ニュンフェの男

みん

文字の大きさ
上 下
4 / 11

4話

しおりを挟む
数日後、酒飲みは駅にきていた。

酒飲みは駅という場所が好きだった。多くの人間が行き交い、出会いや別れを繰り返すその場所には、多くの物語があるものだ。

駅前のベンチに腰掛けて辺りを見ていると、それらを観察し、想像することができるのだ。スーツを着たあの若者は就職活動中だろうか、緊張した顔でスタスタと歩いていく。コンビニエンスストアから出てきた家族はテーマパークにでも行くのだろうか、全員が同じセーターを着て仲良く笑っている。

改札前の若いカップルは遠距離恋愛中なのだろうか、周りを気にする様子もなく強く抱きしめあい、その後手を振りあう。まるで何冊もの本を読むように、酒飲みは長い時間人々の物語を想像していた。客観的に想像した彼らの物語はそれなりに山あり谷ありではあるものの概ね幸せな結末を迎えていたのは、彼自身の性格によるものだろう。

「すみません、お待たせしました」

空想の世界に入っていた酒飲みは、隣に座った女性の存在に気づきもしなかった。声をかけられてようやく現実に引き戻される。

「わっ驚いた。いつからそこに」

「少し前からです。いつ気づいてくれるのかな、て思っていました」そう言って彼女は金色の髪を揺らしてクスクスと笑う。

「申し訳ない、サリーさん。椅子に腰かけて人々を見ていると、どうも自分の世界に入ってしまうみたいで」酒飲みは頭を掻きながら何度も謝る。

「いいんです。素敵なことを考えているんだろうなと思って、ずっと横顔を眺めていました。」

「何もそんな・・・。」と酒飲みは口ごもる。

サリーはこの間会ったときよりずっと親しげな笑顔を見せる。今どきの若い女性というのは、みんな慣れるのが早い生き物なのだろうか、と彼は思う。サリーは白のチェスターコートに緑色のマフラーを首に巻き、細身のジーンズは全体のシルエットを綺麗に見せている。

公園を歩く予定だからなのか、足元を見るとラフなスニーカーを履いていて、金色の髪が服装によく似合っている。顔立ちの清楚さからか、明るい服装をしているにも関わらず全体として落ち着いた印象に見えた。

「もう少しここで休みますか?」サリーは首を傾げ、酒飲みの目を見つめて言う。ユキもそうだが、彼女たちはよく人の顔を覗き込むようにして話をしてくる。透き通るような白い肌と海のようなブルーの瞳が美しい。目以外の全てのパーツが小さく、触れると壊れてしまいそうな儚さを感じる。

「いや、行きましょう。こんなところで話し込んでいては風邪を引いてしまいます。」酒飲みは彼女の瞳をずっと見つめていたいという思いに駆られたものの、頭を振って立ち上がった。

「ええ、分かりました。」

二人はマスターが組んでくれたプラン通り、公園へ向かって並んで歩き出す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

あるバーのマスターの話

刹那玻璃
大衆娯楽
あるところに小さな古びたバーがある。 そこには4人席が一つとカウンターに3席。 従業員はマスターと呼ばれている60代前後の男性のみ。 いつも色々なジャンルの音楽がかかっていて、お店に来たお客がその日の話やありふれた日々の話をする。 そして、それを聞き入っているマスターが、そのお客ごとに、違うカクテルを作る。 じんわりと思いが溢れ、涙する女、悔やむ男……。 そんな人々を見つめるマスター。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

きらりキラリ

かつたけい
大衆娯楽
芹沢恭太(せりざわきょうた)、30歳。 北海道の、とあるサッカーチームに所属しているが、本業はボロ旅館の旦那さんである。 夢と現実の折り合いをつけて生きてきたつもりだった。 要は、夢を見ることを諦めたつもりだった。 そんなある日、恭太の旅館に外国人の男がふらりとあらわれた。 その男は世界的に有名な元サッカー選手、コージであった。

催眠術師

廣瀬純一
大衆娯楽
ある男が催眠術にかかって性転換する話

23時の体温

まてちゃ
大衆娯楽
朝を迎える人々の物語 頭に浮かんだ言の葉を推敲せずに羅列してるので読みにくくてすみません

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...