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はじめての贈り物

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 しばらくして、ミリィのもとに戦地から届いたとは到底思えないような、なんともほのぼのとした手紙が届いた。

『婚約者殿

 返事をありがとう。
 バザーはずいぶんとにぎやかで楽しそうだな。縫い物が得意とのこと、あなたがどんなものを作られるのか一度見てみたい。きっとかわいらしいものなのだろうな。

 つい先日のことだが、ロイドという部下が奇抜な色のキノコを採ってきた。食用だと言い張り煮て食べていたが、その夜ひとり一晩中笑い転げながら裸踊りをしていた。毒キノコというのは、なんとも恐ろしいものだな。貴殿も毒キノコにはくれぐれもお気をつけください。

 ではまた。遠い空の下で、今日もあなたの健康と平穏を願っている。あまりご無理をなさらぬよう。

 ラルフ』  

「ふふっ! 裸踊りだなんて、食べたのがランドルフ様じゃなくて良かったわ! 風邪を引いたら大変だもの」

 ついその光景を思い浮かべ、ミリィは顔を赤らめた。そしてふと思ったのだ。現地で何か体をあたためられるようなものがあれば、これから厳しくなるであろう寒さをしのげるかもしれない、と。

「羽織物……はさすがに荷物になってしまうでしょうし……。手袋は手の大きさがわからないし……。他には……」

 つかの間の婚約者だって、少しは役に立ってもいいだろう。たとえほんの一時の間だけでも、そのうち婚約を解消せねばならない関係でも、せっかく縁を持てたのだし。

「そうだわ! なら……!!」

 ミリィはぽん、と手のひらを打ち合わせ微笑んだ。いそいそと立ち上がり、端切れや余った生地などが入っている箱を探り出しはじめたのだった。

「ええと、これとこれを合わせて……あとは……。そうだわっ!! これであれをモチーフにした飾りを……」

 数日後、ミリィはできあがったばかりのそれを丁寧に梱包し、どうか無事に届くようにと祈りながら手紙とともに送り出したのだった。


 ◇◇◇

 ランドルフは荒天が続いたせいか、若干湿った手紙を破らないようそっと開封し文字をたどった。

『敬愛する婚約者様

 楽しいお手紙に、思わず声を出して笑ってしまいました。
 ラルフ様は毒キノコをお食べにならなかったと聞き、心から安堵いたしました。もしお腹を出して踊ったりしたら、風邪を引いてしまいますもの。
 でも念の為自作の腹巻きを送らせていただきました。もしお嫌でなければお使いくださいね!

 そういえば最近、私のもとにたくさんお茶会や夜会のお誘いがくるようになりました。きっと皆様、ラルフ様と懇意になりたいのでしょうね。社交が得意ではない私の両親も私も、突然の変化にびっくりする毎日です。
 ラルフ様のお名前を汚さないよう、なんとか社交に励もうと思います。

 遠い空の下、お会いできる日を楽しみにあなた様の無事と幸運をお祈りしております。
 
 リル』


 そして一緒に送られてきた包みの中身を見て、驚きの声を上げた。

「ミリィが私のために、これを……!! なんとあたたかいんだっ。肌触りもやわらかだし……!!」

 ランドルフの口から、思わず笑い声がこぼれた。思わずはっと周囲を見渡してみたが、部下たちには見られていなかったらしい。ならば、とそれをいそいそと装着してみれば。

「ほぅ……!! これは……なんともあたたかくて包まれている感じが、いいものだなっ!! 腹巻きなど着けたのははじめてだが、これはいい!!」

 ランドルフの筋肉隆々の腹をすっぽりと覆う腹巻き。ちょうど右脇腹のあたりには、リーファを模したのだろう別布のカラフルな布が丁寧に縫い付けられていた。明るい黄色のそれに、ランドルフの頬がだらしなく緩んだ。
 そして腹を腹巻きの上からさすさすとなでながら、ふとうなった。
 
「しかし……、そう言えば社交なんてものがあったのを忘れていたな……。むぅ……」

 ランドルフ自身も一応は貴族という身分ではあるが、そもそも田舎貴族に過ぎない。たまたま剣で頭角を現したことで引き立てられただけで、王都で連日開かれているような夜会だの茶会だのという社交は嫌いだった。軍人になってからも、なにかにつけて社交を避けていたせいでそんな必要をすっかり忘れていたのだ。
 だが――。

「ミリィにその重荷を背負わせることになるとは……うかつだった。どうしたものかな……」

 しばし思案し、はっと手を打った。

「そうだ! ならば誰か後ろ盾になってくれそうな人物に声をかけてみればいい……!! ええと、社交界に顔が利いて人格的にも良い人間となると……」

 別に社交をしないことで、自分がどう思われようとどうだって良い。軍人で社交が苦手な者などいくらでもいるし、手柄を立てればなんとでもなる。けれど婚約者となったミリィはそうはいかないだろう。色々とうるさくいう者もきっといるだろうし、中にはおかしな企みを持って近づいて利用しようとする者だって――。

 ランドルフはこくりとうなずき、あれこれ頭を悩ませながら三通分の手紙を書き上げた。
 一通はもちろんミリィ宛てに、そしてもう二通はミリィの救世主になってくれそうな者宛てに――。



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