ユズリハあのね

無限ユウキ

文字の大きさ
上 下
9 / 19

「頭上に輝く星々は」

しおりを挟む
 ——前略。

 ユグードの夜ってとってもキレイなんですよ。ほのかに光る陽虫がまるで星空のように煌めいて、澄み切った空気が体の隅々を浄化してくれるみたいです。

 明るい時間とはまた違った顔を見せる街並みは、同時に新たな発見を運んでくれます。夜行性の動物たちが活動を始めて、ときおり視界の隅を通過したりもします。

 空から降り注ぐ輝きをこの瞳に焼き付けて、目を瞑ればいつでも見れる。そうなれば、心行くまでこの絶景を楽しめるのにね。

 でもそれができないからこそ、この景色はここまでキレイに見えるのかもしれません。

 写真や動画ではなくて、自分の目で見て肌で感じるからこそ、価値があるから……ですかね?

 草々。

 森井もりいひとみ——3023.5.3



   ***



 街を明るく彩る陽虫も眠りについて、全体的に暗くなったユグードには、わずかに残った夜更かしな陽虫が所在なさげに漂って星空のようにまたたいています。

 さすがにそれだけでは暗すぎるので、街灯として昼間の光を吸収して輝く〝夜虹石やこうせき〟と呼ばれる石が街に明かりを灯してくれていました。

 巨木の幹をくり抜いて作られた家々から漏れる点々とした明かりも、街の彩りに一役買っています。

「ふんふんふ~ん♪」

 暗くなったばかりでまだ人が行き交う街並みを、瞳は鼻歌交じりに歩きます。嬉しそうに微笑んで、ずいぶんとご機嫌な様子。何かいいことがあったのかもしれません。

 いつもは瞳についていくように漂う陽虫のヨウちゃんも、この時間には眠りについているのか、その姿は見えません。だからこそ、こうして堂々と街中を歩けるのですが。

 特に目的もなく歩いていると、

「あら? 瞳じゃないの」
「あ、ヒカリちゃん~! こんばんわ~」

 そこで偶然に出くわしたのは、水色の髪を側頭部で輪っかのように結った女の子、火華裡ひかりでした。何度かヌヌ工房に遊びにきてくれていますが、街中で会うのは初めてです。

 歳は瞳の一つ上ですが、ヤッホー、と気軽に反応してくれました。

「あんたこんなところでなにしてんの?」
「えへへ~、お散歩だよ~」

 手を合わせてほんわりと笑いながら言う少女に、火華裡は首をかしげました。

「お散歩って、この時間に? なにもないわよ?」
「え~? そんなことないよ~」

 火華裡は【緑星リュイシー】育ちの女の子。物心つく前から見続けている景色なので、これといって思うところはないのでしょう。

 ですが瞳にとっては未知の惑星ほし。降り立ってからまだそれほど時間も経っていませんから、可能な限り出歩いて少しでも見聞を広めたいのです。

「ステキな出逢いを求めて散策だよ。お客さんとのお喋りにも役立つかもしれないし」
「ふーん。で、その『ステキな出逢い』とやらはあったの?」
「ヒカリちゃんに逢えたよ!」
「即答すな! こっちが照れるからやめい!」
「あう」

 コツンと優しく手刀チョップが降ってきます。ノーダメージです。でもお互いに本心です。

 瞳は頭を押さえながら、

「よかったらヒカリちゃんも一緒にどお? 楽しいよ~」

 と夜道のお散歩に誘います。治安は悪くないので女の子だけでも安心安全です。

 しかし、火華裡はすぐに別の危険に気付きました。

「あたしにはその楽しさはわかりそうにないわ。でもあんた一人で出歩かせると迷子になりそうだから、特別についてってあげる」
「わ~い! お散歩仲間が増えたあ!」

 火華裡が仲間に加わった! 瞳のテンションが5上昇した!

 お散歩を再開した少女二人は、当てもなく歩を進めます。ポケ~っと夜空を見上げながら歩く瞳に、火華裡は注意を促します。

「瞳、ちゃんと前見ないと転ぶわよ」
「あいりょーう」

 大丈夫、と答えたかったようですが、口が閉じきらなくて変な感じになっていました。

 自然に生えた木が家となっているので、まっすぐな道などありません。根っこの影響でボコボコしたところもあります。

 もし躓きそうになったり、ぶつかりそうになったら助けてあげればいいか。

 心優しき火華裡は足元を見ない友達の代わりの目として、ペースを合わせて隣を歩きます。

 チラリと気まぐれに見上げてみても、やっぱり火華裡にはその楽しさがわかりません。

 上には疎らな陽虫と、生い茂る大きすぎる葉っぱが本物の空を遮っています。稀に翼を持つ生き物が通過するくらいで、めぼしい変化はありません。

「ね~ヒカリちゃん」
「なに?」
「まだいくらか陽虫が光ってるけど、なんでかな~?」
「さあ」

 そっけない返事が返ってきますが、瞳は気にした様子はありません。

 少し間を置いてから、

「一説には、夜になっても光ってる陽虫は若いんじゃないかって言われてるわね」
「ほへ~……」

 さあ、と言いつつもちゃんと答えてくれました。やっぱり優しい。それが火華裡という女の子。それを既に知っているからこそ、瞳はそっけなくされても気にしなかったのかもしれません。

「それがどうしたの?」
「上で光ってる子と比べると、ヨウちゃんって消えるの早いなってふと思って」
「ヨウちゃんって……あんたに懐いてる陽虫だっけ? そういえばいないわね」

 言われてヨウちゃんが瞳にくっついていないことに気付く火華裡。くっついていたところで今更どうするわけでもありませんが、出逢ったときにはすでに懐いている状態だったので、もはや一緒にいるのが当たり前のように感じていました。

「ヨウちゃんって実はお年寄りなのかな?」
「『一説』って言ったでしょ。あまり鵜呑みにしないこと」

 逆に、最後の力を振り絞って光り輝いているのではないか、という説もあるくらいなので、確かに鵜呑みにはできないのです。他にも蛍のような求愛行動なのでは? という説もあります。

 二人は徐々に人通りの少ない道へ入ってきていますが、火華裡がしっかりと道を把握しているので大丈夫。頼りになります。

「この空のどこかにヨウちゃんの家族がいるんだよね」
「かもね。陽虫の生息域はこの森だけだから」

 星間船のステーションからここまでの光景を思い返しますが、確かに陽虫らしき虫を見かけた記憶はありません。陽虫の生息域は相当に限定的のようでした。

 そのまま他愛もない話を続けたり、ただ無言の時を過ごしたりしていましたが、やがて火華裡は歩みを止めました。

「瞳」
「あい?」

 これ以上人気のない場所へ行ってしまうと、本当に何かあったときに対処できない。そう考えた火華裡はぼんやりと歩き続ける瞳を呼び止めたのです。

「そろそろ戻るわよ。少し街から離れすぎたし、帰りが遅いとセフィリアさんも心配するでしょ」
「……それもそうだね~」

 くるりと反転して、もと来た道を戻ります。

 もし声をかけなかったら、そのままどこまでもまっすぐに歩いていたかもしれません。

 セフィリアの天使のような笑顔が困った顔になっているのを想像した瞳は言いました。

「セフィリアさんは心配させたくないよね~」
「それって、あたしなら心配させてもいいってことかしら?」

 揚げ足をとって責めるように返す火華裡ですが、言葉には冗談の色が含まれています。本気で言っているわけではないのです。

「そうじゃないよ~……ヒカリちゃんはむしろ心配だからついてきてくれたんでしょ? ありがとね~」
「……べ、別に?」

 目をそらして、わかりやすく照れ隠しする火華裡なのでした。

「そういやあんた、えらく上機嫌だったけど、なにかあったの?」

 話題をそらして逃げる火華裡ですが、追撃するようなことはしない瞳。と言いますか、待ってましたと言わんばかりに笑顔を咲かせます。

「よくぞ聞いてくれました~! 今日ね、セフィリアさんに褒められて、そろそろ次のステップに行っても大丈夫そうね、って言われたの~!」
「へぇ、よかったじゃないの」

 実は火華裡も師匠に似たようなことを言われていました。なんともタイムリー。しかし自分の話ではないため、おとなしく賞賛するだけにとどめます。

「それで妙にご機嫌だったのね」

 ただ褒めてもらえたことが嬉しくて、それで興奮冷めやらず、体を夜風に晒しても収まることはありませんでした。

 それくらい、瞳にとっては大きな出来事だったのです。

 時間はかかれど着実に成長している。その証拠が目に見える形でやってきたのですから。

 人通りの多い道まで戻ってきた二人は、またね、と軽い挨拶をして別れ、それぞれの帰途へ着いたのでした。



   ***



 ——前略。

 夜には出逢いが待っている。そんな予感は間違いではありませんでした。【地球シンアース】では見られない夜景をお友達と見る……これほど嬉しさに満ちた時間はありませんよね。

 明日から修行は次のステップに移ることになりました。延々と簡単な図形を彫り続けることから、もう少し複雑な絵を彫ってみるのだとか。

 絵なら多少は自信がありますから、このステップは思ったより早くクリアできちゃうんじゃないかな~……なんて。

 浮かれちゃってますかね? わたし。

 早く明日にならないかな~。

 草々。

 森井瞳——3023.5.3
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Birds

遠野
キャラ文芸
突如として、鳥が人を襲い始めた。 その現状を打破したのも、また鳥であった。 「初めまして、カラスです」 人の姿となったカラスと、原因究明を依頼された教授は、 事件の真相を追う。

意味のないスピンオフな話

韋虹姫 響華
キャラ文芸
本作は同列で連載中作品「意味が分かったとしても意味のない話」のスピンオフ作品に当たるため、一部本編の内容を含むものがございます。 ですが、スピンオフ内オリジナルキャラクターと、pixivで投稿していた自作品とのクロスオーバーも含んでいるため、本作から読み始めてもお楽しみいただけます。 ──────────────── 意味が分かったとしても意味のない話────。 噂観測課極地第2課、工作偵察担当 燈火。 彼女が挑む数々の怪異──、怪奇現象──、情報操作──、その素性を知る者はいない。 これは、そんな彼女の身に起きた奇跡と冒険の物語り...ではない!? 燈火と旦那の家小路を中心に繰り広げられる、非日常的な日常を描いた物語なのである。 ・メインストーリーな話 突如現れた、不死身の集団アンディレフリード。 尋常ではない再生力を持ちながら、怪異の撲滅を掲げる存在として造られた彼らが、噂観測課と人怪調和監査局に牙を剥く。 その目的とは一体────。 ・ハズレな話 メインストーリーとは関係のない。 燈火を中心に描いた、日常系(?)ほのぼのなお話。 ・世にも無意味な物語 サングラスをかけた《トモシビ》さんがストーリーテラーを勤める、大人気番組!?読めば読む程、その意味のなさに引き込まれていくストーリーをお楽しみください。 ・クロスオーバーな話 韋虹姫 響華ワールドが崩壊してしまったのか、 他作品のキャラクターが現れてしまうワームホールの怪異が出現!? 何やら、あの人やあのキャラのそっくりさんまで居るみたいです。 ワームホールを開けた張本人は、自称天才錬金術師を名乗り妙な言葉遣いで話すAI搭載アシストアンドロイドを引き連れて現れた少女。彼女の目的は一体────。 ※表紙イラストは、依頼して作成いただいた画像を使用しております。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鎮魂の絵師

霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...