38 / 54
3
旅立ちの時
しおりを挟む「では、いってまいります。お父様、お母様。それにルイス。私がいない間、このお屋敷をよろしくね」
ミリィはあえて明るい笑顔を浮かべ、家族の顔をひとりひとり見つめた。その後ろには通いのメイドや庭師、ダーナも心配そうな顔で立っている。
いまだ戦争の続く、しかも流行病が蔓延している隣国へとあえて乗り込もうというのだから、皆の心配は当然のことだ。ミリィ自身も決して何の不安もないわけではない。持ち込む特効薬には限りがある。足りない分は自分たちが材料を現地調達して作り続けるとはいえ、自分たちが感染しないとは限らない。
もし薬を提供すべき自分たちまで倒れてしまったら――、運命はもう決まったも同然だ。
けれどミリィの心は揺るがない。ランドルフもその最中で戦っているのだ。ならばそこに自分も行きたい。ランドルフは剣で、自分は薬でともにできる最善を尽くしたい。その一心だった。
「ミリィ……。本当にあなたって子は、言い出したら聞かないんだから……」
「ごめんなさい。お母様……。でもきっとこれは、私の運命だわ。ランドルフ様と出会った日に、私の人生はこうなるように動き出していたのだと思うの」
そう。きっとすべてはあの日の出会いからはじまっていた。ミリィはそう確信していた。
「大丈夫よ。必ず元気に帰ってくるわ! お約束します! ……だからどうか、わがままを許してくださいませ。お母様……、お父様……」
自分を見つめる父の目がしっとりと潤んでいた。涙などみせたことのない父のその姿に、ミリィの目にも熱いものがにじむ。けれど――。
「わかっているよ。お前ならきっとやり遂げると信じているよ。ミリィ……気をつけていっておいで」
「……はい! お父様……」
ルイスはずっと下を向いてうつむいていたけれど、ぐっと顔を上げると。
「ミリィ姉様!! 僕がこのお屋敷をちゃんと守って、僕にできることをちゃんとこなしてここで待っています!! だから……だから……」
ルイスの目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「だから……必ず戻ってきてくださいね……!! ミリィ姉様……!! 絶対に……絶対ですからね!!」
「ルイス……。ええ! 約束するわ……。絶対にここへ元気に戻ってくるわ。大好きよ! ルイス……、お父様、お母様!! ダーナも! それに皆も……!!」
つかの間の別れを前に強く抱き合いながら、ミリィの目からついに涙がこぼれ落ちた。それを拭い、笑みを浮かべ馬車に乗り込もうとした時だった。
「ミリィ!! 待ってっ!! もう少しだけ待ってちょうだいっ」
「アルミア!! 皆!? マリアンネ様までっ?!」
息を切らせ、リーファ会の皆がかけ寄ってくる。
「こ……これを!! 皆で作ったの……!! これを、お守り代わりに……!!」
「……?」
アルミアに手渡されたそれを見て、ミリィは目を潤ませた。
「髪飾り……。皆で用意してくれたの……?」
それは、何色ものリボンを束ねて作った髪を結わえるための髪飾りだった。皆それぞれの願いや思いを束ねたようなきれいなそれを見つめ、ミリィの胸が熱くなった。
「孤児院の皆もテッドもミレットちゃんも手伝ってくれたの……。あなたがどうか無事に帰ってくるようにって……」
「薬を作るお手伝いも、慈善活動も私たちに任せてね!! だからあなたは存分に隣国で……ランドルフ様と一緒に戦ってきてちょうだい!! あなたなりのやり方で……!!」
「ミリィ……! 気をつけて……!! 皆待ってるわっ」
アルミアは、今にもこぼれ落ちそうな涙を目の淵にたたえつつも笑みを浮かべていた。友人たちは顔を涙でぐちゃぐちゃにしつつも、明るい声で励ましてくれた。
そして、マリアンネは。
「あなたが簡単にへこたれない強い人間だって、私は知ってるわ。じゃなきゃ、ランドルフ様に選ばれるわけないもの。だから……必ず帰ってきなさいよ! じゃなきゃ許さないんだから!」
にらむような強い視線だったけれど、その目が潤んでいるのに気づき思わずぐっときた。
「ええ!! もちろんよ! ……ありがとう、皆。いってきます! 私……精一杯頑張ってくるわ!」
そしてミリィは旅立ったのだった。
できたばかりの特効薬とありったけの代用薬。そして薬を作るための道具一式と、最低限の身の回りのものだけを手に――。
163
お気に入りに追加
982
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
形だけの妻ですので
hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。
相手は伯爵令嬢のアリアナ。
栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。
形だけの妻である私は黙認を強制されるが……
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる