四度目の正直で最高の愛と幸せを手に入れた、とある令嬢の転生話 〜私とあなたの時を超えた約束

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
上 下
8 / 44
2章 ラフィニア・ノートスという少女

しおりを挟む

 無事に九才の誕生日を越えた私は、すぐに行動を開始した。

「カイン! こっちにも土を運んでちょうだい! まだまだ足りないわ」
「はいはい……」

 誕生日の贈り物は何が良いかと両親に聞かれて、私がリクエストしたもの。それは畑用の土地と農作業に必要な道具一式だった。それと色々な野菜の苗と種も。

『なんでまたそんなものを⁉ お前は貴族家の娘なんだぞ⁉』

 驚く両親に、私はこんこんと説得した。
『だって食べるものがなかったら人は貴族も平民も生きていけないのよ? 神様がくれた命を全力で生ききるためには、まずは食べるものがなくっちゃ! そのためには平時から備えておく必要があるでしょう?』と。

 ルナは戦時下の食糧難と薬の不足で命を落とした。病弱で長生きはできない運命だとしても、あんなに幼くして死ななくていい命だったのだ。もうあんな悲しい死は見たくない。神様に与えられた命の長さはそれぞれでも、せめて最期までその命を全うしたいではないか。
 私に戦争を止めることや戦うことはできないけれどそこは父とカインにお願いするとして、事前に備えることで守れる命は私にだってあるはずだ。

『そのためには貴族だって自給自足くらいできなくちゃいけないし、領民の幸せ――いいえ、なんなら世界中の人の命もいざという時に助けられるように食糧くらい常に備蓄しておかなくちゃね!』

 そう困惑する両親を説得し、さっそくカインに手伝ってもらいながら畑作りをはじめたのだった。
 ひとりひとりが自然の恵みから糧を得る術を手にして、なおかつその土地土地に適した野菜などを自給自足でき保存する方法を研究しておけば、きっと有時にも備えられるはず。その先陣を自分が切って、さまざまな農作物研究をするつもりだった。
 けれど目的はもうひとつある。ルナとの約束、つまりカインの未来を変えるためにもできるだけカインと一緒に過ごして動向を知っておく必要があったのだ。

「ねぇ、カイン! あなた確か秋になったらお父様と一緒に隣国に行くのよね? 戦争を一時停戦するための話し合いのために」
「えぇ、そうですよ。多分ひと月かふた月は屋敷を留守にすると思いますけど……。停戦って言ってもこんなに長く続いた戦争ですからね。何度も停戦を繰り返して、その先でやっと戦争が終わるんだとは思いますけど……。それがどうかしましたか? ラフィニアお嬢様」

 カインの怪訝そうな顔に、私はなんでもないと首を横に振りまた土を耕しはじめた。そして心の中でぐるぐると思考を繰り返した。

(秋ならルナの見た季節と一致する……。その頃には国境近くの森では紅葉がはじまっているはずだもの……。でもルナはカインの髪の毛が今よりずっと長くて後ろ髪を紐で縛ってたっていってたし、頬にも見覚えのない傷があったって言ってた。とすると、カインが襲われるのは数年先……?)

 ルナが見た未来の光景、それはカインが隣国との停戦調停に向かう道中この国に恨みを持つ隣国兵たちに襲われるという光景だった。もちろん父は国の正式な使者として行くのだし、護衛の兵だって引き連れている。けれど不意を突かれたことと地形的に逃げ道がなかったせいで、父を守ろうと盾になったカインが相当な深手を負ってしまったらしい。
 けれど今のカインの風貌とルナが見た姿は一致しない。ということは、カインが運命の日を迎えるのはずっと先――、何度か停戦調停を繰り返したあとのことになる。それが一体いつなのか――。

 ラフィニアはいつかくるその未来に、ぶるりと体を震わせた。ともかく今のうちに運命を少しでもいい方向に変えるべく、今の自分にできることを積み重ねていくしかない。
 けれど今のラフィニアはまだ十年足らずの子どもである。いくら転生を繰り返して色々な経験を積んできたといっても、世の中ではただの無力な子どもに過ぎないのだ。そんな自分にできることといったら――。

「うーん……。確か国境沿いは土壌が悪くて農作物がほとんど育たないのよね……。だとしたら戦争中なんだもの。食べるものなんてほとんどなくて皆飢えてるに違いないわ……」

 ルナが白昼夢で見た印象では、襲ってきた兵士たちは皆ガリガリにやせ細り今にも飢えて死にそうな状態だったという。もともと食べ物が潤沢ではないあの一帯の町や村からかり出された兵たちは、きっと戦争を憎んでいるに違いない。戦争によってさらに飢え、罪のない命だって失われているに違いないのだから。
 となると、父とカインを襲った目的はもしかすると自分たちを死の淵に追いやった敵国への憎しみと恨みなのかもしれなかった。

「何ぶつぶつ言ってるんです? ラフィニアお嬢様。なんで急に国境付近の土壌の話なんて……?」

 心の中でつぶやいていたつもりが、いつの間にか声に出ていたらしい。カインが首を傾げこちらをのぞき込んでいた。

「あっ! ううんっ、なんでもないわっ‼ ……あ、ねぇ。カイン! あなた、雪芋って知ってる?」
「雪芋……ですか? あぁ、確かやせた土壌でもよく育つっていう芋のことですか?」
「えぇ、その雪芋よっ‼ 私、それを育ててみようと思うのっ。雪芋はどんな土壌でもよく育つし、長期保存も効くし加工だってしやすいって言うわ。それに雪芋を育てたあとの土壌に葉や茎をすき込むと、土壌を改良する効果だってあるのよ‼」

 そうだ。まだ各国でもあまり栽培されていない雪芋の栽培方法を自分が研究して国境付近の町や村に広めれば、飢えだって解消されるに違いない。もちろん戦争真っ只中の隣国に自分がのこのこ出かけていって栽培方法を教えるわけにはいかないけれど、父が使節として派遣される前に雪芋の栽培方法を教えたいと伝えておけば、もしかしたら兵たちの襲撃を止められるかもしれない。自分たちを飢えから救おうと申し出てくれる相手を、そうそう襲ったりしないだろうから――。
 
「雪芋……ねぇ。こんな肥沃な土地に暮らしてるんですから、わざわざそんなものをお嬢さんが育てなくってもいいと思いますけど……」

 どこか納得できない様子のカインに、私は首を横にぶんぶんと振ってみせた。
 
「いいえ‼ 世界は自分たちの国だけで成り立っているわけじゃないんだものっ。世界皆が幸せになれば、きっと戦争なんて起きなくなるわ! そのためにはお隣の国の土壌問題だって無視できないわ。ひとりひとりが世界のためにできることをしなくっちゃ‼」
「ひとりひとりが……世界のために……⁇」

 きょとんとした顔を浮かべるカインににっこりと笑顔を浮かべうなずけば、カインが小さく噴き出した。

「まったく本当に……、君は不思議な子だね……。まぁいいや。ラフィニアお嬢さんがそう言うんなら、お付き合いしますよ! 確かに腹をすかせた人に皆が手を差し伸べて飢えがなくなれば、戦争なんてする気が起きなくなるかもしれませんからね」
「えぇっ‼ さぁ、そうと決まればさっそく雪芋の研究を開始するわよっ。まずは種芋を入手して色々な条件下でちゃんと育つか、調べてみなくちゃねっ‼」

 明るい声でそう告げれば、カインもお日様のような笑みでうなずいてくれたのだった。
 そしてこの日から私は、父とカインの出発になんとか間に合わせるために雪芋の栽培研究に汗を流すことになったのだったけれど――。
 そんなある日、思わぬ事態が起こった。 

「カインに……お嫁さん!? カイン……! カインは結婚するの? その人と……!?」

 呆然とする私に、カインは困ったように頭をぽりぽりとかいた。

「うーん……。俺は今は正直その気はないんだが、昔世話になった上官の紹介だからなぁ。会わずに断るわけには……」

 雪芋研究は順調に進んでいた。成長の早い雪芋はすでに収穫期を迎え、この調子ならばなんとか国境付近の町や村に栽培方法を伝授することもできそうだった。出発前に隣国にその方法を伝えてそちらの食糧事情の役に立ちたいと申し出れば、きっとその知らせを聞いた隣国兵たちだって態度を軟化してくれるだろう。そうすればカインの命は救える。
 でももしそのカインがその前に結婚なんてことになったら――。

(カインの命を救うのが最優先だけど……結婚なんてされてしまったら、ルナの気持ちを伝えることだって難しくなるし、私の恋心だって行き場をなくしちゃう……‼)

 たった十才の子どもでも、この恋は運命の恋なのだ。ルナの気持ちとは関係なく、私自身の大切な恋。それが伝える前に玉砕するなんて、あまりに悲し過ぎる。となればなんとかしてカインの婚約話を阻止しなければ――。
 新たに持ち上がったミッションに激しく動揺しながらも、私はすぐさま父のところへと走った。そして。

「お父様っ! お願いがありますっ‼」
「なんだ? そんな慌てて……」

 ノックもせずにいきなり駆け込んできた私にびっくりした顔で答えた父に、私は懇願した。

「カインの婚約話は、せめて延期にしてくださいっ! そう……、せめてお父様とカインが隣国との停戦調停から帰ってくるまでは……! じゃないと……」
「……じゃないと?」
「えっと……じゃないと……。と、とにかくっ! お願いですっ! カインの上司って人を説得して、この婚約話を引き延ばしてくださいませっ‼」

 そんな唐突な頼み事をした私に父はしばし黙り込んでいたけれど、なんとか了承してくれたのだった。その後カインの縁談話はなぜか立ち消えとなり、私はほっと胸をなで下ろし再び雪芋研究に邁進したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...