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【朗読】雨、喫茶店にて
しおりを挟む雨。湿っぽい空気を纏いながら静かな街を歩いた。
最近まで夏の暑さが残っていたが、急に冷えたようで少し肌寒さを感じる。
休日、わざわざ寒い日に家を出たのは訳があった。
訳と言っても特別なことは無い、むしろいつも通りの休日である。
これは僕の行きつけの喫茶店での特別な、1日限りのお話。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
からんころん。
家から出て徒歩10分。いつも通り喫茶店に向かう。
特に何をしようという訳でもないが、珈琲の香ばしく温かな香りが落ち着くという理由で、よく喫茶店に来ている。
早速店の扉をまたいでカウンター席に座ると、店主がにこりと話しかけてきた。
「いらっしゃい。今日はどうされますか。」
『あ、いつものブレンドコーヒーをひとつ。それと....ホットサンドもお願いします。』
「はい。少々お待ちくださいね。」
いつもはコーヒーとフレンチトーストを頼んでいるが、今日は趣向を変えてホットサンドにしてみた。少し楽しみだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
待っている間ぐるりと店内を見渡してみる。レトロな雰囲気の店内、ところどころに装飾があるがどれもシンプルなもので、やりすぎない程度のこの感じがとても好きだ。
しかしこんなにいい店なのにも関わらず、あまりお客さんがいないのは難儀なものだ。
僕が喫茶店に行くと決まっていつも貸切状態になっているのだ。
たまに常連のお客さんが来ることはあるが、それ以外は全く見ない。
そんなことを考えながら店内を眺めていると、端のテーブル席にお客さんらしき女性の姿が見えた。
珍しいな。今日は僕以外にもお客さんがいたのか。
灰色のセーターの美しい茶髪の女性だった。顔はよく見えないが、佇まいから上品さを感じる。
手には本を持っており、ゆっくりと読み進めている様子だった。
「おまたせいたしました。ブレンドコーヒーとホットサンドです。」
『お、ありがとうございます。』
『ところで、今日は他のお客さんもいらっしゃるんですね。常連さんですか?』
「そうですね。常連さんといいますか、そんなに頻繁にいらっしゃるわけではないですがよく来られていますね。」
『へえ...そうなんですね。それにしてもとても気品を感じる方だ。』
そう言った直後、僕の体は勝手に彼女のいる席の方へと進み始めていた。
『すみません、少し外の景色が見える席に移動したくて。お隣失礼してもよろしいでしょうか。』
「あ、ええ。大丈夫ですよ。」
『ありがとうございます。』
彼女にそっと話しかけると、彼女はちらりとこちらを見て驚いた表情をして返した。
承諾を得たのでとりあえず席に着くと、まずは注文したブレンドコーヒーとホットサンドを眺める。
彼女もまた本を読み始めたようなので、僕もコーヒーを飲むことにした。
ごくり。
『...おいしい。』
僕はコーヒーに関してあまり詳しくは無いのだが、ここのコーヒーはとても美味しいと感じる。
ブレンドコーヒーは日替わりで豆や配合が変わるそうなのだが、今日はマイルドでコクを感じるコーヒーだ。
そのまま2、3口飲み、次はホットサンドを手に取る。
ここのホットサンドはシンプルにハムとチーズが挟まれているもののようだ。
良い具合にチーズがとろけていて食欲をそそる。
ぱくりと1口頬張ると素朴な美味しさが口の中に広がった。
シンプルではあるが、シンプルだからこそそれぞれの食材の味が喧嘩することなく良いバランスに仕上げられている。
頼んでみて正解だったようだ。
ホットサンドをひとしきり味わった後、ふと横を見てみると何故か目が合った。
「...ふふ。」
彼女がこちらを見て微笑んでいた。
『...どうされましたか?』
「いえ、すみません。とても美味しそうに召し上がってらっしゃったのでつい。」
『そうでしたか。...なんだか少し恥ずかしいですね。』
『ところで、先程から何を読まれているんですか?』
「あ、えっと、恋愛小説を読んでいました。」
『へえ。どんなお話なんですか?』
「ある青年が好きな幼馴染の女の子に花を持って告白しに行くんです。まあ、定番の流れと言いますかありきたりかもしれませんが。ですが、その青年が持って行った花が素敵だなと思ったんです。」
『その花というのは?』
「ゼラニウムだったんです。告白する時に使う花と言えば薔薇が定番だったりしますでしょう?しかし青年はゼラニウムを選んだ。とてもセンスがあると思うんです。」
『ゼラニウムですか...たしかにあまり告白のシーンで使われるというのは聞きませんね。』
「でしょう?でも同じゼラニウムでも色によって花言葉は異なるのですよ。例えば白色のゼラニウムの場合は花言葉が【偽り】【あなたの愛を信じない】というようにマイナスな意味を持つので贈り物としてはふさわしくありません。
ただこの青年が贈ったのは赤色のゼラニウムでした。花言葉は【君ありて幸福】。とても素敵だと思いませんか?」
『...とても博識でいらっしゃるんですね。そのような物語の些細な工夫などに気がつければ、より面白い話に感じることができるのでしょうね。』
きらきらと目を輝かせながら話す彼女は、とても可愛らしく、こちらまで頬がたるんでしまった。
よく見ると彼女が持っている本に挟まれているしおりも花でできてるようだった。
「誰かにこんなに話したのは久しぶり、いや初めてかもしれません。なんだか新鮮な気分です。」
『...そうなんですか?ご友人と出かけたりはされないんですか?』
「えっと...わたしの両親が少し厳しいと言いましょうか、過保護なんです。それでなかなか外には出られなくて。」
『そうだったんですか...。大変な思いをされているんですね。では、今日は外出を許されたんですか?』
「いえ、実は内緒でこっそり抜け出してきてしまって。たまには気分転換に外出もしたいものですから。定期的にこっそり抜け出してはここへ来ているんです。」
『そうなんですね。確かにここは隠れ家的な場所ですし抜け出してくるにはピッタリでしょう。あ、すみません。初対面で色々聞いてしまって。』
「お気になさらないでください。私も久々に誰かとお話が出来て舞い上がってしまいました。今日は雨でしたが、窓からは素敵な街の風景が見えて、美味しい紅茶をいただけて、それに加えてあなたとお話が出来たのですから、最高の1日になりました。」
『あはは。そのように思ってくれたなら嬉しいです。』
上品で美しい上、博識で心優しい。誰が見ても完璧な美少女だった。ここまで完璧すぎると高嶺の花といったように近づくことすら恐れ多くなりそうだ。
だが、それとは裏腹に僕の心はまた彼女と他愛もない話をして過ごしたいと思ってしまっていた。
『次はいつ頃こちらに来られる予定ですか?できればまたお話したくて。』
「またお話したいだなんて、とても嬉しいです。でも、残念ながら次は無さそうなのです。」
『...え。』
「最近決まったのですが、近々引越しをする予定なんです。隣町に引っ越す予定なのですが、こっそり抜け出してこちらに来るにはなかなか遠いもので。バレてしまっては元も子もございませんので...。」
僕の小さな願いは早くも塵と化したようだった。しかし、初対面の僕が「隣町まで行きますからまた話しましょう」などと言うのは彼女の立場からするととても不審で気味が悪い。
だから僕は、またどこかで再会を願うことにした。
縁というのは意外にも切れないものだ。今日ここで出会ったことで縁が生まれたのだ。
きっといつかまた会えることだろう。
『それは残念ですね。でもまたどこかでお会いできたら嬉しいです。...じゃあ僕はそろそろ帰ります。』
「...はい。またお会いできますように。あ、そうだ。良ければこちらを。」
『...あれ。これは...いいのですか?』
彼女が差し出したのは先程まで本に挟まれていたしおりだった。
「ええ。黄色のゼラニウムで作ったしおりです。またお会い出来ることを願って、差し上げます。」
『...とても嬉しいです。ありがとうございます。じゃあまたお会いしましょう。』
「...はい、また。お気をつけて。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
喫茶店を出て、湿っぽい空気を纏いながら静かな街を歩いた。
家を出た時はぱらぱらと雨が降っていたが、既にやんでいたため傘を差す必要は無さそうだ。
雨もやんだし、少し買い物をして帰ろうか。
さっきのことを思い出しながら調子よく足を進めた。
これは、ある日の偶然の出会いと始まりの話だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
終
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〇ひとりごと
このお話は私が既に書いた作品「花の言の葉」に登場する2人の数年前のお話です。
1回しか会ってないし数年前の出来事だから2人はあまり覚えてないけど実は会ってたんだよーという話です。
よろしければまた「花の言の葉」もご覧ください。
読んでくださりありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。
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