2 / 6
2
しおりを挟む傷口から魔獣の血が入り込んだために、魔力のないフィオリナの体はどんどん弱っていった。
『フィオリナ!! しっかりして……。あなた……、一体どうしたら……。このままではこの子は……』
『大丈夫だ……。フィオリナは強い子だ。魔力などなくてもこんなにすくすくとたくましく成長したんだ。きっとこれくらいの傷、ちゃんと乗り越えられるさ……』
『フィオ! フィオ……!! お願いだよ……。目を開けて……! もう少しでフィオの十歳の誕生日じゃないかっ。フィオがほしがってた僕の動物図鑑、あげるから死んじゃだめだっ!!』
『あぁ……! 神様、どうか私のかわいい妹を連れて行かないでくださいっ。まだたったの九歳なのよ……? まだまだこれから楽しいことも幸せなことも待っているのに……。こんなことって……!!』
フィオリナの命は、もはや風前の灯だった。
皆が天に無事を祈った。何日も何日も。
リオも満足に眠ることも食べることもせずにフィオリナに寄り添い、毛むくじゃらのしっぽでフィオリナの体をなで続けた。
そしてその祈りは、ついに聞き届けられたのだった。
『信じられません……! あれほどの傷がすっかりふさがっておりますっ。これは間違いなく奇跡ですぞっ! それと、これはまったくもって驚くべきことなのですが……』
息を吹き返したフィオリナに、医者は驚きの顔で告げた。
魔力のないはずのフィオリナに瘴気耐性が身についているようだ、と。
そのせいで魔力があるのと近い反応が体内で起こり、命が救われたのだろうと。
何か思い当たる節はあるかとたずねた両親に、フィオリナは。
『夜にね、苦しくて体が熱くてもう無理って思ったらリオが私をぎゅってしてくれたの! そうしたら急に体が軽くなって、気がついたら楽になってたの。痛みももうすっかりないのよ? だからきっと、リオが私を助けてくれたんだと思うわ!』
『リオが……? しかし、そんなことどうやって……』
リオがただの猫でないだろうことは、すでに誰もがわかっていた。
拾ったばかりの頃は確かに体も小さく頼りなげで、猫と言えなくもなかった。喉をゴロゴロと鳴らして、とてもかわいらしい声で鳴いていたし。
けれど今は――。
ゴロゴロ、と喉を鳴らしているつもりではあるのだろう。ニャアンと鳴いているつもりであるのかもしれない。
けれどその声は、まるで地を這うおそろしい魔獣そのものといった鳴き声にしか聞こえなかった。
体だってそうだ。
すでにフィオリナの背丈を優に超し、手足も爪も猫などと呼べるようなかわいらしいものではなくなっていた。爪でチョン、と突かれでもしたら簡単に人の体など貫いてしまいそうなほど。
その上空まで飛べた。
高度はそれほどでもなかったが、屋敷の周辺をフィオリナを背中に乗せてふわふわと長時間飛び回る程度には。
そんな生き物を、猫などと呼べるはずもなかった。
かといって魔獣であるはずもない。魔獣ならばフィオリナがこうして平然と接することができるはずもないのだから。
まぁ何にしても、まさかそんな力がリオに備わっているとは両親にも医者にも到底思えなかった。
すっかり元気を取り戻したフィオリナは、リオの首元にぎゅうっと抱きついた。
『助けてくれてありがとう、リオ! 大好きよっ!! 瘴気が平気になったんなら、これからはあなたとどんなに遠くへだって行けるわねっ。楽しみだわっ』
『ンゴニャアアアアァァァァンッ!!』
リオも嬉しそうに大きくひと鳴きして、ゴロゴロ――いや、地を這うようなおそろしげな音を立てて喉を鳴らした。
そんなふたりを見やり、家族はひとまずほっと胸をなで下ろした。
なぜ急に体質が変わったのかはわからないが、少なくともリオがそばについている限りフィオリナは大丈夫だろうと思えたから。
『しかしいくら瘴気が平気になったからといって、くれぐれも危ない場所には近づいてはいけないよ? 森にはとんでもない大型の魔獣だっているんだし、そんなものに襲われたらいくらリオがいたってとても逃げられないだろうからね』
『……はいっ!! わ、わかってますわ。お父様!! ねっ、リオ!』
『ンゴ……? ンギュ……ギュアアアァァァォンッ!!』
『……本当に頼むぞ? フィオリナ、リオ……』
ともかくそれ以来フィオリナは、瘴気など気にすることなく自由にあちこちへと出歩けるようになったのだった。
22
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる