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【朗読】花の言の葉

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   拝啓    見知らぬ方

   春の温かな日差しが感じられる頃になりました。いかがお過ごしでしょうか。
突然のお手紙、申し訳ございません。
お目にかかったことはございませんが、お手紙を送ることをお許しいただければ幸いです。

   さて、なぜお手紙を送らせていただいたかを簡潔に申し上げます。私には友人と言える存在がおらず、両親以外には基本的に1人で生きてまいりました。
それ故に、私は友人という存在に憧れを抱いておりまして、この度お話し相手になってくださる方を求めてお手紙を送らせていただきました。

地図を見て適当な住所に送らせていただいたため、どなたに届いているかはわかりませんが、よろしければこれから私のお話相手になっていただけませんでしょうか。
ご返信お待ちしております。

敬具

4月8日   篠宮 恵梨華(しのみや えりか)



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このような内容の手紙が突然、僕の家に届いた。
住所だけが書かれた、宛名のない封筒。

篠宮 恵梨華さん、彼女から送られてきた突然の手紙はとても不思議な雰囲気で、嫌な感じはしなかった。

ということで早速、僕は彼女への手紙を書き始めた。これから手紙のやり取りをすることへの承諾と、挨拶の言葉を書き、最後に僕の名前「逢坂 蓮」を記し、三つ折りにした手紙をそっと封筒に入れた。


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3日ほど経っただろうか。

彼女から返信が来た。

「お手紙でのやり取りをお許しいただきありがとうございます。」

という文の後、

「ぜひ貴方様と仲良くしたいと思っておりますので、まずは私の趣味から書いてみようと思います。」

と書かれており、彼女の趣味や境遇を知ることとなった。

どうやら彼女の家は裕福な環境であるらしく、物のことで困ったことは1度も無いという。

しかし両親が過保護すぎるが故に、あまり外に出ることができず友人ができなかったそうだ。

趣味は花言葉について調べること、花を見ること、料理をすること、らしい。


これを見るに、明らかにお嬢様だろう。
それに手紙からいい香りがする気がする。


と、ふいに封筒の方に目をやる。

今回はきちんと僕の名前が宛名として書かれているようだ。

しばらく眺めていると、封筒の中にまだなにかが入っていることに気がついた。

すぐに取り出してみると、

「押し花....?」

丁寧に小さな袋に入れられた押し花だった。

そういえば、花を見るのが趣味だと書いていたからわざわざ入れてくれたのだろう。

調べてみると、この花は「カタバミ」という名前だそうだ。



花言葉は「喜び」



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それから頻繁に手紙のやり取りをするようになり、いつしか互いの近況を報告し合うような仲になっていた。

「最近は庭で小説を読んだりして過ごしています。太陽の光が温かくて、とても心地が良いですよ。」

「今日はアッサムティーをミルクティーでいただきましたが、濃厚なミルクとアッサムの甘い香りのバランスが素晴らしく、非常に美味しく感じました。」

と、いかにもお嬢様な生活を報告してくる彼女。

そんなお淑やかな雰囲気で綺麗な言葉遣いをする彼女に僕は、いつの間にか惹かれてしまっていた。


相変わらず、押し花は毎回入っている。
毎度毎度違う花を入れてくれるので見ていて飽きない。

さて今日の花は....


ハーデンベルギア。


花言葉は「運命的な出会い」


花言葉を知って、もしかすると彼女も僕と同じ気持ちなのではと淡い期待を抱いてしまった。


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彼女にとって悲しいことがあった時は悲しい花言葉を持った花。

彼女にとって嬉しいことや楽しいことがあった時は喜びや嬉しさを表すような花言葉を持った花。

彼女の感情と花は連動しているように思えた。


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それからまた1年程経った。

相変わらず彼女とのやり取りは続いている。

押し花も変わらず毎回入れられていた。


今日もいつも通り近況報告を見ると、僕の口角は上がったまま、変な顔をしていた。


こんな顔をしているようでは彼女に失望されてしまいそうだ。
と、いかんいかんと言わんばかりに表情を戻す。


そして次の文を見ると、あまりにも衝撃的な言葉に目を見開いた。

「もしよろしければですが、1度お会いしませんか。」

「私の家の近くに立派な薔薇園があるのですが、以前から貴方と一緒に回れたらと考えておりました。」


ここで今日の押し花を取り出し、名前を調べる。

「見つけた....リナリア。」


花言葉は「この恋に気づいて」


押し花のおかげで僕は確信した。

彼女も僕に好意を寄せている。


そうと決まれば、するべきことはひとつだろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



僕はすぐに返事の手紙を出して、約束を取り付けた。


春はどんどん深まり、風の匂いも変わった頃。
温かい風が頬を撫でる。

高まる気持ちを抑えながら、早足で待ち合わせ場所に向かう。


かすかに薔薇の香りが鼻をくすぐる。気がつけば、薔薇園の入口を目の前にしていた。

「恵梨華さん、どこかな...」

と呟いた直後、すぐに彼女らしき姿を見つけた。

一目で分かった。

入口横の時計台の下で日傘を差し、空を見上げている女性。

丈の長い桃色のワンピース。所々に白いレースやフリルが上品にあしらわれていた。


すると、彼女がこちらに気づき、にこりと微笑んだ。

僕は駆け足で近寄り、

「お待たせしました。」

と言うと彼女は

「いいえ、それほど待っていませんよ。それでは行きましょうか。」

と僕の手を取り、歩き始めた。



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色鮮やかな薔薇達が視界に広がる。

少し風が吹いて花びらが舞った。


「ようやくお会い出来ましたね、蓮さん。」

「はい。こうしてお会いできて嬉しい限りです。」

「まあ、私もです。良いお天気で本当によかったです。」


今までの手紙でのやり取りのことや、最近のことをお互いに話しながら笑い合う。


薔薇で区切られた細い道を通り、薔薇のアーチをくぐると下る階段が続いていた。

美しい薔薇を見て歩き、彼女との話に花を咲かせていると、時間が過ぎるのはあっという間のように感じた。

と、突然彼女は立ち止まり神妙な面持ちで僕にこう話しかけた。


「ところで蓮さん。私が毎回送っていた押し花の意味には気が付きましたか?」

「花言葉、ですよね。」

「ええ。私は花を見たり花言葉を調べたりすることが好きでして、蓮さんにも楽しんでいただきたくて毎回押し花を添えていました。」

「カタバミ、花言葉は喜び」

「カモミール、花言葉は親交」

「ハーデンベルギア、花言葉は運命的な出会い」

「リナリア、花言葉はこの恋に気づいて」


「花言葉に目をつけていたということは、もうバレているのでしょう?蓮さん...」


彼女は悲しそうに話す。


「あの、恵梨華さん、良かったらこれを」


僕はバッグの中からそっとある物をとりだした


「これは.....。」

彼女は大きく目を見開いた。

「ピンク色の胡蝶蘭、ですか?」

「はい笑」

「.....私はなんて、幸せ者なのでしょう。」


彼女はふわりと笑った。
太陽の光がちょうど彼女の髪と頬を照らし️、穏やかに吹き抜ける風はかすかに薔薇の香りを乗せて。


「でも、せっかく友達ができましたのに、いなくなってしまいました。」


「嫌でしたか?」


「...いいえ。」



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親愛なるあなたへ


花のようにふわりと笑いかけるあなたがとても愛らしくて、いつまでも見ていられるのです。

これからあなたが吹かせるであろう温かな風に、僕を魅了する美しい景色、その全てを一生残していたいとさえ思います。

こんなことを書ける日が来るなんて、僕はなんて幸せ者なのでしょうね。




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