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第5話 『判決 被告を丸焼きの刑に処す』
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パキラによって連れてこられたのは、二足歩行をする豚の頭を持った魔物。まぎれもないオークであった。しかし、その容姿はイノシシに近いトックリとは異なり、毛の一本も生えておらず、肌も焼けた色をしている。
「……不覚」
謎のオークが、フゴフゴと声を漏らした。その声は、どこか籠っていて非常に聞きづらいものであった。
「その声、姫か?」
ペディランサスの、疑問符交じりの問いかけに謎のオークは頷いて見せる。ペディランサスにも、確信はなかった。しかし、その年不相応な言葉遣いと、姫独特の抑揚の少ない話し方にそう思わせたのだ。
パキラが、謎のオーク改め姫に近寄り顔を覗き込む。
「あ! なにこれ、豚の被り物だわ」
「なるほど、道理で見つからぬわけだ。魔物に化けているとはな。それに、どうやって牢を抜け出した」
ペディランサスの問いかけに、姫はグッと口を絞った。答える気はないという、精いっぱいの意思表示だろう。
「答えぬか。よし、パキラ嬢。姫の逃げ出した状況を詳しく教えよ」
「はい。今日の夕食を姫に持って行ったあと、膳を下げに戻ったときにはもう姿が無かったです」
「何か、気づいたことはなかったですか?」
「いえ、特には……いつも通り、お残し一つなくキレイに平らげてましたよ」
「トックリよ。姫が、料理長にリクエストしたという料理は」
ペディランサスの問いかけに、トックリはハッと気づかされた。
「豚の丸焼きでした!」
その答えに、ペディランサスが満足げに頷いた。
トックリが、おもむろに姫から被り物をはぎ取ると、こんがりと焼けたよい匂いが周囲へと漂った。その芳ばしい香りはトックリの鼻をひくひくとさせ、パキラのお腹がグウと鳴らした。
「人間の姫が、豚の丸焼きを前に頭も残さず食べきれるとは思えん。つまり、姫は豚の丸焼きを解体し被り物を作ったのだ」
「食べれる部分は、全部食べたぞ」
姫が、思わず抗議の声をあげた。
パキラが「えらいえらい」と姫の頭をなでる。だが、それでも姫の表情はぎこちない。
まるで、まだ何か言いたいことがあるかのようにペディランサスは感じた。
「では、残る謎はどうやって牢を抜け出したかですね」
「見た限り、格子は破られてませんでしたし。穴もありませんでしたよ。それに、今回はちゃんと鍵を閉めてました」
ペディランサスが「ううむ」と喉を鳴らす。
場に沈黙が降り、自然と三人の視線が姫へと向いた。
「……こちらの要求を聞いてくれるなら、全て話そう」
「のもう」
二つ返事にペディランサスが応えた。
姫は満足げに、うんうんと頷いた。
「うむ。まずは、一つアドバイスから。獄中から見えるところに、牢の鍵は置かないほうが良い」
「どうしてです?」
「鍵の形状がわかれば、開錠も容易いから」
「まさか、食事用のフォークとナイフで鍵を開けたのですか? しかし、それでは大きすぎて鍵穴には入らなかったでしょう」
「フォークとナイフを使ったのは正しい。だが、実際に鍵穴に差し込んだものは違う」
「……つまりそれは」
「そう、豚の骨」
思わず、パキラが手をパンと鳴らした。
「そうだ。妙だと思ったんです」
「妙?」
「ええ、だって人間のサンちゃんが豚の丸焼きで骨すら残さないなんてあるわけないじゃないですか」
「え、人間って骨は食べないんですか」
「あたりまえでしょ」と言わんばかりのパキラの冷たい目が、トックリに突き刺さる。その様子を黙ってみていた、ペディランサスは素知らぬふりをしながら冷や汗を流した。ペディランサスも、トックリ同様の疑念を抱いていたからだ。
「骨なんか食べない。私は、豚の骨をナイフとフォークを使って削り鍵を複製した」
「なんと器用な娘よ。しかし、そうなると何かしらの対策を打たねばならんの。しかし、フォークとナイフを没収するわけにもいかんし……」
「……要求」
「む、忘れていた。よし約束だ、申してみよ」
「一人の食事は寂しい……」
ずがーん。三人の魔物の脳裏に、稲妻が走った。
「何としたことか! 我としたことが、年端も行かぬ娘に寂しい思いをさせていたとは!」
「ペディランサス様! 食事は、サンちゃんも食堂で一緒に食べれるようにできませんか!?」
「い、いやしかし、逃走の危険性を考えるとそうやすやすと牢から出すわけには……」
「トックリさんのいじわる!」
パキラに否定されたことが、強大なダメージとなりトックリを襲う。
あまりのショックからか、トックリは放心してしまっていた。
「いや、トックリの疑念は当然であるが、今回の件を鑑みるに、姫に独りで食事させる方が脱獄の危険性が増す。なれば、監視役として誰かと共に食事をさせた方が安全と言えよう」
「た、たしかに!」
「よし、パキラ嬢。今後は、キミを食事中の姫の専属監視役に任命する。おっと、食事中は監視業務に含まれるから休憩は別途とるように」
「やったぁ! ありがとうございますペディランサス様!」
大喜びのパキラは、姫の手を取りピョンピョンと跳ね回っている。それに、姫もまんざらでもなさそうに付き合っていた。
いつのまに、この二人はこんなに仲良くなったんだという疑念をよそに、トックリは自身の上司の名采配に心振るわせていた。
ああ、姫の要求に応えながら脱獄対策を両立させたうえ、パキラさんへの配慮も怠らないとは。ペディランサス様こそ、上司の中の上司だ、と。
かくして、豚の被り物と複製した合鍵と交換に、楽しい食事の相手を手に入れた姫。
対して、あらぬ誤解と共にビンタを受けた上、パキラ嬢から『いじわる』という評価を受けてしまった中間管理職のトックリ。だがしかし、たとえ職場の女子に嫌われようとトックリの職務へかける情熱に変わりはない。
負けるなトックリ。頑張れトックリ
「……不覚」
謎のオークが、フゴフゴと声を漏らした。その声は、どこか籠っていて非常に聞きづらいものであった。
「その声、姫か?」
ペディランサスの、疑問符交じりの問いかけに謎のオークは頷いて見せる。ペディランサスにも、確信はなかった。しかし、その年不相応な言葉遣いと、姫独特の抑揚の少ない話し方にそう思わせたのだ。
パキラが、謎のオーク改め姫に近寄り顔を覗き込む。
「あ! なにこれ、豚の被り物だわ」
「なるほど、道理で見つからぬわけだ。魔物に化けているとはな。それに、どうやって牢を抜け出した」
ペディランサスの問いかけに、姫はグッと口を絞った。答える気はないという、精いっぱいの意思表示だろう。
「答えぬか。よし、パキラ嬢。姫の逃げ出した状況を詳しく教えよ」
「はい。今日の夕食を姫に持って行ったあと、膳を下げに戻ったときにはもう姿が無かったです」
「何か、気づいたことはなかったですか?」
「いえ、特には……いつも通り、お残し一つなくキレイに平らげてましたよ」
「トックリよ。姫が、料理長にリクエストしたという料理は」
ペディランサスの問いかけに、トックリはハッと気づかされた。
「豚の丸焼きでした!」
その答えに、ペディランサスが満足げに頷いた。
トックリが、おもむろに姫から被り物をはぎ取ると、こんがりと焼けたよい匂いが周囲へと漂った。その芳ばしい香りはトックリの鼻をひくひくとさせ、パキラのお腹がグウと鳴らした。
「人間の姫が、豚の丸焼きを前に頭も残さず食べきれるとは思えん。つまり、姫は豚の丸焼きを解体し被り物を作ったのだ」
「食べれる部分は、全部食べたぞ」
姫が、思わず抗議の声をあげた。
パキラが「えらいえらい」と姫の頭をなでる。だが、それでも姫の表情はぎこちない。
まるで、まだ何か言いたいことがあるかのようにペディランサスは感じた。
「では、残る謎はどうやって牢を抜け出したかですね」
「見た限り、格子は破られてませんでしたし。穴もありませんでしたよ。それに、今回はちゃんと鍵を閉めてました」
ペディランサスが「ううむ」と喉を鳴らす。
場に沈黙が降り、自然と三人の視線が姫へと向いた。
「……こちらの要求を聞いてくれるなら、全て話そう」
「のもう」
二つ返事にペディランサスが応えた。
姫は満足げに、うんうんと頷いた。
「うむ。まずは、一つアドバイスから。獄中から見えるところに、牢の鍵は置かないほうが良い」
「どうしてです?」
「鍵の形状がわかれば、開錠も容易いから」
「まさか、食事用のフォークとナイフで鍵を開けたのですか? しかし、それでは大きすぎて鍵穴には入らなかったでしょう」
「フォークとナイフを使ったのは正しい。だが、実際に鍵穴に差し込んだものは違う」
「……つまりそれは」
「そう、豚の骨」
思わず、パキラが手をパンと鳴らした。
「そうだ。妙だと思ったんです」
「妙?」
「ええ、だって人間のサンちゃんが豚の丸焼きで骨すら残さないなんてあるわけないじゃないですか」
「え、人間って骨は食べないんですか」
「あたりまえでしょ」と言わんばかりのパキラの冷たい目が、トックリに突き刺さる。その様子を黙ってみていた、ペディランサスは素知らぬふりをしながら冷や汗を流した。ペディランサスも、トックリ同様の疑念を抱いていたからだ。
「骨なんか食べない。私は、豚の骨をナイフとフォークを使って削り鍵を複製した」
「なんと器用な娘よ。しかし、そうなると何かしらの対策を打たねばならんの。しかし、フォークとナイフを没収するわけにもいかんし……」
「……要求」
「む、忘れていた。よし約束だ、申してみよ」
「一人の食事は寂しい……」
ずがーん。三人の魔物の脳裏に、稲妻が走った。
「何としたことか! 我としたことが、年端も行かぬ娘に寂しい思いをさせていたとは!」
「ペディランサス様! 食事は、サンちゃんも食堂で一緒に食べれるようにできませんか!?」
「い、いやしかし、逃走の危険性を考えるとそうやすやすと牢から出すわけには……」
「トックリさんのいじわる!」
パキラに否定されたことが、強大なダメージとなりトックリを襲う。
あまりのショックからか、トックリは放心してしまっていた。
「いや、トックリの疑念は当然であるが、今回の件を鑑みるに、姫に独りで食事させる方が脱獄の危険性が増す。なれば、監視役として誰かと共に食事をさせた方が安全と言えよう」
「た、たしかに!」
「よし、パキラ嬢。今後は、キミを食事中の姫の専属監視役に任命する。おっと、食事中は監視業務に含まれるから休憩は別途とるように」
「やったぁ! ありがとうございますペディランサス様!」
大喜びのパキラは、姫の手を取りピョンピョンと跳ね回っている。それに、姫もまんざらでもなさそうに付き合っていた。
いつのまに、この二人はこんなに仲良くなったんだという疑念をよそに、トックリは自身の上司の名采配に心振るわせていた。
ああ、姫の要求に応えながら脱獄対策を両立させたうえ、パキラさんへの配慮も怠らないとは。ペディランサス様こそ、上司の中の上司だ、と。
かくして、豚の被り物と複製した合鍵と交換に、楽しい食事の相手を手に入れた姫。
対して、あらぬ誤解と共にビンタを受けた上、パキラ嬢から『いじわる』という評価を受けてしまった中間管理職のトックリ。だがしかし、たとえ職場の女子に嫌われようとトックリの職務へかける情熱に変わりはない。
負けるなトックリ。頑張れトックリ
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