かわいい弟の破談の未来を変えるはずがなぜか弟の花嫁になりました 〜血のつながらない姉弟の無自覚な相思相愛

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
上 下
13 / 53
2章 四度あることは五度ある

5 

しおりを挟む
「椿! ちょっと待って。そう急がずに話をしよう?」

 植物園を急ぎ出て脇目も振らず町を猛然と歩く椿に、和真がさして息も切らすことなく追いつく。
 背の高さが違うのだから当然足の長さも違うのだし当然ではあるのだが、余裕で自分の早歩きについてくる和真になんだか腹が立つ。

「椿ったら。もう少しゆっくり歩い……」

 それでも和真の焦った様子に、椿はふう、と息を吐きだし、ぴたりと足を止めた。

 突然立ち止まった椿の顔を、和真がのぞき込む。

「和真は知ってたのね。美琴様には他に思う相手がいて、この縁談ははなからうまくいきっこないってこと。もしかしてこの縁談を申し入れるあの手紙がきた時には、察しがついていたの?」

 遠山家が関わりのない雪園家の内情をそれほど詳しく知っていたとは思えないが、両親と和真のあの日の困惑ぶりを思うと椿はそう勘繰らずにはいられなかった。
 皆この縁談がうまくいかないと知っていて、自分だけが運命の恋だと浮かれていたのかと思うと少し胸が苦しい。

「いや、そうじゃない。でも雪園家ほどの家柄の令嬢が格下の子息に縁談を申し入れるのだから、何か訳ありなのだろうと思って。美琴とあの男が話している様子を見て、勘が当たったというだけ……」

 和真の顔は真剣そのもので、いつもの余裕などどこにもない。
 和真だって姉である自分には弱いのだ。椿はそれを良く知っていた。

 椿は和真のその顔を見つめ、ふっと肩から力を抜いた。

「……もういいわ。気づけなかった鈍い私が悪いんだもの。それで、どうするつもりなの? 縁談をなかったことにしてもらう? それとも、美琴様が恋を諦めてでもあなたと結婚する気があるのならお話を進める?」

 和真を利用されたようで悔しくもあるし、できることならお互いを真っ直ぐに思い合えるような結婚をして欲しくはあるけれど、最終的に決めるのは和真なのだから。

 でも、と椿はうつむいた。

 やっぱりあの夢見の運命は、どうしても変えられないのかもしれない。どうしても、変えたかったのに。伴侶も得られず一人年を重ねていくなんてそんな寂しい運命を、なんとかして変えてやりたかったのに。

 椿の目からぽろり、と涙が一滴こぼれた。

 涙に濡れた頬を、和真がそっと指で拭った。
 その手の優しさに椿はこらえきれず、ひくっとしゃくり上げた。

「……泣かないで、椿。ごめん……こんなだまし討ちのようなことをして……本当にごめん」

 和真の声が、不安そうに震えていた。でもそれになんて返せばいいのか分からず、椿は小さく頭を振った。

「もういいの。和真が悪いんじゃないって分かっているの。ただ……ただ少し悲しくなっただけなの。あなたに何もしてあげられない自分が、悔しいだけなの。だから……」

 それは椿の本心だった。誰かを責めたいわけじゃない。和真も美琴も、きっとこうなる運命だったのだろう。幸せになることを安直に考えて、自分一人が浮き立っていただけだ。
 
「……僕が幸せなのは、椿といる時だよ。椿がいてくれればそれでいい。今もこれからも」

 和真の言葉に、椿は泣きながら小さく笑う。

 自分が何かで落ち込んだ時や寂しい時に、和真はいつもそう言ってなぐさめてくれる。僕がずっとそばにいるから大丈夫だよ、椿といる時が一番幸せだよ、と。

「……私も和真といるととても幸せよ。あなたが幸せそうにしていてくれたら、私はそれが一番嬉しいの」
 
 今にも泣きそうな表情の和真の頬に椿がそっと触れると、その瞬間和真の頬がぴくり、と動いた。

「そんなにあの人との縁談がうまくいって欲しかった? 僕がどこかの令嬢と結婚してあの屋敷で暮らすのを、椿はそんなに見たいの?」

 どこか寂しげな和真の問いかけに、椿は一瞬言葉に詰まったけれど、すぐに不器用な笑顔をとりつくろう。

「当然じゃないの。だって私はあなたの姉なんだもの。弟の幸せを願うのは当たり前のことでしょう?」

 そうだ。私は姉なのだから、弟が幸せであって欲しいのだ。ずっとあの屋敷で優しい両親とともに笑っていて欲しい。たとえそこに自分はいなくても。和真を大切に思ってくれる伴侶がいてくれたら、きっと和真は幸せだ。

 椿はそう自分に言い聞かせた。

 胸の奥の方で何かがちりっと焼け付くように痛んで締め付けられた気がしたけれど、そんなのは気のせいだ。

 和真は何も答えなかったけれど、こちらを見つめる目は何か言いたげに揺れていた。



 日の暮れ始めた町に、一つ二つと街灯が灯り出す。仕事を終えて帰途に着く町人が、二人のそばを訝しげに通り過ぎていく。

「帰りましょうか。もう日が落ちるわ」
「椿……。僕はあの二人の仲を取り持とうと思っているんだ。だから、椿も力を貸してくれないか? あの二人の幸せのために」

 その提案に、椿は目を見開いた。

「……本当に、和真はそれでいいの?」

 そう問いかけると、和真は小さくうなずいた。

「もちろん。……手伝って、くれる? 椿」

 まるで幼い頃を思い出させるような無邪気な顔で、少し首を傾げてじっとこちらを見るその様子に、椿は深くため息をつき、こくりとうなずいたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...