25 / 44
3章 運命のデビュタント
12
しおりを挟むハッと我に返ったダルコは、玉座から伝わる冷たい空気にみるみる顔色を青から白へ、そして土気色へと変えた。そして。
「ああああああ……! い……いいいいいいやっ‼ 別に今のは特定の誰かを指して言ったわけではなくぅぅぅっ……。お……お許しをっ……! どうかお許しをっ‼」
ここだけの話、王妃の胸は少々控えめ……いや、まぁ大分ささやかな方である。とてもお美しいし聡明だし、国王とも大層仲睦まじいと聞くからそんなこと問題ではないと思うのだが、どうやら本人的にはかなり気にしているらしく……。
そんな王妃の前で王太子妃たるもの巨乳でなければ絵にもならないなんて言ったら、どんなことになるか……。馬鹿を通り過ぎて憐憫を誘うほど痛々しいその姿に、観衆は言葉もなくただ冷ややかな視線を送るのみである。
凍りついた空気を溶かしたのは、陛下の咳払いだった。その咳払いにようやく我に返った父は。
「……くっ‼ あー、……ゴホンッ! つまりあなたは、娘を未来の王太子妃にするためにこの王宮内で監禁という罪を犯し、税金を横領しその金を自分の色欲を満たすために使ったことを認めるのだな?」
なんとか平静を取り戻した父が、ダルコに最後の一撃を繰り出す。
さすがに先ほどの発言がどれだけ自分の首を絞める結果となるのか理解しているらしい。もはや反論する気力も失ったのか、呆然と虚ろな目を宙にさまよわせながらダルコはつぶやく。
「……私は、ただ……心の癒やしを……。巨乳に癒やしを……」
ぼそぼそとつぶやきながら、ダルコはがっくりと肩を落とした。
「相分かった。……ダルコ。そなたがした横領は王家を騙したも同じ。また王家を軽んじるようなその発言と行動も、到底許すわけには行かぬ。まして何の関係もない令嬢を監禁しようなどと、いかなる理由があろうと許されることではない」
「……」
「しかもな。そなたはまだ知らぬだろうが、この令嬢は隣国との停戦を決定付けた立役者でもあるのだぞ? そんなこの国の功労者を、そなたは陥れようとしたのだ。その罪の重さ、しかと思い知るがよい」
陛下の低い声が、しんとした会場に響く。
「追って沙汰は言い渡す。ひとまず牢の中で自分の罪深さを振り返るがよい。……連れて行け」
こうして来た時と同様に衛兵に両脇を抱えられ、ダルコは連れ出されていったのだった。
その後ろ姿を複雑な表情で見送っていたディクリーヌに、声がかかった。
「……娘ディクリーヌ。こちらへ」
国王が少し声を潜め、ディクリーヌを呼び寄せた。
硬い表情のまま歩を進めたディクリーヌは、深くうなだれたまま身動き一つしない。すると。
「ベーゼルから本当のところは聞いておる。一度はあの父の言いなりになりかけたのを改心して、ベーゼルの娘を助けたそうだな? ……そう怯えずともよい。責めてはおらぬ」
ごくそばにいた私たちにしか聞こえない声で、国王が穏やかに語りかける。
「ディクリーヌよ。わしはダルコ家からあえて爵位を取り上げず、領地なしの一代限りの男爵位に降格させるつもりだ。そしてお前の父には生涯あれにとって最も過酷とも思える職を与えることにする。それがあの男にとっては最悪の刑と言えるだろうからな」
「……陛下! 恐れながら、それでは他の貴族たちが納得いたしません。どうかここは厳しいご処分を……。娘として、一時は罪を犯した罰を私も受ける覚悟はできております……!」
けれど国王は、穏やかに続けた。
「その方がむしろ他の者たちへも格好の見せしめとなるのだ。この判断は曲げぬ。なぁ……、ディクリーヌ。子は親を選べぬ。持って生まれた運命はそう簡単に変えられぬのだ」
「……はい」
「けれど、そなたの此度の働きは決して無駄にはならん。正しきことをしたのだ。それを忘れてはならぬぞ。この先のそなたの人生は自ら選び取っていくのだ。だから、この先苦労があっても腐らずに生きるのだぞ」
その言葉は、とても温かく慈愛に満ちていた。
そしてふと思い出した。父がいつも、あの国王陛下のためならばこの生涯を賭しても良いと思えると言っていた言葉を。その理由がわかった気がした。
ディクリーヌは声を震わせ、大粒の涙をぽろぽろとこぼした。そして頭を深く深く垂れた。
「もったいなき……お言葉……。決して……この先の人生、何があろうとも……忘れません……。ありがとう……存じます……」
そして、国王の視線がつとこちらへと向けられる。そのことに気づいてこくりと息をのんだ。
「……ノートス家令嬢ラフィニア。ここへ」
「はい……!」
こくりと息をのんで歩み出た私に、国王が声を潜めささやいた。
「まずはそなたの此度の働き、褒めてつかわす。そなたが雪芋に目をつけ隣国のために世界のために研究に勤しまなかったら、今なお戦争は終わってはいなかっただろう。ベーゼルも素晴らしき娘を持ったことよ」
「もったいなきお言葉ありがとう存じます……。ですが私は自分の思ったことを、好きなようにしただけですので……。お褒めの言葉ならば、実際に危険な場所に行き立派に役目を果たしてきた父とカインに向けてくださいませ」
そう言って頭を深く垂れれば、くっくっくっく、という楽しげな笑い声が降ってきた。
「くくくっ……! まったくそなたらしいな。そんなそなたを王太子妃にするのも悪くないと思っていたが、ベーゼルからそなたにはかねてより思い人がいると聞いてなぁ。実に残念だがあきらめたのだよ」
「……ええええっ⁉」
まさかの話に相手が国王陛下だということも忘れ、頓狂な声を上げた。父の言っている相手がカインであることは間違いない。まさか両親に自分の恋心がダダ漏れだったのか、と思わず冷や汗を垂らせば。
「からかうのはそのくらいになさいませ。陛下? ……さぁ。ラフィニア、そしてディクリーヌ。こちらへいらっしゃい」
王妃が私とディクリーヌをそばに呼び寄せた。そして。
「あなたたちにはお祝いの言葉がまだだったわね。……ふたりとも、デビュタントおめでとう。今日からあなた方も淑女の仲間入りです。どうか心の美しさと気高さを忘れず、立派に生きるのですよ? そしてディクリーヌ、あなたにはきっとこれから辛く険しい道が待っていることでしょう。けれど決して希望を忘れてはなりませんよ。そのうちきっとあなたの頑張りが認められる日がくるはずですから」
そう言うと、そっと王妃が髪に挿していたきれいな花をふたつ抜き取って、私とディクリーヌの髪に挿してくれたのだった。
「あ……ありがとうございます! はい……! はい……、必ず‼」
「ありがとうございますっ……‼ 王妃様」
感激のあまりディクリーヌはまたポロポロと大粒の涙をこぼし、私は王妃のあまりの美しさと優しさにぽうっと見惚れていた。
「さぁ、ではいよいよこんな茶番はそろそろ終わりにするかな。なんといっても今宵は、そなたたちが主役なのだからな」
そして国王はくっと顔を観衆へと向け声を上げた。
「今日この場にてダルコ伯爵家は男爵位に降格、領地は召し上げ一代限りとする。そしてその身にふさわしい仕事を与え、生涯国のために仕えるよう言い渡す! ……その娘、ディクリーヌについてはその身をノートス家にしばし預けることとする」
国王のその判決に、会場からざわめきが起こった。
(ノートス家がディクリーヌを預かるってことは、もしかして私とディクリーヌが姉妹に……? そ……それは悪くないかも⁉)
そんな妄想を巡らせる私の横で、国王の声は響く。
「またダルコ家娘ディクリーヌと、ダルコに手を貸したメイドも此度の解決に協力した働きにより、特別に咎はなしとする。よってこれらの者に何か物申すことは私が許さぬ。……意義のあるものはこの場にて申し出よ!」
威厳あるその声に、無論異を唱える者などいるはずもなく。
ふと隣に視線を向ければディクリーヌのそれとかち合った。困惑と喜びと安堵と、そして悲しみが複雑にないまぜになった色がその目には浮かんでいた。
言葉にならない言葉を目で交わしつつ、そっと微笑み合う。私とディクリーヌとの間にはいつしか私たちにしか分かち合えない特別な絆が生まれていた。
こうして、ドレスの染みからはじまったダルコ伯爵への断罪劇は、様々な感情を残し結末を迎えたのだった。
2
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる