上 下
5 / 12

第5話 エンドレス・カリー

しおりを挟む
 翌朝、久しぶりにスマホのアラーム機能で目が覚める。
 昔からあたしは、起床時刻よりも早く自然と眠りから覚めることができた。もしかするとそれは、気が小さい性格も影響しているんだろうけど、今朝のあたしは昨夜の泣き疲れもあってか、ぐっすりと深い眠りについていたようだ。
 隣に敷いてあった彼女の布団は綺麗にかたされ、いたその場所にはミニテーブルがすでに置かれていた。わが家の使用人の朝は、いつも早い。

「おはようございます、御主人サマ」

 起きあがって目をこするあたしに、いつのまにかそばに立っていた無愛想な麗人が、きょうも一日の始まりの挨拶を直立不動でしてくれた。昨夜のこともあり、いつにも増して気不味く感じてしまう。

「うん、おはよう(ああ、もう……全体的に色々と恥ずかしくて辛いよ……)」

 顔を伏せて力なく答える。と、

「シャワーを浴びやがりますか? それとも、お食事を喰らいやがりますか?」

 彼女が意図的としか思えないくらいに間違った日本語でたずねてくる。

「うん……時間もそんな余裕がないし、ご飯だけにしようかな」
「かしこまり」

 黒いミニスカートをふわりと揺らし、背中を向けた彼女が数歩先のキッチンへ向かう。部屋中に漂っているこのにおい、間違いなくカレーだ。

「インド人もびっくりだよ」

 連日更新されているカレー汁の出現頻度に、思わず愚痴がこぼれてしまった。
 だけど、運ばれてきた食事はカレー汁じゃなかった。

「えっ?! これって……ええっ!?」
「どうぞ、お召し上がりくださりやがれ」

 ミニテーブルにそっと置かれた白磁のお皿に盛られていたのは、いたって普通のカレーだった。

「ねっ、ねえ! これってカレー!? カレーライスだよね!?」
「……はい。ライスカレーと呼ばれる場合も、ごくまれにあるそうですが」
「うっひょー♪」

 感激のあまり、思わず〝うっひょー♪〟ってマンガみたくいっちゃったけど、まさか、シャバ汁カレー以外のまともな食事にありつける日がわが家に来るなんて! もしかしてこれって、きのうのアレと関係があるのかな?

「それでは、いただきます……」

 普通の食事ができることに深く感謝。
 しっかりと両手を合わせてから、スプーンを掴む。そして、待望の一匙を口に運ぶ。

「はむっ! もぐもぐもぐ……」

 この味…………市販のルーで作られた普通のカレーなんだけど、もう二度とわが家では食べれないと思っていた懐かしい味で、大きくカテゴライズすると手抜き料理に振り分けられるとしても、これまでのシャバ汁カレー・ヒストリーを思えば不平不満じゃなくて、金色こんじきかがやく感謝の二文字しか頭に浮かばない。
 ああ美味しい、ああ芳しい、ああ素晴らしい──あたりまえのしあわせが、こんなにも尊いなんて!

「美味しい! 美味しいよぉぉぉぉぉッ!」

 言葉よりも先に笑顔で感謝を伝えたあたしは、すぐに言葉を詰まらせる。
 それは、彼女の名前を呼びたくても、呼べなかったから。彼女の名前を知らないから、呼べなかった。
 賃貸契約書に記されていた注意事項のひとつに、〝部族の風習で本名を他人には決して教えない為、無理に問い質してはならない〟とあった。
 最初の頃はアダ名を勝手に付けようかと悩んだりもしたけれど、ただでさえ彼女には不本意な主従関係なのに(あたしもなんだけどね)そんなことまでしたら、絶対に心を開いてはくれないだろう。そう考えて、しなかった。

「お口に合いまして、なによりです。今晩もおなじ物になりますが、おかわりはどうされやがりますか?」
「うっ、そこはやっぱりカレーに変わりはないんだね……うーん、それじゃあ半分だけ」
「かしこまり」

 お皿を持ち上げようとする彼女が前屈みになると、こぼれ落ちそうな胸の谷間が目前に迫った。
 羨望のまなざしに気づいた彼女は、スプーンを握るあたしの手を掴み、そのまま褐色の谷間へと強引に導く。

「えっ?! あっ、汚いって!」
「寝汗なら、そんなにかいていません」
「そっちの汚いじゃなくって、カレーがオッパイについちゃうってば!」
「フフッ……それならば、御主人サマが舌できよめてくださいませ」
「し、舌で!?」

 赤面するあたしを楽しむように、彼女は掴んだ手に身を預けてさらにめり込ませる。金属ごしでも伝わってくる生あたたかい肉の挿入感。そして、その余韻に浸るまもなく、今度はスプーンが抜かれた。

 クチュ……♡

 引き抜かれた谷間から、小さくてエッチな音がきこえた気がした。卑猥な幻聴から逃れようと、目をつぶって必死にかぶりを振りつづけるあたしに、

「さあ、御主人サマ……きれいにしてください」

 絶景の谷間をさらに強調させる、両腕で胸を抱き上げた扇情的な姿で彼女は迫った。

「さあって……あたしにいったいどうしろと……」

 恥ずかしさと妙な緊張感で頭がクラクラする。

「御主人サマの舌をねじ込んでください」
「う……うん……こう?」

 めいっぱいに舌を尖らせ、彼女の背中に手をまわして胸の谷間に顔をうずめる。オッパイの内側に残されたカレーを味わいながら上目遣いで彼女を見れば、切れ長の目はしっかりと閉じられているのに、半開きの唇からは甘い吐息が漏れていた。

「ん……♡ お掃除がお上手です、御主人サマ……あっ♡」
「エヘヘ、ありはほ♪ あへあひも美味ひいよぉ……ペロペロ♡ なんだかあたひ、くへになっちゃいほう……レロレロ♡」

 結局この日は遅刻をしてしまい、夕飯のカレーもほとんど彼女の身体にかけてペロペロしまくったあたしは、舌の筋肉痛が半端なくって翌日はうまくしゃべれずに難儀しました──というのが、この話のオチです。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒
ファンタジー
龍神の父と人間の母をもついまどきの女の子、天沢水緒。 古の世に倣い、15歳を成人とする龍神の掟にしたがって、水緒は龍のはみ出しもの──野良龍にならぬよう、修行をすることに。 動物眷属のウサギ、オオカミ、サル、タヌキ、使役龍の阿龍吽龍とともに、水緒が龍として、人として成長していく青春物語。 そのなかで蠢く何者かの思惑に、水緒は翻弄されていく。 和風現代ファンタジー×ラブコメ物語。

魔法適性ゼロと無能認定済みのわたしですが、『可視の魔眼』で最強の魔法少女を目指します!~妹と御三家令嬢がわたしを放そうとしない件について~

白藍まこと
ファンタジー
わたし、エメ・フラヴィニー15歳はとある理由をきっかけに魔法士を目指すことに。 最高峰と謳われるアルマン魔法学園に入学しましたが、成績は何とビリ。 しかも、魔法適性ゼロで無能呼ばわりされる始末です……。 競争意識の高いクラスでは馴染めず、早々にぼっちに。 それでも負けじと努力を続け、魔力を見通す『可視の魔眼』の力も相まって徐々に皆に認められていきます。 あれ、でも気付けば女の子がわたしの周りを囲むようになっているのは気のせいですか……? ※他サイトでも掲載中です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人
ファンタジー
アルル・ジョーカー、十三歳。 盗賊団の下で育ったろくでなしの少女は、新しい人生を求めて冒険者となることを決意する。期待に胸膨らませ、馬車に飛び乗り、大きな街を目指して走り出す。 リンネ・アルミウェッティ、神官。 "捕食者を喰らう者"との二つ名を冠し、ベテラン冒険者へと上り詰めた悪食な神官は、しかし孤独な日々を謳歌していた。 女神の導きにより、出会ってしまった異端な少女たちは、共にコンビを組んで冒険へと繰り出していく。美味なるスライムを求めて彷徨う、飽くなき冒険心が織り成す、一大巨編超大作的なファンタジーの幕開けである。 「お味の方はいかがでしょう?」 「なにこれ、リンネさんの唾液味? それとも胃液味?」 「スライム本来の味です」  これは意外、美味でした。 だいたいこんな感じ! *「小説家になろう」にも投稿しています。 https://ncode.syosetu.com/n7312fe/

処理中です...