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 傷口から魔獣の血が入り込んだために、魔力のないフィオリナの体はどんどん弱っていった。

『フィオリナ!! しっかりして……。あなた……、一体どうしたら……。このままではこの子は……』
『大丈夫だ……。フィオリナは強い子だ。魔力などなくてもこんなにすくすくとたくましく成長したんだ。きっとこれくらいの傷、ちゃんと乗り越えられるさ……』
『フィオ! フィオ……!! お願いだよ……。目を開けて……! もう少しでフィオの十歳の誕生日じゃないかっ。フィオがほしがってた僕の動物図鑑、あげるから死んじゃだめだっ!!』
『あぁ……! 神様、どうか私のかわいい妹を連れて行かないでくださいっ。まだたったの九歳なのよ……? まだまだこれから楽しいことも幸せなことも待っているのに……。こんなことって……!!』

 フィオリナの命は、もはや風前の灯だった。

 皆が天に無事を祈った。何日も何日も。

 リオも満足に眠ることも食べることもせずにフィオリナに寄り添い、毛むくじゃらのしっぽでフィオリナの体をなで続けた。

 そしてその祈りは、ついに聞き届けられたのだった。

『信じられません……! あれほどの傷がすっかりふさがっておりますっ。これは間違いなく奇跡ですぞっ! それと、これはまったくもって驚くべきことなのですが……』

 息を吹き返したフィオリナに、医者は驚きの顔で告げた。

 魔力のないはずのフィオリナに瘴気耐性が身についているようだ、と。
 そのせいで魔力があるのと近い反応が体内で起こり、命が救われたのだろうと。
 
 何か思い当たる節はあるかとたずねた両親に、フィオリナは。

『夜にね、苦しくて体が熱くてもう無理って思ったらリオが私をぎゅってしてくれたの! そうしたら急に体が軽くなって、気がついたら楽になってたの。痛みももうすっかりないのよ? だからきっと、リオが私を助けてくれたんだと思うわ!』
『リオが……? しかし、そんなことどうやって……』

 リオがただの猫でないだろうことは、すでに誰もがわかっていた。

 拾ったばかりの頃は確かに体も小さく頼りなげで、猫と言えなくもなかった。喉をゴロゴロと鳴らして、とてもかわいらしい声で鳴いていたし。

 けれど今は――。

 ゴロゴロ、と喉を鳴らしているつもりではあるのだろう。ニャアンと鳴いているつもりであるのかもしれない。
 けれどその声は、まるで地を這うおそろしい魔獣そのものといった鳴き声にしか聞こえなかった。

 体だってそうだ。
 すでにフィオリナの背丈を優に超し、手足も爪も猫などと呼べるようなかわいらしいものではなくなっていた。爪でチョン、と突かれでもしたら簡単に人の体など貫いてしまいそうなほど。

 その上空まで飛べた。
 高度はそれほどでもなかったが、屋敷の周辺をフィオリナを背中に乗せてふわふわと長時間飛び回る程度には。

 そんな生き物を、猫などと呼べるはずもなかった。
 かといって魔獣であるはずもない。魔獣ならばフィオリナがこうして平然と接することができるはずもないのだから。

 まぁ何にしても、まさかそんな力がリオに備わっているとは両親にも医者にも到底思えなかった。

 すっかり元気を取り戻したフィオリナは、リオの首元にぎゅうっと抱きついた。
 
『助けてくれてありがとう、リオ! 大好きよっ!! 瘴気が平気になったんなら、これからはあなたとどんなに遠くへだって行けるわねっ。楽しみだわっ』
『ンゴニャアアアアァァァァンッ!!』 

 リオも嬉しそうに大きくひと鳴きして、ゴロゴロ――いや、地を這うようなおそろしげな音を立てて喉を鳴らした。

 そんなふたりを見やり、家族はひとまずほっと胸をなで下ろした。
 なぜ急に体質が変わったのかはわからないが、少なくともリオがそばについている限りフィオリナは大丈夫だろうと思えたから。

『しかしいくら瘴気が平気になったからといって、くれぐれも危ない場所には近づいてはいけないよ? 森にはとんでもない大型の魔獣だっているんだし、そんなものに襲われたらいくらリオがいたってとても逃げられないだろうからね』
『……はいっ!! わ、わかってますわ。お父様!! ねっ、リオ!』
『ンゴ……? ンギュ……ギュアアアァァァォンッ!!』
『……本当に頼むぞ? フィオリナ、リオ……』

 ともかくそれ以来フィオリナは、瘴気など気にすることなく自由にあちこちへと出歩けるようになったのだった。

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