ち着き払った声で挨拶をした当矢に、少女はふうん、と表情ひとつ変えずに呟いた。

「彼とこれからしばらく組むことになってね。こちらはゴダルド家のご息女で、エレーヌ嬢だよ」

 ちらりと意味ありげな笑みを浮かべ、和真が当矢を見やった。

「お会いできて光栄です。エレーヌ様」
「あなたが和真のパートナーなの。へぇ……よろしくね。それで、今日あなたたちはここに商談か何かできたの? ……それともパパの船の偵察かしら?」

 エレーヌの猫のような目が、きらりと光る。

「ええ、その通りです」
「ふふっ。和真ったら正直ね。相変わらずかわいい人。でも残念ながらパパは予定があって出かけてるの。そちらの方にもご紹介できなくて残念だわ」

 ちらりと当矢に視線を送り、くすりと笑う。

「また改めてご挨拶に伺いますので、その時に。今日は、彼にゴダルド家の素晴らしい船を見せにきただけですから」
「あら、そうなの。なら……そうだわ!」 

 エレーヌがふと何かを思いついたように、手を平を打った。

「私たち、あと四日この国に滞在する予定なの。せっかくこうして会えたんだもの、遠山家の晩餐に招いてくださらない? 明後日の夜なんてどうかしら?」

 エレーヌの嬉々とした提案に、和真の目元が一瞬嫌そうにぴくり、と反応した。が、すぐにいつもの平静を取り戻し、余所行きの笑みを浮かべた。

「それは素晴らしいですね。あのゴダルド様とそのご息女をを当家にお迎えできるとなれば、父も喜びます。ぜひおいでください」
「まぁ、嬉しいわ! 絶対よ?」

 エレーヌの顔に満面の笑みが広がり、頬が上気した。

「あら、もう私いかなくては。では明後日、約束よ。詳しいことが決まったら、うちの船夫にでも伝えておいてね」

 そう言って、エレーヌはひらひらと手を振りながら嬉しそうに去っていった。


「わかっただろう。あれが二つ目の理由だよ。正直、ゴダルドは酒の問題さえクリアできればうまく渡り合う自信はあるが、どうにもあれは素面じゃないと太刀打ちできそうになくてね」

 和真はそう言って、あからさまにうんざりした顔つきでため息をついた。



 和真がエレーヌに出会ったのは、まだ父の仕事の手伝いを始めたばかりの頃だ。まだ十三か十四になったばかりだったはずだ。

 はじめてエレーヌに会った時の衝撃を、今も覚えている。そのくらいインパクトのある出会いだったのだ。

『私に触ろうなんて百万年早いのよっ! 小娘だからって甘く見ると、ひとり残らず海に沈めてやるわよ? ゴダルドの娘をなめないでちょうだいっ』

 その気迫ある一喝に、酒に酔っているのだろうこ汚い格好をした男たちは一斉に逃げ出した。

 今思えばゴダルドの名を聞いて、その娘に手を出したなどと知れれば二度と港に出入りできないどころか本気で命を消されかねないと恐れて逃げ出したのかもしれない。
 けれど、エレーヌの気迫も大したものだった。

 その一部始終を、少し離れたところに停泊していた遠山家の船の甲板から見ていた和真は目を見張った。

 なんて気の強い、けれど生命力と自信にあふれた少女だろうというのが第一印象だった。当時から紛れもなく美少女ではあったが、それについては何の興味もなかったけれど。

 ふと甲板の上から注がれている視線に、エレーヌが気がつき視線が合った。

『おはよう! 気持ちのいい朝ね。あなた、新入りなの? この港では見ない顔だわ。あなたは誰?』

 先ほどの騒ぎなどもうとっくに忘れたかのように、エレーヌは輝くような笑顔で和真に話しかけたのだった。
 それが、エレーヌとの最初の出会いだった。



 それ以来なぜかエレーヌは、和真に会う度にこうして過剰にまとわりついてくるようになった。自分の魅力にまったくなびきもしなければ父親の名を聞いてもひるみもしないし媚びもしない様子に、興味を抱いたようだった。ただ単に見た目が好みだとか、そういった単純な理由もあるだろうが。

 人の嘘を見抜く才は、基本的に相手との接触なしには発揮されない。だからこうして会うなりいつも抱きついてくるエレーヌのその心の内は、もう最初から知っている。そこに見えるのは、何の迷いもためらいもない、真っ直ぐな欲求だった。ただ自分を欲しい、という愛という名の。

 エレーヌはそれを隠そうともしない。その強気な本能のような欲求が、和真にはどこかうらやましくもそして疎ましくもある。椿に対する自分の思いとよく似ているようで、でもそれを直接打ち明けられずにいる今がもどかしくなるのだ。

 それゆえに、厄介な存在でもあった。
 その同志ともいえるような少々うんざりするほどに強い熱情が、そしてなんとしても手に入れたいセルゲンの作品を一手に扱うゴダルドの娘という意味においても――。



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