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 そう言いながらも、アルビアが扇を握る手は、フローラへの憎しみから強く握りしめられ白くなっていた。

 アルビアは、フローラをリカルドと同様に憎んでいた。なぜならフローラの母親は王妃と生前とても懇意にしており、そのせいもあってリカルドが幼い頃はいつかはフローラと婚約をという口約束までしていたのだから。

「本当にあなたは小憎らしいこと。澄ました顔で、裏では一体何を考えているのやら。あなたとリカルドは良く似ているわ。……本当に虫唾の走る」

 アルビアは吐き出すように言うと、フローラをじっとりとにらみつけた。が、その視線をそらすことなく真っ直ぐに見据えたまま表情一つ変えないフローラに、アルビアの目元が赤く染まった。

 アルビアとフローラはどちらも一歩も引かず、無言でにらみ合った。

 アルビアは、嘲りの表情を浮かべ鼻を鳴らした。

「かわいい息子が不幸せにならないよう守るのは、親として当たり前でしょう。いくらハリルがあなたとの婚約を望んでいたとしてもね。だからあなたがおかしな行動をしないよう、監視させていたのよ。ただそれだけのこと。でもあんなはしたない手紙まで見つかっては、さすがに言い逃れはできないのではなくて?」

 アルビアからすればフローラは目障りな存在でもあったが、ハリルにどうしてもこの娘が欲しいと頼み込まれて、仕方なく婚約を認めたに過ぎない。とはいえやはり息子といるフローラの姿を見ると、王妃とリカルドが思い出されて我慢ならなかった。
 だから、どうにかして陥れて婚約を諦めさせようと画策したのだ。

 もちろんフローラは否定するだろうが、力のないただの小娘の声など自分が圧力をかければどうとでもなると踏んでいた。だからこの期に及んでも、アルビアはフローラに対して威圧的な態度を崩すことはなかった。

 フローラは、自分に対して無警戒なアルビアの読みの甘さにほくそ笑んだ。

「確か、恋文が三通と髪飾りでしたかしら。その証拠というのは。……そしてそれをあなたに渡した女官には、確か病身の母親がいるらしいですわね」

 その女官というのは、アルビア付きの女官の中でも特に気の弱そうな年若い少女だった。その女官が不貞の証拠をアルビアのもとに持ち込んだと聞いた時、フローラはすぐにぴんときたのだ。母親の病気の治療を盾に、無理矢理に協力させたのだろうと。
 元々アルビアに忠実だったわけでもなく、言う通りにしなければ首にして二度とまともな職につけないようにしてやると脅した上、病気の母親の治療まで妨害されていたその女官が口を割ったのは、当然のことだった。

 フローラの言葉に、アルビアの目がいぶかしげに見開かれる。

 そしてフローラはくるりと後ろを振り返ると、いまだミルドレッドの変貌に魂が抜けたようにうつろな表情を浮かべたハリルに声をかけた。

「殿下はその証拠を、アルビア様から受け取って確認されたのですよね?」
「……そうだ。皆差出人の名の違ういやらしい文面の手紙には、反吐が出た! あんな歯の浮くような汚れた文言、やはり兄上であるはずがない。やっぱりお前は不貞していたんだ! まったく呆れた淫売だよ! お前はっ」

 その言葉を聞き、フローラは薄っすらと笑みを浮かべアルビアに向き直った。

「それらの手紙の筆跡鑑定も、髪飾りの出所もすでに調査は済んでおります。誰の筆跡で、誰が注文し受け取ったかも。それらの証拠品をアルビア様に手渡した女官の身柄もすでにこちらで保護し、証言も得ております」

 フローラの声が、凛と響き渡った。

「は……? それは一体どういう意味……」

 アルビアの顔に、初めて不安の色が浮かぶ。そしてフローラの側に衛兵がつと近づき小さな箱と数枚の紙きれを手渡すのを見た瞬間、明らかに動揺したのが誰の目にも分かった。

「これがその手紙、そしてこちらが髪飾りですわ。特別高価な品ではありませんけれど、まさか調べられるなんて思っていなかったのでしょうね。これを店に注文した人物、受け取った人物ともに、アルビア様のお付きの女官の名がありますわ。その人相についても店主の証言を得ております」
「……な、なんですって? あなた……」

 アルビアの顔が、大きくひきつった。

 まさか蝶よ花よと育てられた貴族家の令嬢がそんなことまで調べ上げられるなど、思いもしなかったのだろう。

 だが、元々伯爵家は幼少の頃から男女の別なく文武両道をその身に叩きこまれ、いざ国の大事となれば伯爵家の私兵を以て実戦にも打って出るほどの家風である。フローラもミルドレッドも、その恵まれた外見とは裏腹に一通りの武器を扱える程度には鍛えられているし、その精神もまた然りであった。決してお嬢様然とした性質ではない。
 だからこの程度のことを調べ上げ裏を取ることなど、造作もなかったのである。

「すべて調べさせていただきましたわ。あなたが利用した女官だけでなくその母親もすでに当家で保護しておりますから、今さら口を封じるような真似をしても遅いですわ。それと、髪飾りを受け取った女官もすでに拘束済みですしあなたの命で用意したと白状しましたわ」

 フローラの口からすらすらと自分の罪が暴かれると、アルビアは蒼白になった。その様子を見て、母親の仕業であることがようやく理解できたのか、ハリルの悲痛な声が響き渡った。

「ではやはりあれらは、すべて母上のでっち上げだったのですか? どうしてそんなことを! あんなものなければ、私は……私はフローラを疑うなどしなかったのにっ!」

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