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「お友達」
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——前略。
ヨウちゃんは相変わらずふよふよとわたしの周りを明るく照らしてくれています。
木の板を彫り続ける修行のときも手元を照らしてくれて助かっちゃってるくらいなんですよ。
時間も遅くなってくると徐々に光が小さくなっていって、気付くといなくなってて、朝起きるとまたそこにいるという、なんとも摩訶不思議な子です。一緒に過ごしてわかったのですが、食事は必要としないみたい? です。
夜の時間、植物みたいにどこかから栄養を摂取しているのかもしれないわね、とセフィリアさんが言ってました。
なんだか本当に妖精さんみたい。
新生活が始まって日は浅いですけど【緑星】にはまだまだ、恥ずかしがり屋さんな秘密がたくさんかくれんぼしていそうです。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳——3023.4.22
***
「ふいぃ~~……」
木工品取扱店〈ヌヌ工房〉に長い長い吐息が渦巻きました。吐息は前髪を揺らし、大量生産された木屑を左右に押し分けます。ため息ではないので幸せは逃げていません。
「ふふふ。ちょっと休憩にしましょうか」
「あい~……」
若葉色の制服に身を包んだ二人が、対照的な表情を浮かべています。
肺の空気を吐き出して全力で脱力しているのは、森井瞳。焦げ茶の髪を花火のように弾けさせ、クリクリとした目を持つほわわんとした雰囲気の女の子。ただいま修行中の身で、絶賛見習い過程を邁進中です。
対してにっこりと天使のような微笑みをたたえているのはセフィリア。瞳の大先輩兼師匠。薄緑の長髪をやんわりと編んだ優しさの化身のような人で、いまのところ笑顔以外の表情を見たことはありません。
「私はヌヌ店長のごはんを用意してくるわね。瞳ちゃん、その間お店のほうお願いできる?」
「あい! 任せてください~!」
先日のおばあちゃんの接客で経験を積みましたから、お店番はお手の物。その後にやってきたお客さんにもしっかりと挨拶できましたし、自信もつきました。
「それじゃあ、よろしくね」
ごはんという単語を聞きつけたフクロウのヌヌ店長が、嬉々としてセフィリアの後を追いかけて奥の部屋へと姿を消していきました。
最初はちっともヌヌ店長の言いたいことや考えていることはわかりませんでしたが、最近になって少しだけ、ヌヌ店長の感情を読めるようになってきたような気がします。
それでもまだまだ、セフィリアのような意思疎通とまではいきませんが。
「キミもヌヌ店長くらいわかりやすかったらよかったんだけどね」
ニコリと笑む瞳は、漂うヨウちゃんをちょんと突きます。くすぐったそうにふわりと瞳の周りを飛び回ると、急に光度を落とし、背後に隠れてしまいました。
いったいどうしたのでしょうか?
「はれ? ヨウちゃん?」
いきなりな行動に驚きの声を上げる瞳でしたが、すぐにその原因がわかりました。
カコカコカコン……。
木製のドアベルが乾いた音色で囁きます。お客さんがやってきたよ、と。どうやら人の気配を察したから隠れたようです。
お店に入ってきたお客さんは、瞳とそう歳の変わらない女の子でした。
と言いますか、どこかで見たことがあるような気がします。
そうです、思い出しました。ヨウちゃんが降ってくる直前に目が合った女の子です。
「あ、い、いらっしゃいませ~」
その女の子は、どこか難しそうな顔をしていました。
気の強そうな切れ目の双眸に堂々とした立ち姿。前髪は目の上で切り揃えられていて、水色の艶やかな長髪を左右で輪っかになるように結った出で立ちで、なにもかもが瞳と正反対でした。
両手に手袋をつけ、緑色のどこかの制服らしい格好をしているので、〝見習い〟という点では瞳と同じなのかもしれません。
あのときは遠目だったので、同じくらいの歳、くらいしかわかりませんでしたが、その特徴的なシルエットには見覚えがありますので、まず間違いないでしょう。
少女は商品を眺めながら、ときおり手にとって眺めながら、ゆっくりと店内を徘徊します。どことなく〝近寄るなオーラ〟を発していて妙な緊張感が漂います。
が、残念ですが瞳にそのような壁は無意味だったのです。
うさぎの小物を手に取って眺めている少女に歩み寄って、
「あの~」
と、あっけなく声をかけるのでした。お客さんからしたら「ちっ、空気読めよ」と思わずにはいられない状況ですが、そのあたり常識知らずなのが、森井瞳というちょっと残念な女の子なのです。
「……なに?」
不機嫌を隠そうともせず、声だけで反応します。視線はあくまでセフィリアが作った小物に注がれるのです。
見つめられるうさぎの小物に意思があったなら、鋭い眼光に逃げ出したくなっているに違いありません。きっと冷や汗タラタラです。
「それ、かわいいですよね~」
「そうね」
「セフィリアさんが作ったんですよ。あ、セフィリアさんって言うのは——」
「知ってる」
「あ、知ってましたか~。わたしセフィリアさんに教えてもらって、ここで修行してる森井瞳って言います~。よろしくお願いします~」
握手を求めて手を差し出す瞳ですが、一瞥するのみで少女の手は別の作品に伸びます。うさぎは鋭い眼光と手から解放されてホッとしているに違いありません。きっと喜びに跳ね回っていることでしょう。
次の餌食になる獲物はどれなのか。
ファンシーで可愛らしい小物たちが恐怖に打ち震えますが、少女が別の作品を手に掴む前に、瞳がその手を掻っ攫うように無理やり握手。小物たちには、瞳のことが救世主のように映ったかもしれません。
「ちょ……なにするのよ!」
「実は同年代の子がいなくて、友達が欲しかったんです~。わたしと友達になってくれませんか?」
「…………ぅ」
突然のお誘いに面食らって困惑する少女ですが、つながる手をじっと見つめ、しばしの思案で沈黙が舞い降ります。
瞳は手を離さず、目を離さず、少女が口を開くのを待ちました。簡単には逃しません。恐ろしい子です。こんなクリクリの目で見つめられたら、誰でもたじろいでしまうでしょう。
そしてついに、少女は答えにたどり着きました。
「……わかった。友達」
「やた~!」
瞳は握った手を上下に振り回して、喜びをあらわにします。振り回されるほうはたまったものじゃありませんが。
「ね~ね~名前教えて! 名前!」
「火華裡」
「ヒカリちゃんか~! ステキな名前だね! わたしは森井瞳っていうの、よろしくね~!」
「知ってる」
半ば無理やりですが、新たに友達ができたことがよほど嬉しかったのか、クルクル回ってジタバタして、子供のようなはしゃぎっぷり。
「あらあら瞳ちゃんどうしたの? 随分と嬉しそうだけど——あら?」
ヌヌ店長のご飯を用意して戻ってきたセフィリアが、訪れていたお客さんを視界に入れて嬉しそうに微笑みます。
火華裡はガチン、と急に固まってしまいました。
「セフィリア……さん!」
「火華裡ちゃんじゃない。いらっしゃい」
「お、お邪魔してます……!」
セフィリアの姿を見るやいなや、姿勢を正す火華裡。瞳のときとは大違いの態度です。そして口ぶりから察するに、二人はすでに知り合いのようです。
「ふふふ。もしかしてさっそくお友達になったのかしら?」
「あい! こっちに来てから初めてのお友達です~!」
「それで嬉しそうだったのね。火華裡ちゃん、仲良くしてあげてね」
「も、もちろんです!」
ビシッ! という音が聞こえてきそうな一礼を見せる火華裡。セフィリアに対して、えらくかしこまっています。
瞳は天を仰ぐようにして、両手をいっぱいに広げて喜びを表しています。狭い店内では邪魔になるので、良い子は控えましょう。
「もしかして、『ステキななにか』ってヒカリちゃんと出逢うことだったのかもしれないね~!」
「ふふふ。陽虫の言い伝えのことね? きっとそうに違いないわ」
「陽虫? 言い伝え?」
話についていけない火華裡は右へ左へ頭をかたむけて「?」を浮かべます。
イタズラの種明かしをするように、ニンマリとした笑みを浮かべた瞳はクルリと振り返って背を向けます。
「ほら、この子見て! ヨウちゃんだよ!」
そこには隠れるようにしてヨウちゃんが張り付いていました。まだ見つかっていないと思っているのか、ジッとしています。
「これ、陽虫じゃない……!」
静かに驚きの声を上げる火華裡はマジマジと背中に張り付いた白い毛玉のような虫を眺めます。いまは光っていないので、遠目に見れば綿がくっ付いているようにしか見えないでしょう。
鋭い眼光で見られていることにようやく気付いたヨウちゃんは、慌てて反対側——瞳の胸のほうに隠れました。
「あらら~、大丈夫だよヨウちゃん。ヒカリちゃんは怖くないから」
優しく包み込んで、顔の前に持って行きます。火華裡も物珍しい陽虫に興味津々でした。
「物を大切にする凄く優しい人だよ。だから怖がらないで?」
「あんた、あたしのどこを見てそんなことを……」
「さっきだよ? 品物を扱う手付きがすごく丁寧だったから」
「…………ぁ、ぅ……」
ほわわんとしてどこか抜けているように見えるくせに、見ているところは見ていて、火華裡は恥ずかし気に言葉に詰まってしまいます。
「……そういうの、こっちが照れるからやめい」
「あうっ」
行き場を失った恥ずかしさは、手刀となって瞳の額にコツンと降り注ぐのでした。
全然痛くなくて、やっぱり思いやりのある子だな~と思う瞳は、実にいい笑顔を浮かべていたのです。
***
——前略。
報告いたします! わたし、お友達ができちゃいました~!
ヒカリちゃんという女の子で、同い年と思っていたらひとつ上でした……わたし、いきなり失礼なことをしてしまったけど、別にいいわよ、とお許しをもらいました。やっぱり〝ユグード〟の人たちはみ~んな優しいですね。
強引なお誘いだったという自覚はあったのですが、どうしてオッケーしてくれたのか聞いてみたら、「堂々とセフィリアさんに会えるからよ」と、なかなかにストレートな返事が……。
ヒカリちゃんはセフィリアさんのことが好きなようです。もちろん、わたしも好きですよ~!
新しいお友達もできて、これからの生活がさらに楽しくなりそうです。
これも、ヨウちゃんがステキを運んできてくれたおかげかもしれません。
ではでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳——3023.4.23
ヨウちゃんは相変わらずふよふよとわたしの周りを明るく照らしてくれています。
木の板を彫り続ける修行のときも手元を照らしてくれて助かっちゃってるくらいなんですよ。
時間も遅くなってくると徐々に光が小さくなっていって、気付くといなくなってて、朝起きるとまたそこにいるという、なんとも摩訶不思議な子です。一緒に過ごしてわかったのですが、食事は必要としないみたい? です。
夜の時間、植物みたいにどこかから栄養を摂取しているのかもしれないわね、とセフィリアさんが言ってました。
なんだか本当に妖精さんみたい。
新生活が始まって日は浅いですけど【緑星】にはまだまだ、恥ずかしがり屋さんな秘密がたくさんかくれんぼしていそうです。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳——3023.4.22
***
「ふいぃ~~……」
木工品取扱店〈ヌヌ工房〉に長い長い吐息が渦巻きました。吐息は前髪を揺らし、大量生産された木屑を左右に押し分けます。ため息ではないので幸せは逃げていません。
「ふふふ。ちょっと休憩にしましょうか」
「あい~……」
若葉色の制服に身を包んだ二人が、対照的な表情を浮かべています。
肺の空気を吐き出して全力で脱力しているのは、森井瞳。焦げ茶の髪を花火のように弾けさせ、クリクリとした目を持つほわわんとした雰囲気の女の子。ただいま修行中の身で、絶賛見習い過程を邁進中です。
対してにっこりと天使のような微笑みをたたえているのはセフィリア。瞳の大先輩兼師匠。薄緑の長髪をやんわりと編んだ優しさの化身のような人で、いまのところ笑顔以外の表情を見たことはありません。
「私はヌヌ店長のごはんを用意してくるわね。瞳ちゃん、その間お店のほうお願いできる?」
「あい! 任せてください~!」
先日のおばあちゃんの接客で経験を積みましたから、お店番はお手の物。その後にやってきたお客さんにもしっかりと挨拶できましたし、自信もつきました。
「それじゃあ、よろしくね」
ごはんという単語を聞きつけたフクロウのヌヌ店長が、嬉々としてセフィリアの後を追いかけて奥の部屋へと姿を消していきました。
最初はちっともヌヌ店長の言いたいことや考えていることはわかりませんでしたが、最近になって少しだけ、ヌヌ店長の感情を読めるようになってきたような気がします。
それでもまだまだ、セフィリアのような意思疎通とまではいきませんが。
「キミもヌヌ店長くらいわかりやすかったらよかったんだけどね」
ニコリと笑む瞳は、漂うヨウちゃんをちょんと突きます。くすぐったそうにふわりと瞳の周りを飛び回ると、急に光度を落とし、背後に隠れてしまいました。
いったいどうしたのでしょうか?
「はれ? ヨウちゃん?」
いきなりな行動に驚きの声を上げる瞳でしたが、すぐにその原因がわかりました。
カコカコカコン……。
木製のドアベルが乾いた音色で囁きます。お客さんがやってきたよ、と。どうやら人の気配を察したから隠れたようです。
お店に入ってきたお客さんは、瞳とそう歳の変わらない女の子でした。
と言いますか、どこかで見たことがあるような気がします。
そうです、思い出しました。ヨウちゃんが降ってくる直前に目が合った女の子です。
「あ、い、いらっしゃいませ~」
その女の子は、どこか難しそうな顔をしていました。
気の強そうな切れ目の双眸に堂々とした立ち姿。前髪は目の上で切り揃えられていて、水色の艶やかな長髪を左右で輪っかになるように結った出で立ちで、なにもかもが瞳と正反対でした。
両手に手袋をつけ、緑色のどこかの制服らしい格好をしているので、〝見習い〟という点では瞳と同じなのかもしれません。
あのときは遠目だったので、同じくらいの歳、くらいしかわかりませんでしたが、その特徴的なシルエットには見覚えがありますので、まず間違いないでしょう。
少女は商品を眺めながら、ときおり手にとって眺めながら、ゆっくりと店内を徘徊します。どことなく〝近寄るなオーラ〟を発していて妙な緊張感が漂います。
が、残念ですが瞳にそのような壁は無意味だったのです。
うさぎの小物を手に取って眺めている少女に歩み寄って、
「あの~」
と、あっけなく声をかけるのでした。お客さんからしたら「ちっ、空気読めよ」と思わずにはいられない状況ですが、そのあたり常識知らずなのが、森井瞳というちょっと残念な女の子なのです。
「……なに?」
不機嫌を隠そうともせず、声だけで反応します。視線はあくまでセフィリアが作った小物に注がれるのです。
見つめられるうさぎの小物に意思があったなら、鋭い眼光に逃げ出したくなっているに違いありません。きっと冷や汗タラタラです。
「それ、かわいいですよね~」
「そうね」
「セフィリアさんが作ったんですよ。あ、セフィリアさんって言うのは——」
「知ってる」
「あ、知ってましたか~。わたしセフィリアさんに教えてもらって、ここで修行してる森井瞳って言います~。よろしくお願いします~」
握手を求めて手を差し出す瞳ですが、一瞥するのみで少女の手は別の作品に伸びます。うさぎは鋭い眼光と手から解放されてホッとしているに違いありません。きっと喜びに跳ね回っていることでしょう。
次の餌食になる獲物はどれなのか。
ファンシーで可愛らしい小物たちが恐怖に打ち震えますが、少女が別の作品を手に掴む前に、瞳がその手を掻っ攫うように無理やり握手。小物たちには、瞳のことが救世主のように映ったかもしれません。
「ちょ……なにするのよ!」
「実は同年代の子がいなくて、友達が欲しかったんです~。わたしと友達になってくれませんか?」
「…………ぅ」
突然のお誘いに面食らって困惑する少女ですが、つながる手をじっと見つめ、しばしの思案で沈黙が舞い降ります。
瞳は手を離さず、目を離さず、少女が口を開くのを待ちました。簡単には逃しません。恐ろしい子です。こんなクリクリの目で見つめられたら、誰でもたじろいでしまうでしょう。
そしてついに、少女は答えにたどり着きました。
「……わかった。友達」
「やた~!」
瞳は握った手を上下に振り回して、喜びをあらわにします。振り回されるほうはたまったものじゃありませんが。
「ね~ね~名前教えて! 名前!」
「火華裡」
「ヒカリちゃんか~! ステキな名前だね! わたしは森井瞳っていうの、よろしくね~!」
「知ってる」
半ば無理やりですが、新たに友達ができたことがよほど嬉しかったのか、クルクル回ってジタバタして、子供のようなはしゃぎっぷり。
「あらあら瞳ちゃんどうしたの? 随分と嬉しそうだけど——あら?」
ヌヌ店長のご飯を用意して戻ってきたセフィリアが、訪れていたお客さんを視界に入れて嬉しそうに微笑みます。
火華裡はガチン、と急に固まってしまいました。
「セフィリア……さん!」
「火華裡ちゃんじゃない。いらっしゃい」
「お、お邪魔してます……!」
セフィリアの姿を見るやいなや、姿勢を正す火華裡。瞳のときとは大違いの態度です。そして口ぶりから察するに、二人はすでに知り合いのようです。
「ふふふ。もしかしてさっそくお友達になったのかしら?」
「あい! こっちに来てから初めてのお友達です~!」
「それで嬉しそうだったのね。火華裡ちゃん、仲良くしてあげてね」
「も、もちろんです!」
ビシッ! という音が聞こえてきそうな一礼を見せる火華裡。セフィリアに対して、えらくかしこまっています。
瞳は天を仰ぐようにして、両手をいっぱいに広げて喜びを表しています。狭い店内では邪魔になるので、良い子は控えましょう。
「もしかして、『ステキななにか』ってヒカリちゃんと出逢うことだったのかもしれないね~!」
「ふふふ。陽虫の言い伝えのことね? きっとそうに違いないわ」
「陽虫? 言い伝え?」
話についていけない火華裡は右へ左へ頭をかたむけて「?」を浮かべます。
イタズラの種明かしをするように、ニンマリとした笑みを浮かべた瞳はクルリと振り返って背を向けます。
「ほら、この子見て! ヨウちゃんだよ!」
そこには隠れるようにしてヨウちゃんが張り付いていました。まだ見つかっていないと思っているのか、ジッとしています。
「これ、陽虫じゃない……!」
静かに驚きの声を上げる火華裡はマジマジと背中に張り付いた白い毛玉のような虫を眺めます。いまは光っていないので、遠目に見れば綿がくっ付いているようにしか見えないでしょう。
鋭い眼光で見られていることにようやく気付いたヨウちゃんは、慌てて反対側——瞳の胸のほうに隠れました。
「あらら~、大丈夫だよヨウちゃん。ヒカリちゃんは怖くないから」
優しく包み込んで、顔の前に持って行きます。火華裡も物珍しい陽虫に興味津々でした。
「物を大切にする凄く優しい人だよ。だから怖がらないで?」
「あんた、あたしのどこを見てそんなことを……」
「さっきだよ? 品物を扱う手付きがすごく丁寧だったから」
「…………ぁ、ぅ……」
ほわわんとしてどこか抜けているように見えるくせに、見ているところは見ていて、火華裡は恥ずかし気に言葉に詰まってしまいます。
「……そういうの、こっちが照れるからやめい」
「あうっ」
行き場を失った恥ずかしさは、手刀となって瞳の額にコツンと降り注ぐのでした。
全然痛くなくて、やっぱり思いやりのある子だな~と思う瞳は、実にいい笑顔を浮かべていたのです。
***
——前略。
報告いたします! わたし、お友達ができちゃいました~!
ヒカリちゃんという女の子で、同い年と思っていたらひとつ上でした……わたし、いきなり失礼なことをしてしまったけど、別にいいわよ、とお許しをもらいました。やっぱり〝ユグード〟の人たちはみ~んな優しいですね。
強引なお誘いだったという自覚はあったのですが、どうしてオッケーしてくれたのか聞いてみたら、「堂々とセフィリアさんに会えるからよ」と、なかなかにストレートな返事が……。
ヒカリちゃんはセフィリアさんのことが好きなようです。もちろん、わたしも好きですよ~!
新しいお友達もできて、これからの生活がさらに楽しくなりそうです。
これも、ヨウちゃんがステキを運んできてくれたおかげかもしれません。
ではでは、またメールしますね。
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