犀川のクジラ

みん

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2章 夏

21話

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 春先にクジラについて調べることを決めてから今まで僕らはなにも活動してこなかったわけではない。もちろん学生の本分は勉強で、日々授業に出席してはノートをとったり、試験に関する情報を集めたり、ときどき机に突っ伏して休息をとったりと、忙しい毎日をおくっていた。その合間をぬって、居酒屋「楽太郎」で集まり報告会をしたり、各々で調査を進めたりしていた。

 僕らは学生なので学生らしく、この課題にたいして「仮説」を立てることにした。だれに発表するつもりはなかったが、調査結果を形として残しておきたかったのだ。

 僕らが今のところ立てている「仮説」はこうだ。
 仮説1 心美が聞いた音はクジラの歌声ではない
 仮説2 日本海に生息するクジラの歌声がここまで聞こえている
 仮説3 川にクジラがいる

 まず初めに、歌を歌うクジラはどの種類なのかを調べた。
 歌をうたうクジラというのは、主に「ザトウクジラ」のことを指す。クジラ目ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科で、体長はオスが13から14メートルほど。体重は40トンに達して、世界の海に広く生息している。
 他のクジラも求愛などの際に声を出すことはあるが、ザトウクジラの歌は他のクジラとまったく異なるそうだ。歌は一曲あたり数分から三十分以上続いて、何曲もくり返して歌う。もっとも長くて二十時間ほどのくり返しが観測されているらしい。歌の構造はアメリカの権威ある学者などによく研究されていて、「歌」はいくつかの「旋律」の組み合わせから成り立っている。英語や日本語など人間の言葉と同じように、住んでいる地域によって歌がちがってくるので、他の地域のクジラには歌が通じないということもあるそうだ。
このことから、僕らは心美が聞いた歌声が「ザトウクジラ」の声かもしれないという考えのもと、仮説を立てたのだ。

 仮説1に関しては、もっとも妥当でもっともつまらない結論だと僕らは思った。
 心美も疑われていると感じたのだろうかムッとしていたが、由紀になだめられていた。ただ、この結論がかなり現実的で、ありえる選択肢といえた。
 
 仮説2に関しても可能性があった。何千キロの距離にも届くと言われているクジラの歌声は、日本海をわたるクジラから届いているのかもしれない。心美が聞いた場所は犀川の下流で、海にちかい。海の中をつたわり、ここまで聞こえているというのは考えられる仮説である。
 
 仮説3は、かなり難しい。
 犀川は大雨がふらない限り穏やかで、水深がそこまで深くはない。身体の大きなクジラがこの場所にいれば、陸でピチピチとはねる魚のように、ぼくらに目の前に姿をあらわすことだろう。
仮説3は、今のところ僕らにとってのロマンとして残っている。
 
 図書館の中をまわり、いくつか本や資料をもってグループ学習スペースに戻ると、永井と由紀が先に戻っていた。
金沢の歴史やクジラについての本、そして青いクリアファイルにはさまれた新聞のスクラップ記事をペラペラとめくっていた。

「六藤、おもしろい記事をみつけたぞ」永井は僕が帰ってきたことに気づくと、クリアファイルをめくる手をとめ、スクラップされた記事のうちの一枚を指さす。
―謎の骨が見つかる!?
とタイトル付けられた新聞の日付はいまから約二十年前のものだった。タイトルの横には写真があり、大きな骨のようなものの前で笑ってピースをする人たちの姿があった。
―犀川下流で大きな生物の骨が発見された。発見した大学の研究チームによると、クジラの骨のように思われるが損傷が激しく、いつ頃のものであるのかなど詳細は不明であるとのこと。群れからはぐれたクジラが迷い込んだのだろうか、海から流れついたものだろうか、いずれにせよ正体は不明のままである。
「へえ、よくこんな記事みつけたな」
 僕は【考察3】と書かれた父さんのノートの中に、“巨大な骨”と書かれていたことを思い出した。何のことだか分からなかったが、もしかしたらこのことを言っているのかもしれない。
「永井くんがね、もしクジラの声が聞こえるんやったら、ほかに聞いた人がいれば取材されてるかもしれないって」
「さすが俺だろ?それで、今から当事者に話を聞きにいこうって話していたんだ」
「当事者?」
「六藤、最後まで記事を読んでみろよ」
―研究チームの代表をつとめる森熊助教授は、これから専門家の話を聞くなどして、謎の骨について調査を進めていく。
「もしかしてこれ、森熊先生のことかい?」今は教授だが、二十年も前なら、助教授だったのだろう。よく見ると写真の端にメガネをかけた少し太めのおじさんのような人が映っている。これが、森熊教授の二十年前の姿か。

「たぶんな。森のくまさんが、何かヒントをくれるかもしれない」
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