かわいい弟の破談の未来を変えるはずがなぜか弟の花嫁になりました 〜血のつながらない姉弟の無自覚な相思相愛

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
上 下
24 / 53
3章 動きはじめた運命

5 

しおりを挟む
 
 しげしげと頭の先からつま先まで値踏みされるように見つめられた当矢は、表情をこわばらせた。

 エレーヌは、自身の美しさと魅力とを存分に理解しそれを商売に利用するのがうまい少女だ。自分の少しつり上がった琥珀色の大きな目で見つめられた相手が、どんな反応をするのをよく分かっている。父親の天賦の商才を受け継いだのだろう。自分自身の外見や性質までも使い、人を意のままに動かす術に長けていた。

 当矢は、ずっと美琴を一途に思い続けてきた堅物だ。おそらくは他の女性に言い寄られたとしても、それをすげなく断ることなど難しくはないだろう。たとえ多少酒に酔ったとしても――。
 それこそが、和真の狙いだった。

 エレーヌの長くカールしたまつ毛に縁取られた美しい目に見すえられ、当矢は一瞬うろたえたようではあったがすぐに平静を取り戻していた。

 ――思った通りだったな。人選はやはり間違ってなかったようだ。これならば商談もなんとか……。

 和真はほくそ笑んだ。

「ご挨拶が遅れました。遠山家でお世話になっております、佐山当矢と申します」

 落ち着き払った声で挨拶をした当矢に、少女はふうん、と表情ひとつ変えずに呟いた。

「彼とこれからしばらく組むことになってね。こちらはゴダルド家のご息女で、エレーヌ嬢だよ」

 ちらりと意味ありげな笑みを浮かべ、和真が当矢を見やった。

「お会いできて光栄です。エレーヌ様」
「あなたが和真のパートナーなの。へぇ……よろしくね。それで、今日あなたたちはここに商談か何かできたの? ……それともパパの船の偵察かしら?」

 エレーヌの猫のような目が、きらりと光る。

「ええ、その通りです」
「ふふっ。和真ったら正直ね。相変わらずかわいい人。でも残念ながらパパは予定があって出かけてるの。そちらの方にもご紹介できなくて残念だわ」

 ちらりと当矢に視線を送り、くすりと笑う。

「また改めてご挨拶に伺いますので、その時に。今日は、彼にゴダルド家の素晴らしい船を見せにきただけですから」
「あら、そうなの。なら……そうだわ!」 

 エレーヌがふと何かを思いついたように、手を平を打った。

「私たち、あと四日この国に滞在する予定なの。せっかくこうして会えたんだもの、遠山家の晩餐に招いてくださらない? 明後日の夜なんてどうかしら?」

 エレーヌの嬉々とした提案に、和真の目元が一瞬嫌そうにぴくり、と反応した。が、すぐにいつもの平静を取り戻し、余所行きの笑みを浮かべた。

「それは素晴らしいですね。あのゴダルド様とそのご息女をを当家にお迎えできるとなれば、父も喜びます。ぜひおいでください」
「まぁ、嬉しいわ! 絶対よ?」

 エレーヌの顔に満面の笑みが広がり、頬が上気した。

「あら、もう私いかなくては。では明後日、約束よ。詳しいことが決まったら、うちの船夫にでも伝えておいてね」

 そう言って、エレーヌはひらひらと手を振りながら嬉しそうに去っていった。


「わかっただろう。あれが二つ目の理由だよ。正直、ゴダルドは酒の問題さえクリアできればうまく渡り合う自信はあるが、どうにもあれは素面じゃないと太刀打ちできそうになくてね」

 和真はそう言って、あからさまにうんざりした顔つきでため息をついた。



 和真がエレーヌに出会ったのは、まだ父の仕事の手伝いを始めたばかりの頃だ。まだ十三か十四になったばかりだったはずだ。

 はじめてエレーヌに会った時の衝撃を、今も覚えている。そのくらいインパクトのある出会いだったのだ。

『私に触ろうなんて百万年早いのよっ! 小娘だからって甘く見ると、ひとり残らず海に沈めてやるわよ? ゴダルドの娘をなめないでちょうだいっ』

 その気迫ある一喝に、酒に酔っているのだろうこ汚い格好をした男たちは一斉に逃げ出した。

 今思えばゴダルドの名を聞いて、その娘に手を出したなどと知れれば二度と港に出入りできないどころか本気で命を消されかねないと恐れて逃げ出したのかもしれない。
 けれど、エレーヌの気迫も大したものだった。

 その一部始終を、少し離れたところに停泊していた遠山家の船の甲板から見ていた和真は目を見張った。

 なんて気の強い、けれど生命力と自信にあふれた少女だろうというのが第一印象だった。当時から紛れもなく美少女ではあったが、それについては何の興味もなかったけれど。

 ふと甲板の上から注がれている視線に、エレーヌが気がつき視線が合った。

『おはよう! 気持ちのいい朝ね。あなた、新入りなの? この港では見ない顔だわ。あなたは誰?』

 先ほどの騒ぎなどもうとっくに忘れたかのように、エレーヌは輝くような笑顔で和真に話しかけたのだった。
 それが、エレーヌとの最初の出会いだった。



 それ以来なぜかエレーヌは、和真に会う度にこうして過剰にまとわりついてくるようになった。自分の魅力にまったくなびきもしなければ父親の名を聞いてもひるみもしないし媚びもしない様子に、興味を抱いたようだった。ただ単に見た目が好みだとか、そういった単純な理由もあるだろうが。

 人の嘘を見抜く才は、基本的に相手との接触なしには発揮されない。だからこうして会うなりいつも抱きついてくるエレーヌのその心の内は、もう最初から知っている。そこに見えるのは、何の迷いもためらいもない、真っ直ぐな欲求だった。ただ自分を欲しい、という愛という名の。

 エレーヌはそれを隠そうともしない。その強気な本能のような欲求が、和真にはどこかうらやましくもそして疎ましくもある。椿に対する自分の思いとよく似ているようで、でもそれを直接打ち明けられずにいる今がもどかしくなるのだ。

 それゆえに、厄介な存在でもあった。
 その同志ともいえるような少々うんざりするほどに強い熱情が、そしてなんとしても手に入れたいセルゲンの作品を一手に扱うゴダルドの娘という意味においても――。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...