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第13話 『勇者襲来』

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「なんだか、物が増えたのう……」

 ダンジョン《大地のくびれ》、その最奥にある《竜の間》にてペディランサスが独り言ちた。
 その目前には、ダンジョンに来て以来脱獄を繰り返している王国の第一皇女サンデリアーナ=ドラセナから取り上げた脱獄アイテムがそのために誂えた棚に並んでいる。金切りノコに始まり、豚の骨を削って作られた合鍵に、同じく豚の皮で作られたオークの覆面、その他多数。

「いい加減、倉庫にしまっても良いのでは?」幾度となく、トックリにそう勧められたがペディランサスは頑なに首を横に振り続けた。

 これらの品は、ペディランサスにとって姫と我らダンジョンに住まう魔物達との戦いの果てに得た戦利品であり、脱獄を許してしまったという戒めでもあった。

 ふと、ペディランサスの脳裏に姫と出会った日のことが思い出される。王都に続く平原に一人佇んでいた姫。それを、たまたま通りかかったペディランサスが拾い上げたのだ。あれから、既に半年という刻が過ぎようとしていた。

 俄かにダンジョン内が騒がしくなる。耳障りなブザー音が廊下中に響き渡り、ペディランサスは思わず額に皺をよせた。

「また、我が棚に戦利品が一つ増えるな……いや」

 ペディランサスが顔をあげる。姫の脱獄ではない。姫を迎え入れた頃ならともかく、いまや姫の脱獄は日常茶飯事。ブザーなど鳴るはずがないのだ。ならば、とペディランサスが身構える。

 トックリがその巨体を揺らしながら駆け付け、ペディランサスへ告げたのは侵入者の襲来、王国最強の勇者によるダンジョン攻略開始の報せであった。

 勇者《ユッカ》は、王国最強の剣士である。数多の魔物を倒したその剛剣は、唯一魔王を倒せる人間として広く知られている。そんな男が、単身でダンジョンに潜り込んできた。目的はもちろん、捕らわれた王国の第一皇女サンデリアーナ姫であった。と言いたいところであるが、実はそれだけではない。

「あっ! しまった姫のドレスがクリーニングに出しっぱなしではないか!?」

ペディランサスが素っ頓狂な声をあげた。

「ちゃんと受け取ってありますよ。しかし、いま考えることですか?」

「いや、今だからこそだ。ならば、すぐに姫をドレスに着替えさせろ。それとしばしの間、姫は牢獄から外出禁止だ。トイレは今のうちに行かせておけ」

 トックリは、ペディランサスの命をそのまま連絡用の使い魔へと告げるも、その内容には首をかしげるばかりであった。その心は、「何故この非常時に姫のことを?」その一点である。
 しかし、ペディランサスは魔王軍の中でも知将と呼ばれるほどの男、否、オスである。なれば、その言の裏にはきっと何かしらの考えがあるのだろう。トックリは、そう自分に言い聞かせ頭に浮かんだ疑問符を無理やり押し込めた。

「ダンジョン内の魔物たちは控えさせろ、極力勇者を避け万全の状態で勇者をこの竜の間まで導くのだ!」

「何故ですか!? 全軍で迎え撃つべきです!」

 トックリが心に押し込めた疑問符が、容易く決壊した。ペディランサスの命令は、それだけ不合理で理解の及ばない物であったからだ。ペディランサスは声を荒げたトックリを一瞥するも、すぐにその視線を竜の間の扉の向こうへと向ける。その焦点は、どこでもない勇者に向けられていて。

「……以前、話したであろう。ワシは勇者との戦いを望んでいる。一分でも一秒でも早く、それを適えるためだ」

  悪いドラゴンに攫われた王国の姫を、勇者が単身で取り戻す。ペディランサスが幼かった遥かな太古から伝わるおとぎ話である。ペディランサスは、その誰もが知る物語に自身と同じ種族であるドラゴンが登場することが何より誇らしかった。たとえ、それが悪名であったとしても誰にも知られずほらの中で朽ち果てるなど到底耐えきれなかったのだ。

 ペディランサスは、その大きな翼を、硬い鱗を、美しい瞳を、世界中の生き物に見せたかった。魔王軍の知将として知られている今なおもってしても、その強い自己顕示欲は収まることを知らなかった。だからこそ、誰もが知るおとぎ話と同じ、このシチュエーションはペディランサスにとって絶好のチャンスだったのである。

 このシチュエーションで、いかに勇者と果敢に戦い、そして果て世界にその名を轟かせるか。いまや、ペディランサスの胸中は燃え盛る自己顕示欲に焦がれていた。姫の着衣にまで言及したのも、それゆであった。自身が倒れた後、勇者の腕に抱かれ王国に戻る姫がスウェット姿では様にならない。

「トックリよ。兵を退かせるのだ、死ぬのはワシ一人でいい」

 ペディランサスの様子から、トックリはその考えを改めさせることが無理であることを察した。そして不本意であることを隠そうともせず、荒い口調で使い魔に兵を下げさせるよう伝えるとズンズンと怒りを露わにした足取りで竜の間を出て行った。

 一人残されたペディランサスは、誰に言うでもなく謝罪の言葉を告げるのであった。
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