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【声劇台本】喪失公女夢語
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◎登場人物
リリア・ローレン♀
(ローレン公爵家の公女。10歳の頃にベランダから落ちてしまい、足に大怪我を負ってしまったために車椅子での生活を余儀なくされている。少々傲慢な性格で知られていることから、使用人達から嫌われている。現在は18歳。ブロンドヘアでとても麗しい。)
ラカン♂
(ローレン公爵家に仕える執事。公爵家の使用人の中でも特に優秀な執事であり、唯一公女を慕っている。常に冷静で落ち着いており、完璧主義。公女のことをすごく気にかけている。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラカン(N)「穏やかな風が吹く春の午後。柔らかな太陽の光が、邸宅内の幾つもの窓から差し込む。私はいつものように紅茶をカップに注ぎ、菓子を皿に乗せると、それらを持ってお嬢様の部屋に向かう。」
ラカン「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました。」
(間)
ラカン「....あれ、いらっしゃらないのか。」
ラカン(N)「お部屋にいらっしゃらないとき、お嬢様は決まってあの場所に行かれている。私はすぐに部屋を後にし、庭園へ繋がる裏手口へ向かった。」
(間)
リリア「あら?」
ラカン「....お嬢様、こちらにいらっしゃったのですね。」
リリア「ええ。ご覧なさい、この庭園を。綺麗な花でしょう。」
ラカン「美しい純白のゼラニウムですね。」
リリア「わたくしのお気に入りよ。わたくしにぴったりな花かしらね。」
ラカン「....」
リリア「少し散歩がしたいの。車椅子を押してくださる?」
ラカン「はい。喜んで。」
(間)
ラカン(N)「白一面で彩られた庭園を歩く。お嬢様の顔は見えないが、ブロンドの艶やかな髪が風に揺れていた。」
リリア「...ところでラカン、貴方はなぜわたくしに構うのかしら。」
ラカン「なぜ、ですか。」
リリア「放っておけばいいものを。使用人達は貴方を除いて皆、わたくしを軽蔑しているのよ。なのに貴方と来たら...何度来るなと言おうと来るのだから。」
ラカン「車椅子のお嬢様をおひとりにするわけにはまいりませんから。」
リリア「....はっ。同情かしらね。気持ち悪い。」
ラカン「妹様が仰っておりました。お姉様はいつも冷たくて私に強く当たるけど、目の奥には優しさを感じる、と。」
リリア「レオナが?」
ラカン「はい。」
リリア「....あの子はまだ幼いもの。頭が空っぽだからそんな戯言が言えるのね、訳がわからないわ。」
ラカン「....」
リリア「....もう帰りなさい。」
ラカン「何故でしょうか。」
リリア「帰れと言っているの。」
ラカン「....」
ラカン(N)「妹様の話を聞いた瞬間、お嬢様は分かりやすく態度を変えた。妹様を侮辱するような言葉、しかしそれとは裏腹に、ちらりと見えた横顔はどこか悲しそうであった。」
ラカン「...本当に掴めないお方だ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リリア(N)「昔々、それは遠い昔。この国が建国される前の話。この広い大地を支配する魔王がいたそうです。魔王は人の領土を奪い、魔物を使役し、数々の惨劇を生みました。」
リリア(N)「そこである勇者が立ち上がり、魔物含め、魔王を倒したそうな。それから勇者は新たに国を立ち上げ、今の国ができたというわけです。」
リリア(N)「初代国王である勇者は、あることをぽつりと言いました。魔王と同じ黒髪で生まれてきた者は、悪魔の末裔である。決して侮ってはならない、と。」
リリア(N)「わたくしはこのことを本から知りました。まだ幼く、8歳の頃。わたくしには当時3歳の妹がいました。とても愛らしく優しい性格だったのですが、わたくしの妹は、」
リリア(N)「黒髪、でした。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(翌朝)
リリア「...!!!!」
ラカン「おはようございます。お嬢様。」
リリア「おはよう、ラカン」
ラカン「....?」
リリア「どうかしたかしら。」
ラカン「なぜ、泣いていらっしゃるのですか?」
リリア「...え」
ラカン(N)「いつの間にか頬を伝っていた雫をそっと拭い、その手を見て、とても驚いたような顔をされていた。」
リリア「悪夢を見ていたからかしら。」
ラカン「お嬢様でも悪夢を見るのですか?」
リリア「...ええ、嫌になるほどにね。」
ラカン「そう、でしたか。」
リリア「わたくしがベランダから落ちて怪我をした時のことは覚えてらっしゃる?」
ラカン「はい、鮮明に。あの頃の邸宅のベランダは、景観を第一に考え、柵や手すりをつけていなかったものですから。あの事件からベランダは景色が見えるようにガラスで鳥籠のように囲われましたよね。」
リリア「わたくしはあの時落ちてよかったと思っているのよ。」
ラカン「はい...?」
リリア「だから、落ちてよかったって。」
ラカン「...落ちてよかった訳ないじゃないですか!!あれからお嬢様は足が動かせなくなり、車椅子生活を送っているのですよ。舞踏会でダンスを踊ることもできない。自分の足で散歩することも叶わなくなってしまったのですよ...?それなのになぜ...!」
リリア「だからこそよ、ラカン。」
ラカン「...っ」
リリア「自分で歩けない、ダンスもできないような公女など不要ですわ。そうすればもう1人の公女に期待が集まり、皆はそちらを愛するでしょう?」
ラカン「...貴方は一体何を考えてらっしゃるのですか。」
リリア「誰かを幸せにするには、犠牲だって必要なのよ。」
(間)
ラカン「私は、いつか貴方が消えてしまいそうで怖いのです。」
ラカン(N)「ベッドに腰掛けたまま彼女は、美しくにこりと微笑んだ。否定、しなかった。...して欲しかった。そして」
リリア「貴方には関係ない話ですわ。関係ない話に首を突っ込んでくるあたり、貴方って本当に気持ち悪いのね。」
ラカン(N)「とってつけたような侮辱の言葉を口にし、私を突き放した。今考えてみると、今まで傲慢に振舞っていたのも、ご自慢の毒舌も優しさであった。どこが悪女なのだろうか。...本当に彼女は」
ラカン「ずるいお方だ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リリア(N)「今日も庭園に出て、花を見ていました。曇り空だったせいか、わたくしが好きな白いゼラニウムは、少し濁ったようにみえました。」
リリア「貴方もわたくしと同じなのかしらね.......あら?」
ラカン「....お嬢様。」
リリア「その目気に入らないわ。」
ラカン「....」
リリア「わたくしを可哀想だとでも思っているの?同情だとかそんなもの必要なくてよ。」
ラカン「またゼラニウムをご覧になっていたのですね。」
リリア「え?」
ラカン「知っていますか?ゼラニウムの花言葉は''真の友情''、''尊敬''、''信頼''。でも色によって意味は変わります。」
リリア「ふーん、それで?」
ラカン「お嬢様が今ご覧になっている白のゼラニウムは嫌いな人に渡すものだそうですよ。」
リリア「ふふ。それなら貴方に差し上げてよ。」
ラカン「私がお嫌いですか?」
リリア「ええ、とても。」
ラカン「まいりましたね....例えばどういったところが気に入りませんか?」
リリア「いつも執拗に付き纏ってはわたくしに話しかけたり、紅茶を持ってきたり、菓子を持ってきたり、車椅子を押してきたり、いらない心配をしてきたり.....そういうお節介なところですわ。」
ラカン「(少し笑って)なんだか褒められているようですね。」
リリア「....勝手になさい。」
(間)
リリア「今まで長い夢を見ていたようですわ。」
ラカン「長い夢?」
リリア「ええ。」
ラカン「...それはどんな?」
リリア「薄暗い世界に1人だけ取り残される。何も無い道をひたすら歩いていたわ。途中で茨が邪魔をして足には傷ができた。気にせず進んでいると、1人の男が立っていたわ。その男は、わたくしを慕っていると、助けてあげると言った。でも助けてはくれなかったのよ。わたくしを残して、どこかへ消えていった。結局わたくしは1人になった。暗い暗い何も無い道を歩いて、歩いて、茨に切り裂かれ、体はボロボロになる。そうして最後は体力が尽きて、息絶えたの。」
ラカン「....それはあくまで夢の話です。お嬢様が1人になることなんてありませんよ。...いえ、私がさせません。」
リリア「1人になりたいと、それがわたくしの願いだと言ったら、応じてくれるかしら。」
ラカン「嫌です。」
リリア「...ふ、あははっ!!主の命令に逆らうなんて大したものね!!」
ラカン「私は以前、貴方がいつか消えてしまいそうで怖いと申しましたよね。」
リリア「ええ。」
ラカン「本当に消えてしまわれるおつもりですか?」
リリア「人間はいつかは消えて亡くなるものよ。」
ラカン「...私は貴方に幸せになって欲しいのですよ。」
リリア「ねえ、ラカン。幸せの定義は人によって変わってくるものよ。」
ラカン「定義、ですか。」
リリア「そう。例えば、誰かを愛し愛されることが幸せだと思えばそれは幸せになるし、極悪非道なことをしたり復讐することで得られる快感が幸せだと思えばそれも幸せだし、自己犠牲を払ってでも誰かを幸せにすることが幸せだと思えば、それだって幸せになるというわけよ。」
ラカン「それでいえば、私はお嬢様が消えてなくなってしまえば幸せにはなれません。」
リリア「女々しいことを言うのね。」
ラカン「私は........いえ、なんでもありません。」
リリア「...そう。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラカン(N)「あの日の会話を境に、私達はそういった関係のことを話さなくなった。お嬢様の様子にも変わりはなく、窓際の椅子に腰掛けて本を読んでいたり、紅茶を楽しんでいたり、それくらいだった。」
ラカン(N)「ただただ何も無い日々が続き、1週間、2週間、3週間、1ヶ月、2ヶ月と月日は経った。穏やかな風に、柔らかい太陽の光は次第に強く、じわじわと暑さを感じるものになっていった。」
リリア「ラカン、今日で貴方とは最後になるわね。」
ラカン「...え。」
ラカン(N)「あまりにも唐突だった。聞き間違いかと思った。」
リリア「ようやく気持ち悪い貴方ともお別れできますわね。」
ラカン「何を言っているのですか...?」
リリア「気持ち悪い貴方。」
ラカン「いえ、そこではなく。」
リリア「今日は少し暑いですわね、部屋に戻りませんこと?」
ラカン「...はい。」
ラカン(N)「ゆっくりと車椅子を押しながら扉を開ける。そしてまた部屋へと進み始めた。すれ違う使用人達が、お嬢様をちらちらと見ては嫌な顔をして通り過ぎる。しばらくすると、お嬢様の部屋の目の前まで足を進めていた。」
リリア「ご苦労様。」
ラカン「いえ。」
リリア「わたくしはもうやるべきことを終えたようだわ。」
ラカン「やるべきこと?」
リリア「ご覧なさい。庭園で無邪気に遊んでいるあの子を。」
ラカン「妹様のレオナ様、ですね。」
リリア「無事に皆の愛はあの子に向いた。忌み嫌われるはずだった娘は、皆から愛される可憐な公女へ。物語の終焉だわ。」
ラカン「貴方様はどうなるのですか。」
リリア「わたくしのようなわる~い悪役は、皆の愛と主人公に負け、退場ですわね。」
ラカン「...貴方様は、ご自分の気持ちを押し殺している。貴方様は嘘をつくのがとても下手です。だって、こんなにも悲しそうなお顔をされている。」
リリア「そう見えるかしら。」
ラカン「はい、とても。」
リリア「そうね、本当のことを言えばわたくしだって少しは愛されたかった。誰かを愛したかった。皆からの愛や尊敬の意を受けて、素敵なレディになりたかったものですわ。それでも、守りたいものがある以上、ハッピーエンドを望む以上は、叶わないのよ。」
ラカン「私は、お嬢様には本当に幸せになってほしいのです。お嬢様が感情を押し殺して生きている姿なんて見たくないのです。...せめて私が、貴方様を幸せにするお手伝いが出来れば、」
リリア「では、ラカン。」
ラカン(N)「私の名前を呼んだ後、彼女はテーブルに置かれていたオルゴールを手に取り、窓を開けた。そして」
リリア「わたくしを殺して。」
ラカン(N)「たった一言、それだけを呟き、にこりと笑った。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リリア「見ていてほしいの。」
ラカン(N)「そう言って彼女は、ベランダへ車椅子を動かし、手にしたオルゴールをガラス張りの柵に振りかざす。」
ラカン「....!?何を....!!」
(ガラスが割れる)
ラカン「お嬢様!!!!!!」
リリア「ラカン、貴方はとても気持ち悪かったけれど、嫌いではなかったわ。」
ラカン「...!!ダメです!!お嬢様、こちらへ...!!!」
リリア「...わたくし、リリア・ローレン、これにて️失礼いたしますわ。」
ラカン「まっ.....!!!!...っ!」
リリア「ごきげんよう。」
ラカン(N)「私の手は1歩届かず、車椅子ごと後ろへ落ちていく彼女を眺めることしか出来なかった。数秒後、鈍い音が響き渡り、見てはいないものの全てを悟った。大胆に割れたガラスの間からは風がふっと吹き抜け、虚しくも私の髪を撫でた。太陽も少しずつ沈み、夕方にさしかかろうとしていた頃。以前お嬢様がベランダから落ちたのも、ちょうどこのくらいの時間だった。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ここからラカンのみナレーション)
あれから1ヶ月ほどが経った。
彼女の墓が建ったということを聞いて、私はすぐに向かった。
彼女が好きだった菓子を供え物として持つと、庭園へと繋がる裏手口の扉を開ける。
扉を開けると、美しいブロンドヘアをさらさらと靡かせ一言、「あら?」と。
その風景だけが思い出されるが、もうその姿はなかった。
ただ虚しく、ひとつの墓があった。
墓の前で手を合わせる。その瞬間、風がさーっと吹いて花びらが舞い、目の前にひらりと落ちた。
「これは...ゼラニウム...?」
白いゼラニウムだった。
「...私は貴方の愛を信じない。はは。」
乾いた笑いとは裏腹に頬には雫が伝っていた。
さようなら、我が君。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
終わり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《後書き》
ラカンとリリアはお互い不器用ながら心の奥ではお互いを愛していました。
お互い両思いではありましたがこの世界線、生まれた環境ではどれだけ頑張っても結ばれなかったでしょう。
白いゼラニウムは海外では嫌いな人に渡す花だそうで、花言葉は「偽り、貴方の愛を信じない、優柔不断」です。
読んでくださりありがとうございました。
リリア・ローレン♀
(ローレン公爵家の公女。10歳の頃にベランダから落ちてしまい、足に大怪我を負ってしまったために車椅子での生活を余儀なくされている。少々傲慢な性格で知られていることから、使用人達から嫌われている。現在は18歳。ブロンドヘアでとても麗しい。)
ラカン♂
(ローレン公爵家に仕える執事。公爵家の使用人の中でも特に優秀な執事であり、唯一公女を慕っている。常に冷静で落ち着いており、完璧主義。公女のことをすごく気にかけている。)
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ラカン(N)「穏やかな風が吹く春の午後。柔らかな太陽の光が、邸宅内の幾つもの窓から差し込む。私はいつものように紅茶をカップに注ぎ、菓子を皿に乗せると、それらを持ってお嬢様の部屋に向かう。」
ラカン「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました。」
(間)
ラカン「....あれ、いらっしゃらないのか。」
ラカン(N)「お部屋にいらっしゃらないとき、お嬢様は決まってあの場所に行かれている。私はすぐに部屋を後にし、庭園へ繋がる裏手口へ向かった。」
(間)
リリア「あら?」
ラカン「....お嬢様、こちらにいらっしゃったのですね。」
リリア「ええ。ご覧なさい、この庭園を。綺麗な花でしょう。」
ラカン「美しい純白のゼラニウムですね。」
リリア「わたくしのお気に入りよ。わたくしにぴったりな花かしらね。」
ラカン「....」
リリア「少し散歩がしたいの。車椅子を押してくださる?」
ラカン「はい。喜んで。」
(間)
ラカン(N)「白一面で彩られた庭園を歩く。お嬢様の顔は見えないが、ブロンドの艶やかな髪が風に揺れていた。」
リリア「...ところでラカン、貴方はなぜわたくしに構うのかしら。」
ラカン「なぜ、ですか。」
リリア「放っておけばいいものを。使用人達は貴方を除いて皆、わたくしを軽蔑しているのよ。なのに貴方と来たら...何度来るなと言おうと来るのだから。」
ラカン「車椅子のお嬢様をおひとりにするわけにはまいりませんから。」
リリア「....はっ。同情かしらね。気持ち悪い。」
ラカン「妹様が仰っておりました。お姉様はいつも冷たくて私に強く当たるけど、目の奥には優しさを感じる、と。」
リリア「レオナが?」
ラカン「はい。」
リリア「....あの子はまだ幼いもの。頭が空っぽだからそんな戯言が言えるのね、訳がわからないわ。」
ラカン「....」
リリア「....もう帰りなさい。」
ラカン「何故でしょうか。」
リリア「帰れと言っているの。」
ラカン「....」
ラカン(N)「妹様の話を聞いた瞬間、お嬢様は分かりやすく態度を変えた。妹様を侮辱するような言葉、しかしそれとは裏腹に、ちらりと見えた横顔はどこか悲しそうであった。」
ラカン「...本当に掴めないお方だ。」
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リリア(N)「昔々、それは遠い昔。この国が建国される前の話。この広い大地を支配する魔王がいたそうです。魔王は人の領土を奪い、魔物を使役し、数々の惨劇を生みました。」
リリア(N)「そこである勇者が立ち上がり、魔物含め、魔王を倒したそうな。それから勇者は新たに国を立ち上げ、今の国ができたというわけです。」
リリア(N)「初代国王である勇者は、あることをぽつりと言いました。魔王と同じ黒髪で生まれてきた者は、悪魔の末裔である。決して侮ってはならない、と。」
リリア(N)「わたくしはこのことを本から知りました。まだ幼く、8歳の頃。わたくしには当時3歳の妹がいました。とても愛らしく優しい性格だったのですが、わたくしの妹は、」
リリア(N)「黒髪、でした。」
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(翌朝)
リリア「...!!!!」
ラカン「おはようございます。お嬢様。」
リリア「おはよう、ラカン」
ラカン「....?」
リリア「どうかしたかしら。」
ラカン「なぜ、泣いていらっしゃるのですか?」
リリア「...え」
ラカン(N)「いつの間にか頬を伝っていた雫をそっと拭い、その手を見て、とても驚いたような顔をされていた。」
リリア「悪夢を見ていたからかしら。」
ラカン「お嬢様でも悪夢を見るのですか?」
リリア「...ええ、嫌になるほどにね。」
ラカン「そう、でしたか。」
リリア「わたくしがベランダから落ちて怪我をした時のことは覚えてらっしゃる?」
ラカン「はい、鮮明に。あの頃の邸宅のベランダは、景観を第一に考え、柵や手すりをつけていなかったものですから。あの事件からベランダは景色が見えるようにガラスで鳥籠のように囲われましたよね。」
リリア「わたくしはあの時落ちてよかったと思っているのよ。」
ラカン「はい...?」
リリア「だから、落ちてよかったって。」
ラカン「...落ちてよかった訳ないじゃないですか!!あれからお嬢様は足が動かせなくなり、車椅子生活を送っているのですよ。舞踏会でダンスを踊ることもできない。自分の足で散歩することも叶わなくなってしまったのですよ...?それなのになぜ...!」
リリア「だからこそよ、ラカン。」
ラカン「...っ」
リリア「自分で歩けない、ダンスもできないような公女など不要ですわ。そうすればもう1人の公女に期待が集まり、皆はそちらを愛するでしょう?」
ラカン「...貴方は一体何を考えてらっしゃるのですか。」
リリア「誰かを幸せにするには、犠牲だって必要なのよ。」
(間)
ラカン「私は、いつか貴方が消えてしまいそうで怖いのです。」
ラカン(N)「ベッドに腰掛けたまま彼女は、美しくにこりと微笑んだ。否定、しなかった。...して欲しかった。そして」
リリア「貴方には関係ない話ですわ。関係ない話に首を突っ込んでくるあたり、貴方って本当に気持ち悪いのね。」
ラカン(N)「とってつけたような侮辱の言葉を口にし、私を突き放した。今考えてみると、今まで傲慢に振舞っていたのも、ご自慢の毒舌も優しさであった。どこが悪女なのだろうか。...本当に彼女は」
ラカン「ずるいお方だ。」
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リリア(N)「今日も庭園に出て、花を見ていました。曇り空だったせいか、わたくしが好きな白いゼラニウムは、少し濁ったようにみえました。」
リリア「貴方もわたくしと同じなのかしらね.......あら?」
ラカン「....お嬢様。」
リリア「その目気に入らないわ。」
ラカン「....」
リリア「わたくしを可哀想だとでも思っているの?同情だとかそんなもの必要なくてよ。」
ラカン「またゼラニウムをご覧になっていたのですね。」
リリア「え?」
ラカン「知っていますか?ゼラニウムの花言葉は''真の友情''、''尊敬''、''信頼''。でも色によって意味は変わります。」
リリア「ふーん、それで?」
ラカン「お嬢様が今ご覧になっている白のゼラニウムは嫌いな人に渡すものだそうですよ。」
リリア「ふふ。それなら貴方に差し上げてよ。」
ラカン「私がお嫌いですか?」
リリア「ええ、とても。」
ラカン「まいりましたね....例えばどういったところが気に入りませんか?」
リリア「いつも執拗に付き纏ってはわたくしに話しかけたり、紅茶を持ってきたり、菓子を持ってきたり、車椅子を押してきたり、いらない心配をしてきたり.....そういうお節介なところですわ。」
ラカン「(少し笑って)なんだか褒められているようですね。」
リリア「....勝手になさい。」
(間)
リリア「今まで長い夢を見ていたようですわ。」
ラカン「長い夢?」
リリア「ええ。」
ラカン「...それはどんな?」
リリア「薄暗い世界に1人だけ取り残される。何も無い道をひたすら歩いていたわ。途中で茨が邪魔をして足には傷ができた。気にせず進んでいると、1人の男が立っていたわ。その男は、わたくしを慕っていると、助けてあげると言った。でも助けてはくれなかったのよ。わたくしを残して、どこかへ消えていった。結局わたくしは1人になった。暗い暗い何も無い道を歩いて、歩いて、茨に切り裂かれ、体はボロボロになる。そうして最後は体力が尽きて、息絶えたの。」
ラカン「....それはあくまで夢の話です。お嬢様が1人になることなんてありませんよ。...いえ、私がさせません。」
リリア「1人になりたいと、それがわたくしの願いだと言ったら、応じてくれるかしら。」
ラカン「嫌です。」
リリア「...ふ、あははっ!!主の命令に逆らうなんて大したものね!!」
ラカン「私は以前、貴方がいつか消えてしまいそうで怖いと申しましたよね。」
リリア「ええ。」
ラカン「本当に消えてしまわれるおつもりですか?」
リリア「人間はいつかは消えて亡くなるものよ。」
ラカン「...私は貴方に幸せになって欲しいのですよ。」
リリア「ねえ、ラカン。幸せの定義は人によって変わってくるものよ。」
ラカン「定義、ですか。」
リリア「そう。例えば、誰かを愛し愛されることが幸せだと思えばそれは幸せになるし、極悪非道なことをしたり復讐することで得られる快感が幸せだと思えばそれも幸せだし、自己犠牲を払ってでも誰かを幸せにすることが幸せだと思えば、それだって幸せになるというわけよ。」
ラカン「それでいえば、私はお嬢様が消えてなくなってしまえば幸せにはなれません。」
リリア「女々しいことを言うのね。」
ラカン「私は........いえ、なんでもありません。」
リリア「...そう。」
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ラカン(N)「あの日の会話を境に、私達はそういった関係のことを話さなくなった。お嬢様の様子にも変わりはなく、窓際の椅子に腰掛けて本を読んでいたり、紅茶を楽しんでいたり、それくらいだった。」
ラカン(N)「ただただ何も無い日々が続き、1週間、2週間、3週間、1ヶ月、2ヶ月と月日は経った。穏やかな風に、柔らかい太陽の光は次第に強く、じわじわと暑さを感じるものになっていった。」
リリア「ラカン、今日で貴方とは最後になるわね。」
ラカン「...え。」
ラカン(N)「あまりにも唐突だった。聞き間違いかと思った。」
リリア「ようやく気持ち悪い貴方ともお別れできますわね。」
ラカン「何を言っているのですか...?」
リリア「気持ち悪い貴方。」
ラカン「いえ、そこではなく。」
リリア「今日は少し暑いですわね、部屋に戻りませんこと?」
ラカン「...はい。」
ラカン(N)「ゆっくりと車椅子を押しながら扉を開ける。そしてまた部屋へと進み始めた。すれ違う使用人達が、お嬢様をちらちらと見ては嫌な顔をして通り過ぎる。しばらくすると、お嬢様の部屋の目の前まで足を進めていた。」
リリア「ご苦労様。」
ラカン「いえ。」
リリア「わたくしはもうやるべきことを終えたようだわ。」
ラカン「やるべきこと?」
リリア「ご覧なさい。庭園で無邪気に遊んでいるあの子を。」
ラカン「妹様のレオナ様、ですね。」
リリア「無事に皆の愛はあの子に向いた。忌み嫌われるはずだった娘は、皆から愛される可憐な公女へ。物語の終焉だわ。」
ラカン「貴方様はどうなるのですか。」
リリア「わたくしのようなわる~い悪役は、皆の愛と主人公に負け、退場ですわね。」
ラカン「...貴方様は、ご自分の気持ちを押し殺している。貴方様は嘘をつくのがとても下手です。だって、こんなにも悲しそうなお顔をされている。」
リリア「そう見えるかしら。」
ラカン「はい、とても。」
リリア「そうね、本当のことを言えばわたくしだって少しは愛されたかった。誰かを愛したかった。皆からの愛や尊敬の意を受けて、素敵なレディになりたかったものですわ。それでも、守りたいものがある以上、ハッピーエンドを望む以上は、叶わないのよ。」
ラカン「私は、お嬢様には本当に幸せになってほしいのです。お嬢様が感情を押し殺して生きている姿なんて見たくないのです。...せめて私が、貴方様を幸せにするお手伝いが出来れば、」
リリア「では、ラカン。」
ラカン(N)「私の名前を呼んだ後、彼女はテーブルに置かれていたオルゴールを手に取り、窓を開けた。そして」
リリア「わたくしを殺して。」
ラカン(N)「たった一言、それだけを呟き、にこりと笑った。」
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リリア「見ていてほしいの。」
ラカン(N)「そう言って彼女は、ベランダへ車椅子を動かし、手にしたオルゴールをガラス張りの柵に振りかざす。」
ラカン「....!?何を....!!」
(ガラスが割れる)
ラカン「お嬢様!!!!!!」
リリア「ラカン、貴方はとても気持ち悪かったけれど、嫌いではなかったわ。」
ラカン「...!!ダメです!!お嬢様、こちらへ...!!!」
リリア「...わたくし、リリア・ローレン、これにて️失礼いたしますわ。」
ラカン「まっ.....!!!!...っ!」
リリア「ごきげんよう。」
ラカン(N)「私の手は1歩届かず、車椅子ごと後ろへ落ちていく彼女を眺めることしか出来なかった。数秒後、鈍い音が響き渡り、見てはいないものの全てを悟った。大胆に割れたガラスの間からは風がふっと吹き抜け、虚しくも私の髪を撫でた。太陽も少しずつ沈み、夕方にさしかかろうとしていた頃。以前お嬢様がベランダから落ちたのも、ちょうどこのくらいの時間だった。」
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(ここからラカンのみナレーション)
あれから1ヶ月ほどが経った。
彼女の墓が建ったということを聞いて、私はすぐに向かった。
彼女が好きだった菓子を供え物として持つと、庭園へと繋がる裏手口の扉を開ける。
扉を開けると、美しいブロンドヘアをさらさらと靡かせ一言、「あら?」と。
その風景だけが思い出されるが、もうその姿はなかった。
ただ虚しく、ひとつの墓があった。
墓の前で手を合わせる。その瞬間、風がさーっと吹いて花びらが舞い、目の前にひらりと落ちた。
「これは...ゼラニウム...?」
白いゼラニウムだった。
「...私は貴方の愛を信じない。はは。」
乾いた笑いとは裏腹に頬には雫が伝っていた。
さようなら、我が君。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
終わり
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《後書き》
ラカンとリリアはお互い不器用ながら心の奥ではお互いを愛していました。
お互い両思いではありましたがこの世界線、生まれた環境ではどれだけ頑張っても結ばれなかったでしょう。
白いゼラニウムは海外では嫌いな人に渡す花だそうで、花言葉は「偽り、貴方の愛を信じない、優柔不断」です。
読んでくださりありがとうございました。
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