不毛な恋の終わり方 〜選ばれなかった私に降ってわいた新しい恋の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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5 夜の倉庫

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「申し訳ありませんっ! 私のミスですっ。今すぐ先方に出向いて、納期を延ばしてもらえないかかけ合ってきます!」

 いつもはほんわかとした雰囲気のムードメーカーの女子社員が、今にも泣きそうな顔で頭を下げる。

 プロジェクトも終盤にきて、事件は起きた。
 間近に迫った納期を前にして、まさかの発注ミスが起きたのだ。損害額はさほどではないが、いかんせん時期が悪い。明日から連休とあって工場はすでに稼働を終えているし、よそから探してこようにもミスに気がついたのは夜七時を過ぎていた。

「今から発注し直しても納期には間に合わないし、代わりのものといってもそう簡単には……。おい、他の営業所に在庫がないかどうかすぐに調べてくれ。あと宮下は工場に出向いて、なんとか稼働させられないかかけ合ってくれ」
「はい! すぐ行ってきます」
「頼んだ! 森田も落ち込んでる暇ないぞ。ミスの反省はあとでいい。今は全員でカバーする方法がないか知恵を絞れ! 納期の延長は最終手段だ」

 普段はおっとりとした口調の課長の檄が飛び、一気にオフィス内に緊張感が走った。

 このプロジェクトは社を上げての一大プロジェクトで、上からの注目度も高い。成功すれば今後の事業にも大きく影響するし、失敗すれば他社に大きく遅れをとることになるのは明らかだった。そのプレッシャーもあってここまで皆一致団結して、毎日くたくたになるまで頑張ってきたのだったがここにきてミスが出てしまった。

 なんとか打開策はないかと、今まで扱った案件や記憶を辿る。そしてあることを思いだした。

「課長! 栃木の営業所の倉庫って那須高原でしたよね。確か二年前の案件で似た品が余っていた気がします。今から新幹線で向かってすぐに探せば、もしかしたら……」

 二年前の案件は、はじめて自分が正規メンバーとして参加したプロジェクトとあって記憶に強く残っていた。その時の上司もまたこの課長だったのだ。 

「二年前……ああ! あの光島物産との案件か。そういえばあの時お前あの営業所で世話になったんだったな。そうか……あそこの所長なら多少の無理も」

 確かあの時に似たような品をぎりぎりまで使うかどうか迷って、結果的に他の品が採用され倉庫に眠っていたままになっているはずだった。他の案件に活用されていなければ、今も栃木の那須高原近くにある営業所の倉庫に保管されている可能性が高い。

「でもお前一人じゃあの倉庫から探し出すのは大変だし、あの営業所は元から人手が足りてないから手を貸してもらうのは無理そうだしな……。当時のことを覚えている俺が行ければ一番いいんだが、ここを離れるわけにいかんし」

 倉庫のある場所へは東京から新幹線で最寄りの那須塩原駅へと向かい、そこから車移動になる。もうバスもないし、無事品物を見つけたとしても荷物量的に大型のタクシーを手配して地道に運ぶしかない。しかもその荷物を自分一人が手持ちで運び会社に持ち帰れるかというと、女手一つではなかなか大変そうだ。

「他に手が空いている者は……いるわけないか。しかしお前一人では無理だ。せめて免許があればな……」

 残念ながら免許は持っていない。それにしもし免許を持っていてもあんな街灯の少ない真っ暗な山道を都会でしか運転経験のない人間が運転できるとはとても思えない。

「なんとかします。どうせ帰りは電車も終わってますし、始発まで時間はありますから。向こうの営業所の方には迷惑でしょうが、一晩かけてなんとか探し出します」

 ここまできたら根性でなんとかするしかない。せっかくここまで皆でプロジェクトの成功のために頑張ってきたのだ。最後まであがきたい。
 荷物はかさばりはするだろうが重量はそこまでではないはずだ。いざとなったらスーツケースか台車をどこかで手に入れて運べばなんとかなる。そんなことを考えていた時、ふと背後から声がした。

「僕が一緒に行きます。免許は持ってますし、田舎出身で山道も慣れてます。力仕事もいけるので任せてください」

 桐野だった。皆がこわばった表情を浮かべる中いつもの冷静さを崩すことなく、普段通りの落ち着いた声で続ける。

「先輩は先方とのやり取りをお願いします。自分は向こうに知った顔はいないので、先輩が指示してくれたほうがスムーズに進みますから」
「え、あ。は、はい! もちろん」

 頼もしい言葉になんだか少しドキリと胸がはねた。そして、私と桐野は新幹線へと飛び乗ったのだった。

 桐野の言葉に嘘はなかった。駅から長く続く暗い山道もなんなく越え無事営業所にたどり着き、すでにダンボールの山を前にしていた。

 だが、問題はこれからだ。この大量の箱の中から二年前から眠ったままの目当ての箱を探し出さなければならない。あいにく倉庫の管理担当者は連休で連絡がつかず、ノーヒントで探すしかなかった。

「古いものはこの辺かな。桐野くんは上の棚をお願いできる? 私は下の段から探していくから」

 桐野に指示を出しつつ、記憶を辿る。確か箱の横面に目立つ黄色いラインが入っていて、小さな会社のロゴも入っているはずだが、他の箱で隠れて確認できない。

 埃にまみれながら倉庫の中を片っ端から探していくも、何の手がかりもないまますでに一時間が過ぎていた。

「ないなぁー……。まさか処分されちゃってるとか? でもそれならさすがに記録に残っているはずだし……」

 ため息とともに、冷たい床の上に座り込む。急がなければという焦りとここにはないのではないかという不安とが押し寄せる。

「おなかすいたな……。何か途中で買ってくるんだった。喉も乾いたし、もう……」

 桐野はさっきちょっと出てきますといって倉庫を出ていったっきり、まだ戻ってきていない。営業所の中も念のため探しているのかもしれない。
 一人きりの倉庫の中は、煌々と電気がついているにも関わらずどこか心細くて落ち着かない。都会暮らしに慣れてしまうと、外灯もろくにないこんな自然一杯の場所は暗がりから何かが出てきそうでつい小さな物音にも反応してしまう。

 ふいにガチャリ、と音がして弾かれたように背後を振り返った。

「遅くなってすみません。これ、どうぞ。ちょっと休憩しましょう」

 寒そうに鼻を赤くした桐野が、テキパキとおにぎりやサンドイッチ、暖かな飲み物を目の前に並べていく。いつも私が飲むお気に入りのココアの缶もそこにはあった。

「もしかして買い出しに行ってくれてたの? でもコンビニって確かここから結構離れて……」

 ここに来る途中小さなコンビニを見かけたのをうっすら思い出す。そろそろお腹が空く頃だろうと思ってわざわざ買いに行ってくれたのだろう。なんだかじんとして、泣いてしまいそうだ。

「……ありがとう、桐野くん。めちゃくちゃ嬉しいよ。来る途中で寄れば良かったんだけど、焦って気が回らなくて。この辺りは私の方が詳しいはずなのに……」
「いや、大丈夫ですよ。といっても時間が時間なので、あまりものが残ってなくて目についたものをあるだけかき集めてきたんですけど」

 不安と焦りで一杯になっていた心と体が満たされ、甘くあたたかいココアにほっと息をついた。焦っている時ほど、休憩はしっかり取った方がいい。でないと判断力が鈍るし、無駄な行動も増える。

「ごちそうさま。食べたら俄然元気出てきたよ。ありがとうね、桐野くん」

 そしてふと気がつく。いつもはきちっとしたいで立ちの桐野の様子がいつもと違うことに。
 
 ネクタイを外しシャツの袖をざっくりとまくり上げ、前髪は乱れて額に落ちている。どことなく色気のあるその雰囲気に、今さらながら狭い空間で異性とふたりきりであることを意識した。一度意識し始めてしまうとどつぼにはまりそうだ、と胸に広がる動揺を振り払う。今は仕事だ。余計なことを気にしている暇はない。

「よ、よし! じゃあ再開しますか」

 あえて桐野から視線を外し、勢いよく立ち上がった。

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最終話まで残り二話となりました。ここまでお読みくださった皆様、誠にありがとうございました!明日午前中に完結予定です。最後までどうぞよろしくお願いいたします!
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