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ここがケツバット村
【浅尾真綾、黒鉄孝之(3)】
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炎にかこまれた部屋の中央で、真綾は傷口の痛みと熱気に耐えながら横たわっていた。
そんな苦しみさえも、妹がこれまで1人で背負わされていたものと比べれば、羽根ひとつ分の重さでしかない。
真綾は当然の報いと考えて耐えていたが、本能なのか、時間の経過と共にその感覚から逃れようと意識がしだいに遠退いてゆく。
「紗綾……」
微かな声でつぶやけば、どこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声に聞き覚えがあった。
消えかけていた意識がその声で──孝之の声で呼び戻される。
「真綾! 真綾!」
やがて、大声で何度も名前を叫びながら、煤まみれの孝之が炎の中から姿を現す。
仰向けで倒れる真綾に気づいてすぐに駆け寄ると、横抱きにして一気に持ち上げた。
「しっかりしろ、真綾ッ!」
「た……か……ゆき……」
真綾の顔色は青白く、額には汗の玉がいくつも浮かんでいた。
肩からは血が滲み、Tシャツも黒く焼け焦げている。
無傷とはいかないが、意識はあることが救いだった。
「もう大丈夫だからな! 生きて一緒にこの村を出るぞ!」
勇気づけようと、笑顔をみせる孝之。
弱りきっているはずの真綾も微笑みでそれに応えてみせる。
そんな健気な様子に、孝之は思わず涙をにじませ、真綾もまた、そんな孝之をみて泣きそうな顔になってしまった。
そしてふたりは、お互いに顔を近づけて唇を静かに重ねた。
「メッチャ熱いけど、ちょっとだけ我慢してくれよな……行くぞ!」
「うん……」
掛け声と同時に真綾が両目を閉じる。
次の瞬間には、孝之は真綾を横抱きにしたまま、ふたたび灼熱の炎の中へ飛び込んでいた。
熱さや息苦しさなど感じて当たり前。
とにかく一刻も早く外へ出なければ焼け死んでしまう。
この時の孝之は、すべての神経を脱出することだけに集中させていた。
熱気や黒煙を突き破るようにして進んでいると、背後から何かを叩きつけるような轟音と女の罵声が聞こえてくる。
「クソッ! クソッ! なんでよ!? なんでなのよぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」
だが、孝之は気にすることなく真綾をかばいながら、燃えさかる廊下を駆け足で突き進んでいった。
「うああああああああああああッ! クソッ! 畜生、畜生ぉぉぉぉッ! なんで……なんでよ…………なんでよぉぉぉぉッ!? うわあああぁぁぁああああぁぁぁぁああぁぁあああッッッ!!」
火の海の中でたった1人、紗綾はいつまでもバットを振るいながら叫び問い続けていた。
こんなはずではなかったと、もがき苦しんでいた。
自分は間違っていたのか?
これまでのやり方が人の道から外れているのは、充分わかっている。だが、そうするしかなかった。
我が身を縛りつけていた祖父も殺した。そのことに悔いは無いし、もっと早くにそうすべきだった。
なら、どうしてこうなった?
やはり間違っていたのだろうか?
いいや、そんなはずはない。
何も間違ってはいない、自分は正しいんだ!
「アッハッハッハッハッハ! アッハッハッハッハッハ!」
答えを見出だせたのか、それとも気が狂ってしまったのか──地獄の業火のような光景の中で、紗綾はいつまでも笑い声を上げていた。
そんな苦しみさえも、妹がこれまで1人で背負わされていたものと比べれば、羽根ひとつ分の重さでしかない。
真綾は当然の報いと考えて耐えていたが、本能なのか、時間の経過と共にその感覚から逃れようと意識がしだいに遠退いてゆく。
「紗綾……」
微かな声でつぶやけば、どこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声に聞き覚えがあった。
消えかけていた意識がその声で──孝之の声で呼び戻される。
「真綾! 真綾!」
やがて、大声で何度も名前を叫びながら、煤まみれの孝之が炎の中から姿を現す。
仰向けで倒れる真綾に気づいてすぐに駆け寄ると、横抱きにして一気に持ち上げた。
「しっかりしろ、真綾ッ!」
「た……か……ゆき……」
真綾の顔色は青白く、額には汗の玉がいくつも浮かんでいた。
肩からは血が滲み、Tシャツも黒く焼け焦げている。
無傷とはいかないが、意識はあることが救いだった。
「もう大丈夫だからな! 生きて一緒にこの村を出るぞ!」
勇気づけようと、笑顔をみせる孝之。
弱りきっているはずの真綾も微笑みでそれに応えてみせる。
そんな健気な様子に、孝之は思わず涙をにじませ、真綾もまた、そんな孝之をみて泣きそうな顔になってしまった。
そしてふたりは、お互いに顔を近づけて唇を静かに重ねた。
「メッチャ熱いけど、ちょっとだけ我慢してくれよな……行くぞ!」
「うん……」
掛け声と同時に真綾が両目を閉じる。
次の瞬間には、孝之は真綾を横抱きにしたまま、ふたたび灼熱の炎の中へ飛び込んでいた。
熱さや息苦しさなど感じて当たり前。
とにかく一刻も早く外へ出なければ焼け死んでしまう。
この時の孝之は、すべての神経を脱出することだけに集中させていた。
熱気や黒煙を突き破るようにして進んでいると、背後から何かを叩きつけるような轟音と女の罵声が聞こえてくる。
「クソッ! クソッ! なんでよ!? なんでなのよぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」
だが、孝之は気にすることなく真綾をかばいながら、燃えさかる廊下を駆け足で突き進んでいった。
「うああああああああああああッ! クソッ! 畜生、畜生ぉぉぉぉッ! なんで……なんでよ…………なんでよぉぉぉぉッ!? うわあああぁぁぁああああぁぁぁぁああぁぁあああッッッ!!」
火の海の中でたった1人、紗綾はいつまでもバットを振るいながら叫び問い続けていた。
こんなはずではなかったと、もがき苦しんでいた。
自分は間違っていたのか?
これまでのやり方が人の道から外れているのは、充分わかっている。だが、そうするしかなかった。
我が身を縛りつけていた祖父も殺した。そのことに悔いは無いし、もっと早くにそうすべきだった。
なら、どうしてこうなった?
やはり間違っていたのだろうか?
いいや、そんなはずはない。
何も間違ってはいない、自分は正しいんだ!
「アッハッハッハッハッハ! アッハッハッハッハッハ!」
答えを見出だせたのか、それとも気が狂ってしまったのか──地獄の業火のような光景の中で、紗綾はいつまでも笑い声を上げていた。
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