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しおりを挟むメルローズ家の人間には、奇妙な癖があった。
それは――。
「はぁ……。良い……。実に良い……。この香ばしい小麦のような香り……」
この屋敷の主が白い長毛に覆われたお腹に鼻先をうずめ、恍惚とした表情を浮かべた。
その隣ではその妻もうっとりと頬に手を当て、幸せそうに微笑みを浮かべている。
「あぁ……。たまらないですわねぇ……。どうしてこうも小動物の耳の後ろはこんなにいい匂いがするんですの……? この香りの香水があれば、一生買い続けますのに……」
その思いつきに、子どもたちがぱぁぁっと目を輝かせた。
「僕もそれほしいです、お母様! 僕、今から不安なんです。寄宿学校には動物がいないし、この子たちにも会えるのも年に二度の長期休みだけだし……。でもそんな香水があったら毎晩安心して眠れそうです!」
「あら、私ならダースで買いますわ! 私だってお嫁にいったら、この子たちと離れ離れになるのよ? せめて動物好きの旦那様が見つかるといいのだけれど……」
これがメルローズ家の日常だった。
メルローズ家の面々は皆、大の動物好きだった。特にモフモフとした毛に覆われた生き物に目がないのだ。
よってこの屋敷には、馬はもちろん羊やウサギ、犬といった動物たちが実にのびのびと暮らしていた。
メルローズ家の人間は、そのモフモフとしたやわらかい体に顔を埋めかぐわしい香りをかぐ行為――つまりモフ吸いがどうにも好きだった。
メルローズ家にある冬、赤子が生まれた。
雪のように白い肌に、ぱっちりとした大きな薄桃色の目。ほんのりと色づいた頬と唇はふっくらとして、とても愛らしい。髪の色はやや桃色がかった金色で、やわらかく波打っている。
その天使のようにかわいらしい末子に、両親と年の離れた姉弟は当然のこと、使用人たちや領民たちも皆夢中になった。
フィオリナと名づけられた少女は、すくすくと伸びやかに成長した。
けれどただ一点、フィオリナには生まれつき最大の問題があった。なんと魔力が皆無だったのである。
魔獣が闊歩するこの世界において、これは実に由々しき問題だった。魔力がないことは、身を守る術をまったく持たないことと同義だったのだから。
魔獣の中には、人を襲う大型の凶暴な魔獣だって存在しているのだ。
それらへの対抗手段として、人々は数々の魔道具を発明した。
それらを身につければ、魔物を寄せつけないようにもできるし防御も可能。
なんなら非力な女性や老人、小さな子どもでもある程度攻撃だってできるという、非常に便利な代物だった。
が、それは魔力ありきの話。魔力がなければ、それらを扱うことも身につけることも一切できない。
つまりフィオリナは、まったくもって無防備な状態でこの世に生まれ落ちたのだった。
両親は苦悩した。
魔獣たちが吐き出す瘴気にだってすぐに当てられて、倒れてしまうだろう。魔力がないということは瘴気に対する耐性もないということなのだから。
となれば、一生籠の鳥のように屋敷から一歩も外に出さずに暮らすか。
大人になるまで生き永らえられるかどうかだってあやうい。
けれどフィオリナが四歳になったある日、事態は好転した。
なぜか突然に瘴気への耐性がついたのだ。
そのきっかけとなったのが、ある日屋敷に現れた一匹の猫――らしき動物だった。
それを見つけたのは、フィオリナだった。
ふわふわとした綿毛に覆われたような小さな体は、今にも壊れそうに震えていた。それでも緋色に輝く大きな目に、フィオリナは確かな生命力を感じ取った。
『さぁ、おいで! 私があなたを助けてあげるわ。ふふっ。大丈夫、すぐに体をあたためてあげるからね。ごはんだって用意してあげるわ』
メルローズ家の例にもれず、フィオリナはモフモフとした動物をこよなく愛していた。よって助けたのは当然のことだった。
フィオリナは自分の名前をもじり、その子にリオと名づけた。
おそらくは見た目からして、生まれて間もない子猫ではあるのだろう。
けれど断定はできなかった。猫にしては爪も牙も大き過ぎたし、手足もずいぶんと太かったし。
でもそんなこと、フィオリナにとってはどうでもいいことだった。
フィオリナはリオを目に入れても痛くないほどにかわいがり、慈しんだ。
眠る時はいつも一緒にベッドに入ったし、ベッドが重さできしみはじめてからはまるでフィオリナを守るように、すぐそばの床に大きくなった体を横たえ眠った。
リオもフィオリナと深く心を通わせ、まるで双子もしくは恋人同士のように仲睦まじく育ったのだった。
そんな穏やかな日々が続いたある日のこと。
リオと一緒に屋敷の周辺で遊んでいたフィオリナは、一匹の魔獣に襲われたのだった。
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