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2章 夏
18話
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美術館の入り組んだ道を進んだところにある展示スペースに、美大生の作品が所せましと並べられていた。彫刻や粘土、絵やデザインなどさまざまな分野で学生たちはそれぞれの個性を表現する。何がなんだか素人には理解できないものから、目を引くような作品まで色とりどりだった。
そのなかで見つけた心美の作品は、静かな存在感を放っていた。
赤いバラを一厘咥えた黒猫と赤い傘をさす少女の絵が描かれているその絵は一つ一つの線が繊細に描かれていて、どこか物語性があった。道ゆく人は黒猫のことなど気にもとめずに去っていくが、少女は立ち止まり、猫が雨に濡れてしまわないように一緒に傘の中にはいっている。猫はなんのためにバラを咥えて雨に打たれていたのだろうか、この少女との関係性は何なのか。少女の服装は黒く、赤色と黒色がくっきりと対照的に描かれていて、じっと見ていると絵の中に引き込まれていくような魅力があった。
「雨のふる街で」
それが心美の絵のタイトルだった。
横をみれば永井と由紀も心美の作品をじっと見つめていた。芸術や美術にうとい僕らにとって、結局それらのものは分かる人にしか分からない世界なのだと思っていた。ピカソやゴッホ、モネなどの名前は知っていても、その絵の上手さも、価値も分からない。その程度の僕らにも、彼女の絵は深くなにかを伝えようとしていた。
「みんな、見に来てくれたの?」
うさぎが草原を跳ねるような声がして振り返ると、心美が立っていた。
長い黒髪を後ろで編み込み、背中にスッと垂らしている。彼女が着ている白いワンピースが館内の真っ白な壁と同化して美術館の化身のようないでたちである。
「もちろんだよ。見に行くって約束したじゃないか」永井は得意気に話す。
「嬉しい。あ、感想とかは言わなくていいからね、恥ずかしいし」
「いや、めちゃくちゃ良いよ、感動した!」永井は大げさに両手を天井に向かって広げ、とにかく彼の感情が動かされたことを表現する。由紀も、心美ちゃんすごく上手やよ~、と言って永井と一緒に賞賛を送っている。
「恭二郎も、きてくれてありがとね」
心美は視線をうつし、僕にそう言う。真っ白な心美は、春先に居酒屋で暴れまわっていた彼女とはまるで別人のようだ。
「僕も君の作品を見てみたかったんだよ」
すごく良い絵だねと付け足すと、心美は僕の横にやってきて一緒に猫と少女の絵を眺める。
「君じゃなくて、心美だよ」
「あ、ごめん。・・・そうだ、あの少女はもしかして心美自身をイメージしているの?」僕は半分、本当にそうおもったことと、半分、心美の機嫌とりの意味あいもかねて彼女に質問する。傘を差しだす少女の姿は、優しい人間の象徴のように思えたからだ。
「・・・もちろん。わたしは心やさしくて、とってもキュートな女の子だからね」
心美は僕の問いに、おどけたように返答する。
作品としてはまだまだだけど、という心美に、いやいやさすがだよ、と永井が相変わらず褒め称えるなか、僕はもう一度彼女の絵を見直す。心美はまだまだだと謙遜しているが、ひとつひとつ繊細に描かれていて、僕には非の打ちどころがない作品に思えた。素人にはわからない技術の差があるんだろうな、と納得しかけたとき、春先に橋の下で見かけた「犀川と桜」の絵を思いだした。
なんだろう、なにか違和感がある。
説明をしにくいが、ここに描かれている絵は、あの絵の色彩とはまるで違うように感じるのである。たしかにこの絵はとても美しく、繊細に描かれている。傘を差しだす少女の目は物憂げで、雨に濡れた黒猫の毛なみは丁寧に乱れている。
だけど橋の下で見た淡い色合いの「犀川と桜」の絵とは印象がちがう。
もちろん、どちらの絵が優れているとか、そういうことではない。僕は誰かの絵に対して評価をつけられるような人間じゃないし。前に僕が犀川の橋の下で見た絵はこんな風にまじまじと見ることが出来たわけではない、ただ、どこか違和感があるのはたしかである。永井と由紀はここにある猫と少女の絵しか見ていないので、僕の感じた違和感を伝えることはできないな、と思った。
そのなかで見つけた心美の作品は、静かな存在感を放っていた。
赤いバラを一厘咥えた黒猫と赤い傘をさす少女の絵が描かれているその絵は一つ一つの線が繊細に描かれていて、どこか物語性があった。道ゆく人は黒猫のことなど気にもとめずに去っていくが、少女は立ち止まり、猫が雨に濡れてしまわないように一緒に傘の中にはいっている。猫はなんのためにバラを咥えて雨に打たれていたのだろうか、この少女との関係性は何なのか。少女の服装は黒く、赤色と黒色がくっきりと対照的に描かれていて、じっと見ていると絵の中に引き込まれていくような魅力があった。
「雨のふる街で」
それが心美の絵のタイトルだった。
横をみれば永井と由紀も心美の作品をじっと見つめていた。芸術や美術にうとい僕らにとって、結局それらのものは分かる人にしか分からない世界なのだと思っていた。ピカソやゴッホ、モネなどの名前は知っていても、その絵の上手さも、価値も分からない。その程度の僕らにも、彼女の絵は深くなにかを伝えようとしていた。
「みんな、見に来てくれたの?」
うさぎが草原を跳ねるような声がして振り返ると、心美が立っていた。
長い黒髪を後ろで編み込み、背中にスッと垂らしている。彼女が着ている白いワンピースが館内の真っ白な壁と同化して美術館の化身のようないでたちである。
「もちろんだよ。見に行くって約束したじゃないか」永井は得意気に話す。
「嬉しい。あ、感想とかは言わなくていいからね、恥ずかしいし」
「いや、めちゃくちゃ良いよ、感動した!」永井は大げさに両手を天井に向かって広げ、とにかく彼の感情が動かされたことを表現する。由紀も、心美ちゃんすごく上手やよ~、と言って永井と一緒に賞賛を送っている。
「恭二郎も、きてくれてありがとね」
心美は視線をうつし、僕にそう言う。真っ白な心美は、春先に居酒屋で暴れまわっていた彼女とはまるで別人のようだ。
「僕も君の作品を見てみたかったんだよ」
すごく良い絵だねと付け足すと、心美は僕の横にやってきて一緒に猫と少女の絵を眺める。
「君じゃなくて、心美だよ」
「あ、ごめん。・・・そうだ、あの少女はもしかして心美自身をイメージしているの?」僕は半分、本当にそうおもったことと、半分、心美の機嫌とりの意味あいもかねて彼女に質問する。傘を差しだす少女の姿は、優しい人間の象徴のように思えたからだ。
「・・・もちろん。わたしは心やさしくて、とってもキュートな女の子だからね」
心美は僕の問いに、おどけたように返答する。
作品としてはまだまだだけど、という心美に、いやいやさすがだよ、と永井が相変わらず褒め称えるなか、僕はもう一度彼女の絵を見直す。心美はまだまだだと謙遜しているが、ひとつひとつ繊細に描かれていて、僕には非の打ちどころがない作品に思えた。素人にはわからない技術の差があるんだろうな、と納得しかけたとき、春先に橋の下で見かけた「犀川と桜」の絵を思いだした。
なんだろう、なにか違和感がある。
説明をしにくいが、ここに描かれている絵は、あの絵の色彩とはまるで違うように感じるのである。たしかにこの絵はとても美しく、繊細に描かれている。傘を差しだす少女の目は物憂げで、雨に濡れた黒猫の毛なみは丁寧に乱れている。
だけど橋の下で見た淡い色合いの「犀川と桜」の絵とは印象がちがう。
もちろん、どちらの絵が優れているとか、そういうことではない。僕は誰かの絵に対して評価をつけられるような人間じゃないし。前に僕が犀川の橋の下で見た絵はこんな風にまじまじと見ることが出来たわけではない、ただ、どこか違和感があるのはたしかである。永井と由紀はここにある猫と少女の絵しか見ていないので、僕の感じた違和感を伝えることはできないな、と思った。
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