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第14話 『 オーク VS 勇者 』

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 真っ赤に塗られた鎧兜が、明かりに照らされヌらりと光る。ダンジョン内の狭い廊下をその巨躯で塞ぐは、魔王軍きっての鎧武者トックリ。その手には既に抜かれた胴田貫。切っ先が伸び、反りは浅く、長さ2尺8寸に及ぶも、その持ち主の巨大さゆえか自然と長くは見えない。

 トックリは、日ごろ温和で知られる中間管理職であるが、今この時は獣の本能をその身に宿し、その体躯からは禍々しい気勢が立ち昇っている。そしてその、抜き身の刀身と殺気は目前の男に全て向けられていた。

 対峙するは勇者ユッカ。短く刈りあげられた頭に鉢がねを巻き、備えは皮鎧と胸部を覆うプレートのみ。剣は二本、背負ったトゥーハンドソードに腰に差された短刀。いかにもな軽装であるが、単身で素早く動くには非常に都合が良いのだ。

 その背丈は、トックリの巨躯に比べれば実に小さい5尺5寸ほどであるが、小兵なれど侮るべからず。その鍛え抜かれた肉体は、鋼に劣らず、その剣技は大陸一。加えて、数多の魔物を屠ってきた自信も加われば正に三千世界一の強者、否、勇者である。

 トックリから向けられた剣先に動じることなく、ユッカの剣は未だ鞘に納められている。剣を抜くに足る相手か否か、まるで品定めをすかのごとく。鉢がねから覗く昏い瞳は、ギラギラとせわしなく動いていた。

 ふと、トックリとユッカの視線が交差する。冷や汗を滲ませるトックリに対し、ユッカは一文字に結ばれた大きな口を大きく開き声をあげて笑ってみせた。

「は……ははははははは! おいまさかオークが鎧を着こむとわ。まさに猪武者とは己のための言葉であるな。しかし、なんだこのダンジョンはせっかく参ったのに魔物一匹現れやせん。一体これは、どういうことぞ?」

「主の命で、兵は下がらせてあるのです」

「ほうで。きさんが相手してくれるちゅうわけじゃ?」

「いかにも。私は兵ではなく将ですので」

 魔王軍に属する以上、上役であるペディランサスの命にトックリは逆らうことができない。しかし、主の意である劇的な最期などとてもトックリに許容できるものではなかった。それゆえの兵を下げろという命に対し、己は将ゆえ退かぬという屁理屈。

 なんとしてもペディランサスにたどり着く前に、勇者を引き下がらせて見せる。勝利など毛頭考えていない、命を賭してようやくの撃退。自身は、その果てに立ち往生しようとも。それが、ダンジョン主ペディランサスにできる、精いっぱいの反骨であった。

 トックリは、呼吸を整える。ダンジョン内の淀んだ空気を肺一杯に大きく取り込み、鋭く細くそして長く吐き出す。体の中から一泡すらの揺らぎが消えた。転瞬、大きな踏み込みと共にトックリの胴田貫、その切っ先がユッカの心の臓へと放たれる。

 ユッカは身をよじりそれを躱してみせた。

「迅雷のごとき刺突なれど、来るのが知れておればこんなものよ」

 勝ち誇るユッカに、トックリは更なる刺突を連続で見舞った。しかし、いずれもユッカを捕らえることはない。それどころか、次第にユッカは間合いを詰め始めた。幾度となく繰り出された刺突から、タイミングや速さ、狙い処の癖を既にユッカは見抜きつつあった。

 しかし、トックリは頑なに刺突以外の技を使おうとしない。否、ダンジョン内の通路はトックリが胴田貫を振るうにはあまりに狭く、他の技を出しようがなかったのだ。そして、それは勇者ユッカも心得ていたこそ、初撃から躱すことができたというわけだ。
 
 間合いを詰められ焦ったのか、トックリの剣が乱れた。放った突きに力を込めすぎたせいか、右腕が伸び切ってしまったのだ。その隙をユッカは逃さなかった。一足飛びに間合いを詰め、トックリの懐へと入り込む。狭さゆえに長剣を抜けぬのはユッカも同じ、しかし彼の手には如何に狭くても相手を切り刻める短刀が握られていた。

「その喉、掻っ切ってくれよう!」

 だが短刀はトックリの喉に届くことはなかった。間合いが詰められた瞬間、トックリは咄嗟に胴田貫から手を離し喉を守ったのだ。短刀は、トックリの籠手に深い傷をつけるにとどまった。

「来るのが知れておればこんなもんよ」

 トックリが、意趣返しとばかりにユッカの言葉を真似、ユッカの表情が苦々しく歪んだ。必殺の一刀を防がれ、更には小馬鹿にされたとあっては、いくら百戦錬磨のユッカと言えど怒りを露わにせずにいられなかった。そして、その僅かな感情の揺らぎがユッカに隙を作った。

 ユッカが、ハッと我に返った時には既にトックリの大きな手が彼を捕らえていた。両の手それぞれが、ユッカの手と組み合い渾身の力で握られた。その体格差を鑑みれば、もはやユッカに逃れる術などなく、このまま押しつぶされて一巻の終わりであろう。

 そう、そもそもトックリはこの状況を狙っていたのだ。どうしてダンジョン内での戦闘を知り尽くした魔物が、狭い通路で不便な長刀を用いようか。それは、全て勇者を懐に入れ力勝負に持ち込むため。勇者ユッカは、大陸一の剣豪。真面に立ち会えば、敗北は必至であった。だからこそ、自身の領域に誘い込むべくあえてそのようにしたのだ。

 トックリの拳に、あらんかぎりの力がこもる。

「このまま、背骨を折ってで終わりだ!」

 だがあろうことか、ユッカはトックリを僅かながらも押し返して見せた。

「なにっ!?」

 思わずトックリの口から驚きが漏れる。実際、あり得ないことであった。体重差は明らか、上背もこちらの方が上、そして生まれ持った人外の膂力。人間ごときに押し返せるはずもない。しかし、どうだ。現実に、小兵のユッカがトックリに抗い、あまつさえ押し返しつつある。

「ははははは、力比べか! 望むところよ!」

「馬鹿な! その小さい身体のどこに、そんな力があるというのだ!」

「知りたいか、これぞ技の極致よ。重心、肉の使い方、力の入れる方向、全てを誤らなければこれぐらい容易い容易い」

 言葉とは裏腹に、ユッカの額にも脂汗がにじむ。たとえ技で勝ろうと、その体格差はやはりユッカにとって不利であることは間違いなかった。今この時、二人は全ての力と技をその両の拳に注いでいた。いったい何処に差があったのかはわからぬ。だが、その軍配はじりじりとユッカにあがりつつあった。

「ぬおおおおおおおぉおおおおおおっ!」

「くああぁぁあああああああっ!」

 トックリの肘が折れ、背が反り、遂にトックリが膝をついた。

「背骨がおられるのはきさんじゃボケェっ!」

 ユッカが勝鬨をあげたその瞬間、トックリの背後より白刃が閃いた。ユッカは、即座に組んだ手を離しトックリを踏みつけ、その反動で飛び退り刃を躱す。踏みつけられたトックリは、地面に強く叩きつけられた。

「オーク殿。助太刀いたそう」

 あまり聞き覚えのないしわがれた声。叩きつけられた衝撃に、歪みぼやけてしまったトックリの視界が捉えたのは、よく映えた青い衣であった。

 そう、かつて出歯亀を働き捕らえられるも即座に脱獄を果たした忍びガジュマルである。

  
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