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原石の磨き方

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「エマはね、うちの自慢のメイドなの。メイドとしての働きもちろん素晴らしいんだけど、何よりお化粧の天才なの! きっとびっくりするわよ? 本当にすごいんだから!!」
「はぁ……」

 モーリア公爵家のとある一室でミリィはただじっと鏡の前に座り、されるがままになっていた。
 顔に色々な液体やらクリームやらを塗りたくったあと、粉をぽふぽふとはたかれ。まるで自分が食材になったような気分だった。このまま油で揚げたら、こんがりといい色に揚がりそうな。

(ふぅ……。おしゃれって大変なのね……。今までこんなにお化粧もしたことなんてなかったから、変な気分だわ……)

 これまではこれといった社交の必要性も感じなかったし、おしゃれをする経済的な余裕もなかった。がゆえにこれは、なかなかの苦行ではある。

「ミリィ様! 動かないでくださいませっ。もう少しの辛抱ですわ!」

 鋭い声に慌ててピシリ、と背を伸ばした。

 その間にも、エマは迷いのない手つきで次々とあれやこれや化粧を施していく。どうやら夫人の推薦は伊達ではないらしい。その手つきにはみなぎる自信がうかがえた。

「せっかく若くてかわいらしいのだから、磨かなければね。どんな宝石だって原石のままではただのちょっときれいな石ころにしか見えないものよ?」

 夫人の声に思わず目を開けようとして、エマに「ミリィ様っ! 動いてはだめですったら!」と、またしてもぴしゃりと制された。

 そしてふと想像してみる。自分が磨いたら素敵な宝石に生まれ変わる原石だ、という想像を。けれどそれはどう考えてもピンとはこなくて、不安がよぎる。もしがっかりするような仕上がりだったらどうしよう、と。

 すると、夫人の「まぁ……! とってもいいわねっ」という感嘆の声と同時に、エマの手がピタリと止まった。

「はいっ! これで完成ですわっ。どうぞ目を開けてごらんくださいませ。ミリィ様!!」

  エマの声に、おそるおそる目を開けて鏡の中をのぞき込んだ。するとそこには。

「……こ、これが私……?? 別人みたい……」

 そこには、見たこともない自分がいた。ぼんやりとしたこれといった特徴のない顔立ちが、清楚ながら凛とした強さも漂う顔に変わっていた。

「ふふふふっ!! いかが? 変身してみた気分は」
「ええと……なんていうか、別の人みたいで……。お化粧ってこんなに変わるんですね……」

 驚きのあまり目をまん丸に見開いたまま固まるミリィに、エマと夫人が顔を見合わせ苦笑した。

「ミリィ様はもともとのお顔立ちはとても整っていらっしゃるんです。ただひとつひとつのパーツが控えめなのですわ。けれど目の形はきれいだし、肌のキメも細かくてきれいですし、唇なんてもともとのお色がいいですからね。それほど手を加えているわけではないんですよ?」
「でもいつもと全然違って見えます……」
「ふふっ! それ自体が持っている良さをいかに引き出して魅力的にみせるかが、お化粧の意味なのです。ミリィ様もコツさえつかめば、ご自分でできるようになりますよ! 特訓あるのみですわ!!」

 エマの熱量におされ、こくこくとうなずけば。

「お化粧だけではないわ。ドレスだって装飾品だって全部そう。自分の良さを知った上でどうすればもっと引き立たせることができるかを知ることは、とても大事なの。自分を見せるのではなく、魅せるという意味でね」
「自分を……魅せる……」

 考えたこともなかった発想に、ミリィは目をきらめかせた。

「……さ、お顔はこれで大丈夫ね! となれば、お次は……。エマ、ロぺぺ様の準備ももうできていらっしゃるわね?」
「はい! 隣室でドレスを手にお待ちになっておられますわ! ふふっ!! あんなやる気満々のロぺぺ様を見るのは私、はじめてです」
「ふふふっ! あの方もすっかりミリィ様のファンねっ。楽しみだわぁっ!! さ、こっちへいらっしゃい!! ミリィ様」
「え?? あ、はいっ!!」

 この日ミリィは化粧にドレスにと次々と大変身させられ、その後夫人とともにロぺぺ氏デザインの最新デザインのドレスに身を包み、度胸試しとばかりにあちらこちらの社交へと連れ回されることになったのだった。

 その結果、ミリィを平凡でつまらない令嬢だなどという者はいなくなった。守り神ランドルフの婚約者様は、愛されたことでぐっと美しく可憐な令嬢へと大変身を遂げた――と話題をさらうことになったのだった。

 そしてその変化はミリィの内面にも変化をもたらした。
 もっとランドルフのためにできることはないか、婚約者として――というよりは好きな人のために何かしたい、という気持ちに拍車がかかることになったのだった。



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