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3章 運命のデビュタント

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 ハッと我に返ったダルコは、玉座から伝わる冷たい空気にみるみる顔色を青から白へ、そして土気色へと変えた。そして。

「ああああああ……! い……いいいいいいやっ‼ 別に今のは特定の誰かを指して言ったわけではなくぅぅぅっ……。お……お許しをっ……! どうかお許しをっ‼」

 ここだけの話、王妃の胸は少々控えめ……いや、まぁ大分ささやかな方である。とてもお美しいし聡明だし、国王とも大層仲睦まじいと聞くからそんなこと問題ではないと思うのだが、どうやら本人的にはかなり気にしているらしく……。

 そんな王妃の前で王太子妃たるもの巨乳でなければ絵にもならないなんて言ったら、どんなことになるか……。馬鹿を通り過ぎて憐憫を誘うほど痛々しいその姿に、観衆は言葉もなくただ冷ややかな視線を送るのみである。
 凍りついた空気を溶かしたのは、陛下の咳払いだった。その咳払いにようやく我に返った父は。

「……くっ‼ あー、……ゴホンッ! つまりあなたは、娘を未来の王太子妃にするためにこの王宮内で監禁という罪を犯し、税金を横領しその金を自分の色欲を満たすために使ったことを認めるのだな?」

 なんとか平静を取り戻した父が、ダルコに最後の一撃を繰り出す。
 さすがに先ほどの発言がどれだけ自分の首を絞める結果となるのか理解しているらしい。もはや反論する気力も失ったのか、呆然と虚ろな目を宙にさまよわせながらダルコはつぶやく。

「……私は、ただ……心の癒やしを……。巨乳に癒やしを……」

 ぼそぼそとつぶやきながら、ダルコはがっくりと肩を落とした。

「相分かった。……ダルコ。そなたがした横領は王家を騙したも同じ。また王家を軽んじるようなその発言と行動も、到底許すわけには行かぬ。まして何の関係もない令嬢を監禁しようなどと、いかなる理由があろうと許されることではない」
「……」
「しかもな。そなたはまだ知らぬだろうが、この令嬢は隣国との停戦を決定付けた立役者でもあるのだぞ? そんなこの国の功労者を、そなたは陥れようとしたのだ。その罪の重さ、しかと思い知るがよい」

 陛下の低い声が、しんとした会場に響く。

「追って沙汰は言い渡す。ひとまず牢の中で自分の罪深さを振り返るがよい。……連れて行け」

 こうして来た時と同様に衛兵に両脇を抱えられ、ダルコは連れ出されていったのだった。



 その後ろ姿を複雑な表情で見送っていたディクリーヌに、声がかかった。

「……娘ディクリーヌ。こちらへ」

 国王が少し声を潜め、ディクリーヌを呼び寄せた。
 硬い表情のまま歩を進めたディクリーヌは、深くうなだれたまま身動き一つしない。すると。

「ベーゼルから本当のところは聞いておる。一度はあの父の言いなりになりかけたのを改心して、ベーゼルの娘を助けたそうだな? ……そう怯えずともよい。責めてはおらぬ」

 ごくそばにいた私たちにしか聞こえない声で、国王が穏やかに語りかける。

「ディクリーヌよ。わしはダルコ家からあえて爵位を取り上げず、領地なしの一代限りの男爵位に降格させるつもりだ。そしてお前の父には生涯あれにとって最も過酷とも思える職を与えることにする。それがあの男にとっては最悪の刑と言えるだろうからな」
「……陛下! 恐れながら、それでは他の貴族たちが納得いたしません。どうかここは厳しいご処分を……。娘として、一時は罪を犯した罰を私も受ける覚悟はできております……!」

 けれど国王は、穏やかに続けた。

「その方がむしろ他の者たちへも格好の見せしめとなるのだ。この判断は曲げぬ。なぁ……、ディクリーヌ。子は親を選べぬ。持って生まれた運命はそう簡単に変えられぬのだ」
「……はい」
「けれど、そなたの此度の働きは決して無駄にはならん。正しきことをしたのだ。それを忘れてはならぬぞ。この先のそなたの人生は自ら選び取っていくのだ。だから、この先苦労があっても腐らずに生きるのだぞ」

 その言葉は、とても温かく慈愛に満ちていた。
 そしてふと思い出した。父がいつも、あの国王陛下のためならばこの生涯を賭しても良いと思えると言っていた言葉を。その理由がわかった気がした。
 ディクリーヌは声を震わせ、大粒の涙をぽろぽろとこぼした。そして頭を深く深く垂れた。

「もったいなき……お言葉……。決して……この先の人生、何があろうとも……忘れません……。ありがとう……存じます……」

 そして、国王の視線がつとこちらへと向けられる。そのことに気づいてこくりと息をのんだ。

「……ノートス家令嬢ラフィニア。ここへ」
「はい……!」

 こくりと息をのんで歩み出た私に、国王が声を潜めささやいた。

「まずはそなたの此度の働き、褒めてつかわす。そなたが雪芋に目をつけ隣国のために世界のために研究に勤しまなかったら、今なお戦争は終わってはいなかっただろう。ベーゼルも素晴らしき娘を持ったことよ」
「もったいなきお言葉ありがとう存じます……。ですが私は自分の思ったことを、好きなようにしただけですので……。お褒めの言葉ならば、実際に危険な場所に行き立派に役目を果たしてきた父とカインに向けてくださいませ」

 そう言って頭を深く垂れれば、くっくっくっく、という楽しげな笑い声が降ってきた。

「くくくっ……! まったくそなたらしいな。そんなそなたを王太子妃にするのも悪くないと思っていたが、ベーゼルからそなたにはかねてより思い人がいると聞いてなぁ。実に残念だがあきらめたのだよ」
「……ええええっ⁉」

 まさかの話に相手が国王陛下だということも忘れ、頓狂な声を上げた。父の言っている相手がカインであることは間違いない。まさか両親に自分の恋心がダダ漏れだったのか、と思わず冷や汗を垂らせば。

「からかうのはそのくらいになさいませ。陛下? ……さぁ。ラフィニア、そしてディクリーヌ。こちらへいらっしゃい」

 王妃が私とディクリーヌをそばに呼び寄せた。そして。

「あなたたちにはお祝いの言葉がまだだったわね。……ふたりとも、デビュタントおめでとう。今日からあなた方も淑女の仲間入りです。どうか心の美しさと気高さを忘れず、立派に生きるのですよ? そしてディクリーヌ、あなたにはきっとこれから辛く険しい道が待っていることでしょう。けれど決して希望を忘れてはなりませんよ。そのうちきっとあなたの頑張りが認められる日がくるはずですから」

 そう言うと、そっと王妃が髪に挿していたきれいな花をふたつ抜き取って、私とディクリーヌの髪に挿してくれたのだった。

「あ……ありがとうございます! はい……! はい……、必ず‼」
「ありがとうございますっ……‼ 王妃様」

 感激のあまりディクリーヌはまたポロポロと大粒の涙をこぼし、私は王妃のあまりの美しさと優しさにぽうっと見惚れていた。

「さぁ、ではいよいよこんな茶番はそろそろ終わりにするかな。なんといっても今宵は、そなたたちが主役なのだからな」

 そして国王はくっと顔を観衆へと向け声を上げた。

「今日この場にてダルコ伯爵家は男爵位に降格、領地は召し上げ一代限りとする。そしてその身にふさわしい仕事を与え、生涯国のために仕えるよう言い渡す! ……その娘、ディクリーヌについてはその身をノートス家にしばし預けることとする」

 国王のその判決に、会場からざわめきが起こった。

(ノートス家がディクリーヌを預かるってことは、もしかして私とディクリーヌが姉妹に……? そ……それは悪くないかも⁉)

 そんな妄想を巡らせる私の横で、国王の声は響く。

「またダルコ家娘ディクリーヌと、ダルコに手を貸したメイドも此度の解決に協力した働きにより、特別に咎はなしとする。よってこれらの者に何か物申すことは私が許さぬ。……意義のあるものはこの場にて申し出よ!」  

 威厳あるその声に、無論異を唱える者などいるはずもなく。
 ふと隣に視線を向ければディクリーヌのそれとかち合った。困惑と喜びと安堵と、そして悲しみが複雑にないまぜになった色がその目には浮かんでいた。
 言葉にならない言葉を目で交わしつつ、そっと微笑み合う。私とディクリーヌとの間にはいつしか私たちにしか分かち合えない特別な絆が生まれていた。

 こうして、ドレスの染みからはじまったダルコ伯爵への断罪劇は、様々な感情を残し結末を迎えたのだった。

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