サラブレッドの銃弾

みん

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30話 現在 東条

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男が机の上のオブジェからナイフを取り出す。木製の手の平を象ったオブジェは5本の指全てがナイフになっていて、護身用として使用しているようだ。

何か訳のわからない言葉を叫び、唾を飛ばしながら向かってくる男の突きを避ける。

焦りからか、動きが丸わかりだ。

ふくらはぎに力を入れ、体をふわっと浮かせる。少し後ろ脚を引き、距離をとる。

呼吸を整え、相手がもう一度切りかかってくるのを待つ。

男が右腕を振りかぶってくる。

素人ね、とため息をつきながら膝を曲げ、男の懐にすっと入り込み、行き場の失った右腕を捻り上げる。

男は悲鳴を上げナイフを落とす。態勢の崩れた男の体を自分の腰に当て、クイっと持ち上げる。

背負い投げ。

男の体は見事な弧を描き、地面にたたきつけられる。男は背中を強く打ち、痛みに苦しみ動けなくなる。

「俺の国だ。ここは俺の国だ!たった二人に潰されるような所じゃない!ここまで来るのに俺がどれだけの労力を費やしたか知っているのか!」

「殺人罪5件、強姦罪四十二件、強制わいせつ罪二十四件、児童売春、盗撮、そして、実の娘への性的虐待。これくらいかしら、あなたの“ここまで来る労力”ってやつは。」

 男は目を見開き、驚く。見る見る内に顔を真っ赤にし、怒りを露わにする。

「この楽園を上手に使うことで、あなたはこの国の法から離れた場所に位置することが出来た。あなたは本当に、本当に上手くやっていたと思うわ。だけど見つかっちゃったの、私達の“社長”に。あの方だけは、この国の法を度外視して人を裁くことが出来る。私はあの方の使者として、仕事としてあなたを始末する。それなら仕方ないでしょ?」

 佳子さんがこの男にされた屈辱も、新城や真菜ちゃんに訪れた孤独や絶望も、この仕事にはあまり関係がない。この国のために、“正義”のために、この男を消す。それが私の仕事であり、私が選択した人生である。 

「あなたの何よりの失敗は、娘を殺してしまったという事実から目を背け、“彼”を野放しにしてしまったことね。一つの失敗が、全ての歯車を狂わすのよ。」

「何を言ってやがる!おれの子は出産時に出血過多で死んだんだ!役所に行けばすぐに分かる事実だ。社長って一体誰だ、今すぐここに連れてこい!今すぐ殺してやる、ころしてやる、こらしてある、こりいてやるう・・」

「ん、なにか言ったかしら?」

「なんら、ことはがでれこない。なにしやあった!かららがあつい!」

男は叫び、自分の体の異常に気づく。見ると至る所で皮膚が腫れ、強い炎症が全身に起こっている。

「やっと効いてきた、あなたの屁理屈はもう聞き飽きてきた所だったの。あとそれ、ターゲットの皆さんにいつも言われる台詞だわ。みんな言うことは一緒なのね。まあ説明してあげる、これも仕事だから。」

はあ、とため息をついてしゃがみ、男の前に顔を近づける。もうすでに、男の口からは泡が吹きはじめている。

「フラッカ。スペイン語で“美しい女性”という意味なの。私にぴったりでしょ?欧米の方で流行っている薬物でね、名前くらい聞いたことあると思うけど。これを飲むと短時間で体がオーバーヒートするの。今は大体40度くらいかな。怖い薬なのよー、最後は皮膚まで溶けちゃうみたい。だけど価格は結構安くてね、重宝させてもらってるわ。」

「ど、どろで!」

「その質問もよく聞かれるわ。どこで、あなたにフラッカを摂取させたか。」

答えは分かるでしょ?と男の顔を見るがもうすでに正気を失いかけている。

「キスよ。私の体はあらゆる毒物や薬物に対する耐性がついていてね。まあいわゆる改造人間てやつ?口の中に色んな毒を仕込んで、相手に摂取させる。好きでもない男とキスしなきゃだめなんだから、大変な仕事よね。」

あんまり言わせないでよ、恥ずかしいじゃない、と顔を赤らめてみたものの、男の目はすでに常人のそれではない。

口からは泡を吹き、アヴい、アヴいと言いながらガクガクと震えている。

先ほどまで偉そうなことばかり言っていた男がこの有り様だとさすがに同情するものの、自分が招いた結末なのだ。

私たちの『組織』に目をつけられる行動を取ってしまった人間に落ち度がある。

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