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1章 春
8話
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お手洗いに行ってくる、と言って僕は席を立った。
店内は相変わらずにぎやかで、特に奥の大広間で二十人ほどの団体が集まっているところが盛り上がっているのだと気づく。
どこかの学生だろうかと目を向けると、知っている顔が視界に飛び込んでくる。長い黒髪はキラキラとまぶしく、その集団の端っこで楽しそうに笑っている。
心美だ、と気づく。
周りにいるのは、おなじ美術大学の仲間たちだろうか。
春先なので、大学の新人歓迎会でも開かれているのかもしれない。そう思いながらトイレのドアを開けて小便器の前に立つと、後を追うように永井が入ってきた。
「濱田さんが浮気か・・・」
「自治会ではなにも噂とか聞いていなかったのか?」
「ああ。ときどき連絡は来るけど、電話でさすがにそういう会話にはならねーよ」
永井は将棋大会の後、学生自治会に所属していた。学生自治会はさまざまなOB、OGと繋がりがあり、人脈を広げられると考えたのだ。ゆくゆくは自治会長の座でも狙っているのかもしれない。
「だけど六藤、チャンスだぞ」
「なんの話?」
「由紀だよ。濱田さんがいたから近づけなかったけど、今ならゲットできるかもしれないぜ」
「今の話かから、どうしてそうなるんだ」
「なんだよ。狙っている女の子でもいるのか?」
「いないけど」
「だったらチャンスじゃないか。女ってのは失恋しているときが一番ゲットしやすいもんなのさ」
「ゲットゲットって園宮はモノじゃないだろ。それに弱っているところを突くなんて、なんだか卑怯じゃないか」
「そんなクールなこと言っている場合か?おれは小学校のころから由紀を知っているが、あいつは自分から好きだなんて言ってこないぞ」
「それはそうだけどさ」
「だったら今すぐにでもデートへ誘うべきだな。百戦錬磨のおれが言うから間違いない」
「永井が誘えばいいだろ?」
僕がそう言うと、永井は一瞬言葉に詰まったような顔をした。
事実を言うと、永井が百戦錬磨というのは本当のことだった。ヒョロヒョロと身体は細いが顔は二枚目の部類に入り、口が上手い。息をするように自然に女性を褒めることができて、服装が清潔で、おまけに家がお金持ちである。大学に入学してから、何人かの女の子と付き合った話も聞いている。
「おれは・・・ほら、近すぎるだろ」
理由になっていない。
たしかに永井と由紀は幼馴染で近い存在だけど、兄妹というわけでもないだろう。
「なんだよそれ。園宮はいま傷ついているんだ、そっとしておいてやるのが一番な気がするけど」
だけど、永井の言うことに一理あるのは確かだった。異性と付き合うのにはタイミングが非常に重要であると、よく雑誌にも書いてあるし。
だがそれは一般論で、由紀が傷ついている時は、まず友人の一人として彼女と真摯に向き合いたいという気持ちが僕にはあった。友人として真摯に向き合うということを理由にして、逃げているだけなのかもしれないけれど。
「あいつは良いやつなんだよ。だから―」
「ん、なんだって?」
先に用を済ませ、僕に背を向けて言った永井の声は店内を流れる騒がしいBGМにかき消されてしまい、うまく聞き取れない。
「なんでもねーよ!先に戻ってるぜ」と言い、永井はドアを開けて出ていった。
用を済ませた後、店内を歩きながら、永井の言ったことを考えた。
由紀のことは好きだ。
だけどもし告白をして振られてしまい、友人関係がギクシャクしたものになったらどうするのだ。僕は永井のように明るいキャラクターではないし、振られてもなお普通に振舞える自信なんて、どこにもないのだ。
店内は相変わらずにぎやかで、特に奥の大広間で二十人ほどの団体が集まっているところが盛り上がっているのだと気づく。
どこかの学生だろうかと目を向けると、知っている顔が視界に飛び込んでくる。長い黒髪はキラキラとまぶしく、その集団の端っこで楽しそうに笑っている。
心美だ、と気づく。
周りにいるのは、おなじ美術大学の仲間たちだろうか。
春先なので、大学の新人歓迎会でも開かれているのかもしれない。そう思いながらトイレのドアを開けて小便器の前に立つと、後を追うように永井が入ってきた。
「濱田さんが浮気か・・・」
「自治会ではなにも噂とか聞いていなかったのか?」
「ああ。ときどき連絡は来るけど、電話でさすがにそういう会話にはならねーよ」
永井は将棋大会の後、学生自治会に所属していた。学生自治会はさまざまなOB、OGと繋がりがあり、人脈を広げられると考えたのだ。ゆくゆくは自治会長の座でも狙っているのかもしれない。
「だけど六藤、チャンスだぞ」
「なんの話?」
「由紀だよ。濱田さんがいたから近づけなかったけど、今ならゲットできるかもしれないぜ」
「今の話かから、どうしてそうなるんだ」
「なんだよ。狙っている女の子でもいるのか?」
「いないけど」
「だったらチャンスじゃないか。女ってのは失恋しているときが一番ゲットしやすいもんなのさ」
「ゲットゲットって園宮はモノじゃないだろ。それに弱っているところを突くなんて、なんだか卑怯じゃないか」
「そんなクールなこと言っている場合か?おれは小学校のころから由紀を知っているが、あいつは自分から好きだなんて言ってこないぞ」
「それはそうだけどさ」
「だったら今すぐにでもデートへ誘うべきだな。百戦錬磨のおれが言うから間違いない」
「永井が誘えばいいだろ?」
僕がそう言うと、永井は一瞬言葉に詰まったような顔をした。
事実を言うと、永井が百戦錬磨というのは本当のことだった。ヒョロヒョロと身体は細いが顔は二枚目の部類に入り、口が上手い。息をするように自然に女性を褒めることができて、服装が清潔で、おまけに家がお金持ちである。大学に入学してから、何人かの女の子と付き合った話も聞いている。
「おれは・・・ほら、近すぎるだろ」
理由になっていない。
たしかに永井と由紀は幼馴染で近い存在だけど、兄妹というわけでもないだろう。
「なんだよそれ。園宮はいま傷ついているんだ、そっとしておいてやるのが一番な気がするけど」
だけど、永井の言うことに一理あるのは確かだった。異性と付き合うのにはタイミングが非常に重要であると、よく雑誌にも書いてあるし。
だがそれは一般論で、由紀が傷ついている時は、まず友人の一人として彼女と真摯に向き合いたいという気持ちが僕にはあった。友人として真摯に向き合うということを理由にして、逃げているだけなのかもしれないけれど。
「あいつは良いやつなんだよ。だから―」
「ん、なんだって?」
先に用を済ませ、僕に背を向けて言った永井の声は店内を流れる騒がしいBGМにかき消されてしまい、うまく聞き取れない。
「なんでもねーよ!先に戻ってるぜ」と言い、永井はドアを開けて出ていった。
用を済ませた後、店内を歩きながら、永井の言ったことを考えた。
由紀のことは好きだ。
だけどもし告白をして振られてしまい、友人関係がギクシャクしたものになったらどうするのだ。僕は永井のように明るいキャラクターではないし、振られてもなお普通に振舞える自信なんて、どこにもないのだ。
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