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3章 運命のデビュタント

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「え⁉ なんであなたがこんなところに? 王妃様との謁見は⁉」

 今頃王妃から祝いの言葉を賜っているはずの令嬢がなぜこんなところにいるのだとあんぐりと口を開けば、男が大声で叫んだ。 

「いいところへきたっ。ディクリーヌ、お前も手伝えっ! この娘をこの部屋に閉じ込めるんだっ」
「えええええーっ⁉ ちょ……ちょっと、それどういうこと⁉」

 わけがわからず呆然とする私と、私をがっちりとつかんだまま離そうとしない男。そして新たな登場人物であるディクリーヌがにらみ合う。
 すると、ディクリーヌが叫んだ。

「早くっ! 私がお父様を止めるからその間に逃げてっ‼」

 ディクリーヌは私に向かってそう叫ぶと、男に向かって体当たりした。その衝撃によろよろと体勢を崩した男の手が一瞬離れ、私はその隙に男から離れた。けれど事態がさっぱりわからず、ディクリーヌと呼ばれた令嬢をぽかんと見やった。

「お父様……? って、まさかこの人ってあなたの……??」
「いいから早く行って! ……お父様っ、これはれっきとした犯罪よ! もうこんなことやめてっ! こんなこと公になったら今度こそダルコ家はおしまいよっ‼」

 必死に男を抑え込み私を逃がそうと格闘するディクリーヌの悲痛な叫びに、男が青筋を立てながら苛立った声を上げた。

「何を言っているっ! これも皆お前を王太子妃にするためなんだぞっ! この目障りなノートス家の娘を蹴落としておけば、あとに残った令嬢たちなどお前のその色気でなんとでもなるからなっ。そのお前がなぜ邪魔をするっ⁉」

 その瞬間心の底からのは? という声が出た。

「……は? 王太子妃……?? ノートス家が? なんで??」

 一体この男は何を言っているのだろう。ノートス家はそもそも伯爵家、しかもこれといった権力もなければお金もない。王太子妃候補に名が挙がるがないのだ。それに一人娘の私しかいないノートス家が王宮に上がってしまったら、一体誰がノートス家を継ぐのだ。
 男の頓珍漢な発言にきょとんと首を傾げれば、男は真っ赤な顔で叫んだ。

「なんでだと⁉ はっ! 隣国との停戦調停が無事に締結されればノートス家の株はうなぎのぼりだ! そうなれば、王太子妃候補にだって名が挙がる可能性は十分ある。だが肝心の娘が王妃との謁見を無断ですっぽかしたとなれば、不興を買うに決まっている! そうすれば候補者レースから脱落だっ‼」
「……??」

 その言葉に思わず思わず逃げ出すのも忘れていた。
 この男は一体何の夢を見ているのだろう。王太子妃なんて家格の低い令嬢がなれるわけがないし、そもそも他にいくらでも適した令嬢の名は挙がっている。その中から選ぶに決まっているではないか。それにもし候補に挙がることがあったとしても、そんな窮屈な立場こちらからお断りだ。何せ私は土いじりに精を出し魚釣りに興じるような、ちょっと変わった令嬢なんだし。

「ええと……じゃああなたは、自分の娘を王太子妃候補にしたいがためにライバルになるかもしれない私を排除しようとしたの? そのためにあのメイドに命じて、化粧室に閉じ込めたの? それが失敗したからって、この部屋に私を閉じ込めて傷ものの噂を流そうと?? そうすればノートス家が王太子妃候補にならないだろうからって……?」
「そうだぁっ! だからお前にはここにいてもらわねば困るのだっ。なのにあのメイドめっ! しくじりおって……」
「……ほーお、なる……ほどぉ……??」

 まぁ一応事情は分かった。
 あのメイドに私を化粧室に閉じ込めさせて謁見に出れないようにしたはずが、私がその辺をうろついていたもんだから慌ててつかまえてここに閉じ込めようとしたというわけか。
 そしてこの男の狙いは、自分の娘ディクリーヌを王太子妃候補に据えるために邪魔な存在な私を排除すること。王妃との謁見を阻止すればノートス家の評判が落ち、自分の娘が王太子妃候補になれるかもしれないと。まぁ、絶対に無理だと思うけど。

「はぁー……。なんだかとんだ馬鹿に絡まれちゃったみたいね……」

 こちらは、自分を捕まえたメイドの顔もこの男の顔もはっきりこの目で見ている。それに、イニシャル入りのリボンタイの証拠だってある。私が出るところに出れば、自分の仕業だと簡単にばれるに決まっている。そうなれば当然王太子妃どころか縛り首になってもおかしくない話なのだが。

 それに社交界に疎い私でも、王太子妃候補となりうる家名と令嬢の名前くらい知っている。少なくともダルコ家はノートス家と変わらない家格のはず。となれば、他の候補者を蹴落としたところでダルコ家の令嬢が王太子妃になる妄想が現実になるなんて可能性ゼロだ。
 そんなことも理解できない脳内お花畑の男に、捕まってしまったらしい。

 しかしどうやら男には自信があるらしい。自分の娘がきっと王太子妃になるに違いないという自信が。一体その自信はどこからくるのだと、なんとなく興味をかられて聞いてみれば。
 男はでっぷりと前にせり出した腹をさらに自慢げに突き出し、告げたのだった。

「ふんっ! ディクリーヌは顔も頭もとりたてていい娘ではないが、この豊満な胸さえあれば王太子妃だって夢ではないからなっ。見ろ、お前と違ってこの豊満な胸を! この胸さえあれば、いくら王子でもイチコロだ。家格だの教養だのは些末なことだっ!」
「豊満な……胸……??」

 男の言葉は止まらない。

「その体と色気があれば、王太子と言えども一皮むけばただの男だ。簡単にディクリーヌに陥落するだろう。……そうなれば私はゆくゆく王太子妃の父として、権力も金も思いもままだ……‼ ふはははははっ!」

 男の下品な笑い声を聞きながら、思った。この男、筋金入りの色ボケ馬鹿なんだなと。そしてそっとディクリーヌを見やった。

「……」

 かわいそうに、ディクリーヌの口元は今にも怒りからかやるせなさからかぶるぶると震え今にも倒れそうな顔をしていた。無理もない。自分の親がこんなでは、人生を恨みたくもなるというものだ。
 いまだ自信満々に高笑いを続ける男をげんなりと見やり、ディクリーヌの心中を思い深くため息を吐き出した。 

「やれやれ……。こうなったらさっさとこの男を巻いて、お父様とカインが到着するのを待つしかないわね……。まったくもう、せっかくのデビュタントが台なしよ……」

 今日は私にとってもルナにとっても大事な日なのだ。こんな馬鹿に関わり合っている暇はない。となれば。

「……ねぇ! ちょっと、そこのあなた! ディクリーヌ様」
「……え?」

 突然私に呼びかけられ、ディクリーヌがはっとこちらを振り向いた。

「行くわよっ‼」
「えっ⁉ って……、どこに??」

 困惑するディクリーヌの腕を私はがしっとつかんだ。そして。

「ほらっ、ぼやぼやしてないで! さっさとこんなとこ逃げるわよっ‼」

 そう言って、私はディクリーヌの手を引き猛然と走り出したのだった。

 
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