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 リカルドの顔にもうこらえられないとばかりに笑いが広がり、くっ、と吹き出す。

「っはは!それは私だよ。……私がお前たちの目を引くようわざと変装をしてフローラと会っていたのだ。もちろん密通のためなどではなく、お前たちをはめる罠をしかけるためにな。ちなみにその場には常に護衛が複数人同行していたから、やましいことなどない」

 リカルドは笑いをなんとか押しとどめると、真顔で自分の腹違いの弟を見た。

「……な、なんだ、と! そんな馬鹿な……しかし、でも!」
「案の定お前たちは不貞だと騒ぎ出し、フローラを陥れるためにありもしない証拠を次々とでっち上げ、こんな婚約破棄騒動まで巻き起こしてくれた。おかげで、お前たちの悪事を公にする良い舞台が整ったというわけだ」

 リカルドの目は笑っていない。そこに滲む鋭さに、ハリルはその場に片膝をつく。

「そんな……あれが兄上だと? どうしてそんなこと……。しかし証拠はでっち上げなどではないはず……。母上が確かな証拠も手に入れたと私に見せてくれて……。まさかそれが嘘だと……?」

 それはつまり、自分の母親が自分をも騙すために嘘の証拠をでっち上げ、フローラとの婚約をハリル自らが破棄するように仕向けさせられたということだ。母親にもいいように騙され手のひらで踊らされていたのかと、ハリルは呆然とするしかない。

 ハリルは記憶を辿る。
 言われてみれば、密通するには人目につきかねない不適な場所での逢瀬ではあったし、男の人相も言われてみれば身体つきやその身のこなしに自分の兄とよく似た特徴があった。とはいえまさか不貞相手と思っていた男が、自分の腹違いの兄その人だったとは。この国にいるはずもないと信じ切っていたから、そんな可能性など考えもしなかった。
 そしてまさか自分を産んだ母アルビアにも騙されていたなど。

「嘘だと言ってくれ。……なあ、ミルドレッド。君は私を好きだと言ってくれただろう。だから私は、フローラとの婚約を解消して……。なぁ、君は私を騙したのではないだろう? 君は私を好いていてくれたのだろう? まさかそんな君まで私を……」

 ここにきてようやく自分の身に何か悪いことが起きようとしていることに気がついたハリルは、その存在をすっかり忘れていたミルドレッドの方を見やった。まるで助けを求め懇願するような、捨てられた犬のようなみじめさを漂わせて。

 すがりつくようにミルドレッドに手を差し出し近づこうとするハリルの前に、瞬時にフローラが歩み出て盾になる。指一本たりともかわいい妹に触れさせまいというように、その表情は凛として揺るぎない。
 そしてミルドレッドもまたそのかわいらしい可憐な顔を歪め、辛辣な一言を口にした。

「ご冗談はおやめください。私は一度たりとも殿下に特別な感情を抱いたことも、そんなそぶりを示したこともございません。殿下が勝手に、私が殿下との婚姻を望んでいると思い込んで付きまとっていただけではありませんか。……それに」

 ミルドレッドは一瞬言葉を切り、その目にこれ以上ないほどの冷たさと鋭さをにじませて続けた。

「殿下は、フローラお姉様の矜持をひどく傷つけました。そんな殿下を私が許すはずないではないですか。フローラお姉さまを侮辱し陥れるなど、万死に値する愚かな行為ですわ。加えて伯爵家の人間としても家名を傷つけられたこと、決して許せません。たとえ生まれ変わっても、あなたとの結婚などお断りですわ!」

 強い口調で言い放ったミルドレッドの姿は、人形のように麗しい外見からはとても想像がつかないような、この場に介した者一人残らず震えあがるほどの迫力を持っていた。
 
 おそらくは生まれてこのかた、面と向かってはこれほど辛辣な言葉を浴びせかけられたことがないであろうハリルは、もはや口をパクパクするだけだ。
 ミルドレッドは見た目とは違い、中身はなかなかに苛烈だった。これまでの猫を被った偽りの姿しか知らないハリル王子にとって、衝撃は相当なものだろう。

「ば、ばかな……。ミルドレッド、リカルドは嘘を言っているのだ。……そうだ! フローラは間違いなく私と婚約中でありながら不貞を働いたに違いないのだ。そんな女が私の妻となるなどふさわしくないではないか。お前だって不貞を働くような女と婚姻を結ぶのは王家存続にかかわる大問題だと、そう言っていたではないか!」

 まだ信じられないといった様子で、なおもミルドレッドを見つめながらハリルが叫ぶ。

「申し上げたでしょう。私とフローラお姉様は陛下の密命により、殿下を陥れるために行動していたのですわ。確かに不貞を働く者は伴侶としてふさわしいとはいえないでしょうが、それはあくまで一般論です。お姉様が不貞を働いた事実などあるわけもありません。そもそも婚約は成立していないのですから、不貞も何もあったものではありませんし」
「なっ、ならあの証拠を見てみればいい! 不貞相手からもらった恋文や贈り物の数々をっ! あれを母上がでっちあげたなどあり得ないっ。あれは全部本物に違いないんだっ!」

 それを聞いて、フローラの顔にしてやったりとでもいうように令嬢らしからぬ黒い笑みが広がった。

「証拠、とおっしゃいましたわね。その証拠、一体誰から手に入れたのかしら? 私の持ち物に触れるとしたら限られた女官のみ、しかもそれは側妃アルビア様が自ら選ばれた女官だけだったと思いますが」

 凛としたフローラの声が、会場に響き渡った。

「あら、何が言いたいのかしら。フローラ? よもや私が何か手引きしたとでも? 心外だわ。あの証拠の品は、私に忠実な女官があなたの裏切りに心を痛めて私に渡してくれたものよ? そのどこがおかしくて? 国の未来を思えば、当たり前のことではありませんか」

 アルビアが不敵に笑いながら、ゆっくりとフローラの方へと近づいた。

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