ユズリハあのね

無限ユウキ

文字の大きさ
上 下
8 / 19

「時間の流れは穏やかに」

しおりを挟む
 ——前略。

 もうすぐ5月に入りますね。5月といえば、【地球シンアース】では五月病なる病が毎年大流行しますけど、今年は多分大丈夫なんじゃないかな~って思います。

 だって毎日が楽しくて、倦怠感なんか吹き飛んじゃうんですもん。退屈にしている時間がもったいないくらいです。

 胸を張れるほどのものではありませんが、着実に実力をつけていると思います。セフィリアさんにも「上手になってきたわねえ」って言ってもらえましたし。ちょっとばかりの自信にもなりました。

 もし見せても恥ずかしくない物が作れるようになったら、写真とか送りますね。

 それでは、またメールします。

 森井もりいひとみ——3023.4.30



   ***



 とても穏やかな時間が流れる惑星ほし緑星リュイシー】。
〝森林街〟ユグードに暮らす人々はみな優しい笑顔に包まれています。

 この街は〝芸術の街〟としても知られていて、様々な工芸品が数多くあります。それゆえに、観光名所としても宇宙中に名を馳せていました。観光客は持って帰るお土産に1日頭を悩ませるのが恒例になっているほどです。

 そこにある木工品を扱うお店〈ヌヌ工房〉から、珍しく慌ただしい悲鳴が轟きました。そしてドタドタと騒がしい音も。

「せせせ、っセフィリアさん~っ」

 騒音の犯人は、新人で見習い過程邁進まいしん中の森井瞳でした。普段はほわわんとした印象がありますが、そんな彼女がここまで慌てるなんて、いったいどうしたのでしょうか?

「あらら、瞳ちゃん? どうしたの朝早くからそんなに慌てて」

 対するセフィリアはいつものように落ち着いた物腰。

 三階にある自室から駆け下りるようにセフィリアの部屋へ飛び込む瞳の手には、分厚めの紙束が握られています。

 後から遅れて、陽虫のヨウちゃんもふわりふわりと漂ってきて、瞳の頭上に止まります。

 窓辺でフクロウのヌヌ店長と共に読書を嗜んでいたセフィリアは、不思議そうに首をかしげました。

 ヌヌ店長の宇宙が宿った眼にも、疑問の色が浮かびます。

「こ、これ~! これ、どういうことなんです~?!」

 瞳が指差す紙には大きい数字が一つ。そして細かい数字が約30個連なったそれは——カレンダー。

 一枚に二ヶ月分の暦が印刷されたものですが、特段変わったところは見受けられません。むしろ瞳の様子がおかしいことしか見受けられません。

 どういうことなんですって、どういうことなんです? と逆に聞きたいくらいです。

「なにか変かしら? 年度は……ちゃんと合ってるみたいだけど?」

 小さく『3023』と書かれているので、去年のカレンダーを使っているとか、そういったミスはしていないようです。

 ではこのカレンダーのどこに瞳が騒ぐ要素があるというのでしょう?

「5月に入ったからカレンダーめくろうと思ったら、異様に分厚いな~って思って、それでなにげなく後ろの方めくってみたら……みたら~……」

 カレンダーの終盤を探して開いて、セフィリアにグイッと見せつけます。

「これ、『36月』とかあるんですけど~?! なんですか『36月』って~?! 印刷ミスとかです??」
「ああ、それね。ふふふ、そんなに驚くようなことじゃないのよ。間違ってもいないわ」

 大いに慌てている理由を悟り、柔らかく言いました。

「……ほへ?」

 セフィリアは相も変わらずにこかな笑みを浮かべて、気が動転している瞳を落ち着けます。髪の毛と一緒に脳内まで爆発してしまっては大変です。

 確かに【地球シンアース】では一年は12ヶ月ですが、【緑星リュイシー】だと一年はその三倍の36ヶ月もあるのです。

 これは決してカレンダーが間違っているわけではなく、瞳の【緑星リュイシー】についての常識が抜けているだけでした。

「【緑星リュイシー】はね、【地球シンアース】と比べると公転周期が三倍あるだけで、あとはほとんど一緒なの。1日は24時間だし、四つの季節が巡って一年」
「そ、そうなんですか……?」
「ええそうよ♪」
「はへ~……びっくりしました~……」

 ヘナヘナと萎れるように床にへたり込む瞳。冷静になって考えてみればわかりそうなことですが、〝数字については考えたくない系女子〟なので、脳内メモリーはパンク寸前でした。

「ええ~……? てことは~……?」

 跳ねた癖っ毛をイジイジしながら中空を見つめます。瞳が考え事をするときの幼い頃からの癖です。

「3ヶ月で一つの季節が過ぎて、その三倍だから……9ヶ月ですか~?!」
「そうなるわねえ。春も夏も秋も冬も、それぞれ9ヶ月かかるわ」

 嬉しいような、そうでないような。

 一つの季節を長い間楽しむことができる反面、次の季節がやってくるのも相応に遅れるということですから。

「なんだか時間がイタズラしてるみたいです~」
「ふふふ。だからこそこの街の人は穏やかなのかもしれないわね。のんびりとしていて、私は好きよ?」

 ゆっくりと時が過ぎていく感覚は、あながち間違ってもいないようでした。

 それはそれとして、素朴な疑問が一つ。

「誕生日とかはどうなるんですか~?」

 一年が【地球シンアース】の三倍あるということは、歳を重ねる速度は三分の一、ということになります。

 修行仲間でお友達の火華裡ひかりが一つ上の19と言っていましたが、もしかして瞳の三倍の時間を生きているということになるのでは?

 19の三倍ですから、【地球シンアース】的には57歳ということに。いろいろ教えてくれたおばあちゃんに至っては88歳と言っていましたから、264歳?

 とんだバケモンです。

 瞳の脳内ではここまで具体的な数字は見えていませんが、なんかすごいことになっている、くらいには理解していました。

「誕生日はね、たまに私もわからなくなるんだけれど、【地球シンアース】が基準とされているから、365日で一つ歳を重ねるのよ。つまり、【緑星リュイシー】では一年に三回の誕生日がやってくるの」
「ほへ~……」

 ちょっと一安心。瞳は胸を撫で下ろしました。先日は人生の大先輩に髪の毛いじって遊ぶというとんでもない失礼を働いてしまったのかとヒヤヒヤしてしまいましたが、大丈夫でした。

 見た目通りで年相応。ただ単に季節の移り変わりが遅いだけなんだと理解し、いつもの平穏な時間が戻ってきます。

「三回も自分が生まれた瞬間を祝えるって、なんかステキですね。わたし【緑星リュイシー】のこと、もっと好きになりました~」
「ふふふ。それは嬉しいわね♪」

 パタンと呼んでいた本を閉じ、セフィリアは席を立ちます。

「それじゃ、瞳ちゃんが少し賢くなったところで、朝ごはんにしましょうか?」
「あい~!」

 つられて台所に行こうとして、まだパジャマだったことを思い出し、自室に戻ってまたバタバタと慌ただしく駆け回る音が階下へ響きます。

 天井からの振動と「わひっ?! あうぅ~……ふ!!」という足の小指でもぶつけたらしい呻き声を聞いて、

「……瞳ちゃんは、五月病とは無縁そうねえ」

 微妙な笑みで呟くのです。

 ヌヌ店長も同じことを思ったのか、目を細めてウンウンを頷いてみせるのでした。



   ***



 ——前略。

 少し驚いたこともあって朝からバタバタしてしまいましたが、今日も無事乗り切りました。

 時間の感覚って不思議ですよね。みんな平等なはずなのに、その日の用事や調子や気分によって、いろんな流れに変わるなんて、まるで風みたい。

 気温、気圧、位置で温度や風速や風向きが変わる、みたいな感じで、いろんな表情を持っています。わたしが遅く時間を感じても、他の人には早く感じたりとか……。でも風は風で、時間は時間。

 このメールも、届くまでには時間がかかりますけど、人の想いが届くのには時差ってあるのでしょうか?

 時を超えて、空間を超えて、なによりも早く届く……人の気持ち。

 もしそうなら……なんだか、とってもステキじゃありませんか?

 ヒカリちゃんがいたら「こっちが照れるからやめい!」って怒られちゃいそうですけど、わたしは信じています。

 心はなにもかもを突き破って、どんなものにだって届く。それが例え人ではなくっても。

 な~んて、わたしらしくなかったですね。心配しなくても、とっても元気ですよ!

 それでは、またメールしますね。

 草々。

 森井瞳——3023.5.1
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Birds

遠野
キャラ文芸
突如として、鳥が人を襲い始めた。 その現状を打破したのも、また鳥であった。 「初めまして、カラスです」 人の姿となったカラスと、原因究明を依頼された教授は、 事件の真相を追う。

意味のないスピンオフな話

韋虹姫 響華
キャラ文芸
本作は同列で連載中作品「意味が分かったとしても意味のない話」のスピンオフ作品に当たるため、一部本編の内容を含むものがございます。 ですが、スピンオフ内オリジナルキャラクターと、pixivで投稿していた自作品とのクロスオーバーも含んでいるため、本作から読み始めてもお楽しみいただけます。 ──────────────── 意味が分かったとしても意味のない話────。 噂観測課極地第2課、工作偵察担当 燈火。 彼女が挑む数々の怪異──、怪奇現象──、情報操作──、その素性を知る者はいない。 これは、そんな彼女の身に起きた奇跡と冒険の物語り...ではない!? 燈火と旦那の家小路を中心に繰り広げられる、非日常的な日常を描いた物語なのである。 ・メインストーリーな話 突如現れた、不死身の集団アンディレフリード。 尋常ではない再生力を持ちながら、怪異の撲滅を掲げる存在として造られた彼らが、噂観測課と人怪調和監査局に牙を剥く。 その目的とは一体────。 ・ハズレな話 メインストーリーとは関係のない。 燈火を中心に描いた、日常系(?)ほのぼのなお話。 ・世にも無意味な物語 サングラスをかけた《トモシビ》さんがストーリーテラーを勤める、大人気番組!?読めば読む程、その意味のなさに引き込まれていくストーリーをお楽しみください。 ・クロスオーバーな話 韋虹姫 響華ワールドが崩壊してしまったのか、 他作品のキャラクターが現れてしまうワームホールの怪異が出現!? 何やら、あの人やあのキャラのそっくりさんまで居るみたいです。 ワームホールを開けた張本人は、自称天才錬金術師を名乗り妙な言葉遣いで話すAI搭載アシストアンドロイドを引き連れて現れた少女。彼女の目的は一体────。 ※表紙イラストは、依頼して作成いただいた画像を使用しております。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

愚妃の進言〜朱慶国炎駒伝〜

ミダ ワタル
キャラ文芸
国土は三つに割れて争う戦乱の世。 三つの国の内、益々隆盛さを増す朱慶国の王が七番目の妃を迎えたが、山で育った粗暴で愚かな姫だと人々に噂されていた。 「お前の問いかけは賢人の問いかけが深遠過ぎるそれに似て、凡庸な者には解せぬのだよ」 やがて全土統一を果たす国の賢王母となる少女と王の若き日の話。

鎮魂の絵師

霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

処理中です...